宇宙(ソラ)のヒトと地上の人と その3
宇宙(ソラ)のヒトと地上の人と その3
ハル姉が画面を切り替えると、そこには作業着姿の少女が部屋の大型モニターに大きく映し出された。長身で切れ長の眼光鋭い美人だ。腰まで届く髪は後ろで束ね作業帽を後ろにかぶっている。作業着には所々、オイルの汚れと思われる黒染みが見える。
「やあ、ハル。こちら『すばるドック』の凛だけど。ソラ居る?」
『すばるドック』とは、すばる
「ハイハイハイ~! 凛の姐御! ボクのエクストリーム着港見てくれた?」
ソラは手を挙げるような挙動をして元気よく応える。間髪をいれずに凛が怒鳴る。
「ソラァ~! あれ程アステローペに無理な機動は控えるように言っているのに! 関節に不要な負担がかかるんだよ。余計なメンテナンスが必要になるんだよ!」
〈こちらアステローペです。ソラさんはきっと私の挙動をもっと効率化する為に練習しているんですよ……きっと〉
既に『すばるドック』に着港し、ハンガーに格納されているアステローペは、ソラを庇おうと通信に割り込んで来た。その話を聞いて、凛は腕を組みながら鋭い瞳をジロリとソラに投げかける。
「保安部品も余計必要になるんだよ。誰が支払うんだい? せっかくこっちはアステローペ専任保安要員まで人員割いているんだから余計な手間を増やすんじゃないよ」
「えっと……。その、やっぱりロボットには必殺技が必要かなって。有名なロボアニメには皆あるでしょ。それ!」
「アニメ……。ソラはロボットアニメの主人公にでもなったつもりかい? アステローペにまで庇ってもらって情けなくないのかい?」
最早ソラは、しどろもどろで自分でも何を言っているのかよく解っていないようだ。ツッキーはハラハラした様子でソラを心配そうに見ている。見かねたナナとハル姉が助け船を出す。
「まぁまぁ凛さん。落ち着いて下さい。ソラには私からよく言って聞かせますから」
「凛の姐御、今日は私に免じて……ねっ!」
「……ふん。解ったわよ。保安部品リストを送っておくから、内容に目を通して発注しときな。アステローペ専属保守担当の薫と代わるから後はしっかり打ち合わせしときな」
凛がやれやれといった感じで言うと、モニターはぷっつりと切れ、保留状態になった。ソラを始め一同はホッとした様な表情を見せる。ナナが呆れた様にソラに向かって言う。
「ソラ……。あなた、ロボット好きもいいけど、いい加減にしないと、そのうち凛さんにスパナで殴り殺されるわよ」
「……ごめんなさい」
流石のソラも堪えたのか少々しおらしくなっている。ツッキー、アステローペもソラの落ち込みが気になる様である。
「……ソラ、可哀想……」
〈こちらアステローペです。ソラさん。気を落とさないで下さい。私は大丈夫ですから〉
「ソラも解ってくれればそれで良いさ。必殺技もいつか何かの役に立つ時もあるかも知れないし。ただし、アステローペの嫌がることは避ける様にね」
ハル姉達がソラを慰めていると、再び、大型モニターが表示された。今度はショートカットのボーイッシュな少女が映し出された。凛と同じく作業着を着込んでいる。
「オーッス! みんな元気にしているかい。カオルッス!」
脳天気に明るい口調で画面に現れた少女は、すばる
「凛の姐御にこってり絞られた様だね。でも気にしない、気にしない。姐御もアステローペの事を想っての事だから。許してやって欲しいッス」
「あっ、カオルちゃ~ん。久しぶり。」
「……カオルちゃん元気みたいね……」
ソラとツッキーはカオルと同じ歳のせいか仲が良い。カオルも大のロボットマニアのせいか、特にソラとは話が合う様だ。
「必殺技、いいじゃないッスか。ロマンッスね。どんどんやろうよ、ソラ~。整備は私が責任持ってするから気にしないでじゃんじゃん繰り出そうよ。ついでにアステローペのパワーアップもしちゃおうよ。ロケットパンチとかさ」
「ロケットパンチ! いい! いいよ! カオルちゃん。ロボ魂を揺さぶるね」
ソラもカオルの本気とも冗談ともつかない提案にノリノリだ。
〈こちらアステローペです。あまり私の体で遊ばないでください~。大体、ロケットパンチって何ですか~?〉
ソラとカオルの会話に堪りかねたアステローペが会話に割入ってきた。ハル姉もキリがないと思ったのか本題に入る。
「カオルちゃん、連絡ありがとう。お陰でみんなの気分も明るくなったよ。ところで本題に入るけど、アステローペの整備内容と部品発注の件を教えてくれないかしら」
「ハル姉さん、お久しぶりッス。先程、保安部品をリストにして送っておきましたので目を通しておいて下さい。姐御には確認済みッス。アステローペの整備点検に三日程掛かりますんで、その点考慮してミッションスケジュールを組んでおいて下さい」
「分かったわ。ありがとう。可動部分が多い
「了解ッス。いつも通り完璧に仕上げるんで任せてください。……それと凛の姐御の事なんですが、言い方が厳しいですが、『プレアデス・スターズ』の事を想って言っているんで怒らないでやって下さい。あれでも、ミッション毎にアステローペが戻ってくる迄じっと待っているんですよ」
「もちろん分かっているわ。それに『プレアデス・スターズ』は私達4人だけじゃないわ。アステローペに凛の姉御にカオルちゃんを始めとする宇宙技術科の整備士、それに協力する他の人々含めてのチームだからね。だからこその『スターズ』なのよ」
「ハル姉さん……。感激ッス。じゃあ部品発注の件宜しくお願いッス」
感激して少し涙ぐむカオルはそう言い終わるとモニターは再び切れた。
〈こちらアステローペです。ハルさん、私も『プレアデス・スターズ』の一員って本当だったんですね〉
「当然じゃない。言ったでしょ。『仲間』だって。むしろ、あなたが『プレアデス・スターズ』の要と言ってもいいわね。あなたの名称を『アステローペ』としたのも、プレアデスにまつわる伝説の6姉妹の一人でもあり、プレアデス星団の星でもある名前から取ったものなのよ」
〈こちらアステローペです。私の名称にそんな由来があったとは知りませんでした。今度検索してみます。ハルさんのお話、改めて感激しました〉
「へー。アステローペの名前の由来がそんな所から来ているなんてボク知らなかったよ」
「あなた、そんな事も知らないでアステローペを操縦していたの……。まだまだ勉強不足ね。ソラは」
ソラの驚いた様な返事にナナは少々呆れたように応える。
「まぁ、とにかくアステローペは私達の重