第1部 第4章(3)いたずらな笑み

 鬼が青竹に手をかけようとしたそのとき、何かにはじかれたように鬼はたたらを踏んだ。

「悟郎! 態勢を立て直せ! 手柄は譲ってやるから、けりをつけろ!」

 幸乃の後方より男の檄が飛ぶ。


 悟郎は鬼の右側面から回り込み、足に切りつける。血を流し過ぎたのか、あるいは、逃亡の道が潰えたがために集中が切れたのか、鬼はがくりと膝を落とした。悟郎が頸動脈を断ち切ると、血を流しながらどうと倒れる。念には念をと、心臓を一突きした。


「後は任せておけ」

 先ほど、声をかけてきた男が鬼の骸に近づき、手慣れた手つきで作業を始める。男の後ろ姿だけなので、男が誰なのか悟郎には見当がつかなかった。声は聞いたことがあるような気がするが…。

 話しかけようとしたところ、

「悟郎!」

 後ろから女の人が声をかけてくる。美緒の声に似ているが、気のせいか?

 悟郎が振り向くと、美緒が今にも泣き出しそうな表情で立っていた。


「へ?!」

 唖然とした。自分でも間の抜けた声を出したのが分かる。

 美緒は悟郎に走りより、抱きしめた。悟郎はまだ抜き身の太刀を持ったままだったので、大地に突き刺し、両腕で美緒を抱き留めた。安心したのか、美緒は悟郎の胸の中で泣き始めた。


 数分ほど泣いただろうか、抱きしめていた手を緩め、美緒が顔を上げる。美緒の潤んだ瞳を見て、悟郎は愛おしさが込み上げてきた。美緒に口づける。悟郎の頬を両手で挟み、美緒もそれに応える。


「感動の再会に水を差して申し訳ないが、そろそろ移動しないか?」

 先ほど加勢してくれた男が、悟郎と美緒に声をかける。悟郎と美緒は我に返り、どちらからともなく唇を離した。それでも、互いに抱き合っている手は離さない。目が合い、気恥ずかしげに笑い合った。

「おぉい、お二人さん。現場を離脱しないとやばい。あちらさんも動き始めた」

 そこで、初めて悟郎は男の顔を見た。

「あれ? 八田か?! 八田が何でここに?」

「そうですよ、加勢したにもかかわらず、女の色香に迷った友人に放って置かれた八田さんですよ。詳しい話は後回しだ。お嬢!」

「はいはい、分かりました」

 美緒は溜め息まじりに言った。そして、悟郎の首に腕を回し、

「何だかなぁ。キスを手慣れた感じでするし。こっちもそっちもコンバットプルーブン?って感じで。妬けちゃうなぁ」

 幸乃に目をやり、悟郎の頬に軽くキスをしてから腕をほどく。


「悟郎、帰るわよ!」

「え?! どこに?」

「どこにって家に決まっているでしょ?」

「え?! できるの?」

 美緒はいたずらな笑みを浮かべながら、

「何で異世界でできることが元の世界でできないと思った?」

「え?!」

 確かに、美緒の言うとおりだった。

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