女子高生とオジサン達と その1

女子高生とオジサン達と その1

 ソラとハル姉は学園のある島の中央部、文教エリアを抜け、島の南側の臨海工業エリアへと向かった。移動には研究学園都市島備え付けのシティコミューターを使用している。


 この『すばる研究学園都市島』は土地を有効活用する為、実験的に車両の個人所有を制限している。その替わりに二人から四人乗りの自動運転の電気自動車が到ると所に配備されている。自動運転なので子供から老人まで安心して利用できる上、島内何処へ行っても一律料金である。安価で利用できるので便利な島民の足として重宝されている。

 この島内で得られた各種データは将来、本島にシティコミューターシステムを導入される時に活用される。こういう意味でもこの島は社会実験の格好の場所として重要な位置を占めていた。


 目的地の『無敵エンジニアリング』は学園からシティコミューターで20分程の所にある。臨海工業エリアには宇宙開発、海洋開発関連の中小企業がひしめき合って建っており、その中で極限環境作業ロボットドールの設計、製造、整備、それらの委託を行っているのが『無敵エンジニアリング』である。会社規模は従業員100名程度だが、大手ドール製造メーカーからも設計委託を受ける程の実力を備えている。


 ソラとハル姉は『無敵エンジニアリング』に着くと会社受付から社長室へと通された。部屋の奥には質素な社長用の机と椅子、手前には来客用のソファがテーブルを挟んで置かれている。質素だが質実剛健とした昔ながらの社長室といった趣た。ソファには初老を過ぎたと思われる男性が二人並んで座っていた。一方はソラと同じくらい背が低い男性でエンジニアらしく、つなぎを着用しており、色黒でガッチリしとした体格をしている。もう一方は対照的に細身で長身でスーツを着用していた。メガネを掛けていてエンジニアというより研究者といった方がぴったりだ。


 部屋に入るなりソラが第一声をあげる。


「ヤッホー!ソラだよ。ザンおじさん元気? あ、サイキョーおじさんも居る!ヤッホー!」


「おぉ、ソラちゃん、ハルネちゃん、よく来たね。『ハガト』は間もなく来るそうだから、こっちへ来てお座りなさい」


 背の低い男性ががソラの呼びかけに応える。この人が『無敵エンジニアリング』の会長を務める無敵超人むてき こえとである。昔の軌道エレベーター絡みの『紛争』では名の通った技術者で「鬼の無敵」と呼ばれ、恐れられていたらしが、今となっては女子高生好きの好々爺だ。ソラがどういう訳か「ザンおじさん」と呼部ので周りもそう呼ぶようになってしまった。


「待っていたよ。二人共」


 同じく長身の男性もソラの挨拶に応える。こちらは『天下マテリアル』の社長である天下剛あまのした つよしである。無敵会長とは『紛争』時代からの付き合いで、二人の様にこの島には『紛争』時代の技術者や研究者が起業した企業も多い。『天下マテリアル』はドール関連の人工筋肉繊維や防護皮膜、海洋開発の人工エラ素材など、特殊な素材の研究開発を行う企業である。アステローペの人工筋肉や防護皮膜は『天下マテリアル』から提供を受けたものだ。

 ソラによって「サイキョーおじさん」と意味不明な呼ばれ方をされているが、本人も満更では無いらしい。


 「こらっ! ソラ! せめて『ザン会長』、『サイキョー社長』と呼びなさいよ」


 ハル姉がフォローにもならない妙な注意をソラにすると、座っていた二人の男性は大笑いをする。ザン会長は笑いながら二人に座るように促す。


「はっはっはっ。嬢ちゃん達は本当に見ていて飽きないわい。いいからこっちに来て座りなさい。丁度火星に行く用事があったんでな。ほれ、土産の『火星焼き』もあるぞ」


「ほ、本当ですか。では、お言葉に甘えて……いただきま~す。うん、流石。火星産のタコは地球産と違って風味が違うわね」


 『火星焼き』と聞いてハル姉はザン会長が話し終わる間もなく、ソファにちょこんと座り、こんがり焼かれた『火星焼き』を頬張り始めた。『火星焼き』とはテラフォーミングが完了した火星で養殖されたタコを使った只の「タコ焼き」なのであるが、ハル姉はこれに目が無い。


「ハル姉、恥ずかしいから止めてよ~」


 今度はソラがハル姉を注意する。さっきまでの立場が見事に逆転している。それを見て二人の男性は更に腹を抱えて大笑いをする。むしろ、笑いすぎて苦しそうにも見える。サイキョー社長が笑いを堪えながらソラに話す。


「はっ、ひっ、このままだと笑い過ぎて大往生しそうだ。とにかくソラちゃんも座って話を聞かせておくれ。アステローペの調子はどうだい?」


「はぁ。じゃ遠慮なく……。アステローペはお陰様で完璧だよ。ただ、さっき必殺技の練習して、宇宙技術科に絞られましたけど……」


 ソラが申し訳なさそうに頭をポリポリと掻きながらソファに座る。ソラの話を聞いてザン会長は興味深そうに身を乗り出す。


「必殺技? 面白い事するもんじゃなぁ。一体どんな事するんじゃ?」


「えっと……。宇宙空間での急速ターンや緊急着港の効率化とか、あと決めポーズとか……かな」


 ソラは恐る恐る今日のミッションの内容を思い出しながら順に話し始めた。隣で聞いていたハル姉が人差し指でソラを突きつつ茶々を入れる。


「動作の効率化はよく解るけど、あなたロボットアニメの必殺技とか言ったり、エクストリーム着港とか言ってるから宇宙技術科に怒られるのよ。さっき凛の姐御に睨まれた時は流石に私も肝が冷えたわ」


 それを聞いていたザン会長は真顔でこう話す。


「いやいや。ドールオペレーターたる者、極限環境作業ロボットドールを自分の分身の如く扱えるように試せるマニューバーは全て試したものじゃ。そしてドール整備班とよく揉めたものじゃ。宇宙整備科の言い分は同じ技術屋として痛いほど解るが、それは整備科が優秀な証拠じゃ。人工知能AIの経験値も上がるし、気にしないでガンガン動かすと良い。それに、嬢ちゃん達には只のドールオペレーターに留まらず、『ドールマスター』になる素質が十分にある」


「ドールマスター?」


 聞き慣れない言葉にソラは『火星焼き』を頬張りながら聞き返す。


「うむ。昔の『紛争』中にドールを極めたエースパイロットに与えられた称号の様なもんじゃな。これは階級や勲章等と違って、周りから認められて初めてそう名乗れる事が許されるものなのじゃ。更にこれを上回る称号もある訳じゃが……」


 ザン会長はそこまで言いかけると、この話が長くなると思ったのか、ハル姉に向かって別の話を始める。


「……それにしてもハルネちゃんのドール操縦のセンスが無いのは相変わらずの様じゃのう。少しはシミュレーターで練習はしとるか?」


「てへっ……。どうも操縦していると上下の位置感覚がなくなっちゃって訳わからなくなっちゃうのよね~。航宙船実習は問題無いのだけれど、ドール操縦だと駄目なのよね~」


 ハル姉はオレンジジュースの注がれたコップを両手にに持ちながら肩をすぼめ、ペロッと舌を出した。ソラにとってはハル姉がドールの操縦が苦手な事が不思議でならなかった。ハル姉は勉強、スポーツ、全てにおいて卒なくこなし、容姿端麗で人を引きつけるカリスマ性を併せ持ち、『プレアデス・スターズ』を立ち上げ、皆を率いてきた。まさしくソラの憧れの先輩であり、目標となる人物であった。そんなハル姉に苦手なものがあるなんて未だにソラにとっては信じがたい事であった。尤もハル姉がドールの操縦が苦手だったお陰で、ソラがアステローペのドールオペレーターに就けた訳であるが。


 ザン会長は更に話を続ける。


「ハルネちゃんが30年近くもウチの倉庫で眠っていた『雷神機』……いや、アステローペを見つけ出して、再起動した時はもしかして『ドールマスター』の再来かと期待したんじゃが……」


 サイキョー社長も感慨深気に応える。


「そうだな。『紛争』終了後、我々が『雷神機』の修理を終えて幾度となく再起動を試みたが成功しなかった。皆忘れかけていた頃にひょっこりハルネちゃんがやって来て起動する代わりに『雷神機』を譲ってくれと言い出した。無理だと思って試してみたら、本当に起動させてしまった。あの時を思い出すと、なんというか、歴史的な瞬間に立ち会った様な気がしたもんだよ」


「いやー。何かゴメンね。色々期待させちゃって」


 ハル姉は頭を掻きながら笑って謝った。


「まぁ、『ドールマスター』はソラちゃんに期待するとして、『雷神機』が再起動してからが大変じゃった……。ハルネちゃんが『[雷神機]の外装のままじゃこの子が可哀想』と外装の変更を要求するとは思わなかったよ」


「だって、アステローペは女の子よ。あんな無骨な外装じゃ可哀想よ。それにちっとも可愛く無いもん」


 ザン会長の話にハル姉は当然といった風に反論した。ソラは初めて聞くハル姉とアステローペの過去の話に驚きを隠せない。


「ハル姉、アステローペって元はあの『紛争』で活躍した名機『雷神機』だったの?」


「そうよ。ソラ。名機かどうか知らないけど、確かそんな名前だったわね」


「えっ、ハル姉、知らないんですか? 『雷神機』って言えば、『紛争』中に軌道エレベーターを守り抜いた伝説の名機じゃないですか! 様々なオプション兵装が用意され、それらを換装する事で様々な任務に対応する特殊兵装汎用極限環境作業ロボットドールですよ! 確か12機しか生産されていないと聞いていたけど、まさかアステローペがその『雷神機』だったとは……」


 ロボット好きのソラは自分の操縦していたアステローペが伝説の名機『雷神機』だったと知って興奮が隠せない。


「ほぅ。ソラちゃんは流石に詳しいな。そうじゃ。アステローペは元々わしが設計した『雷神機』がベースになっておる。今となっては外観からその名残は殆ど残っていないがの」


「えーっ! 『雷神機』ってザンおじさんの設計だったんだ! 何か今日は衝撃の事実が目白押しで、ボクの頭が追いつかないよぅ」


 ソラは次々と知らされる事実に混乱している様だった。


「設計と言っても、人工知能を含む『コアユニット』以外じゃがな。あそこはブラックスボックス化されていて、構造が未だに未解明で手がつけられん……。とは言うものの、それ以外は全てこちらが熟知しているからこそ、ハルネちゃんの『無茶な要求』にも応えられた訳じゃが」


「無茶な要求じゃないわ。当然の要求よ。さっきも言った様にアステローペは女の子なのよ。女の子があんな無粋な格好しているなんて私の美意識が許さないわ。第一アステローペが可哀想よ」


 ハル姉はそう言うと残りのジュースを飲み干した。ソラはハル姉の話を聞いて先程皆に話していた「アステローペは私達のチームメイト」と言っていた事の意味を理解した。ハル姉は表面的な取り繕いで言っているのではなく、初めて『雷神機』を見つけた時から仲間として誘ったに違いない、そしてアステローペはその呼びかけに応じたのだとソラは確信した。


「その要求のお陰で、こっちは苦労の連続だったがね」


 そう言いながら社長室に新たに一人の男が入って来た。

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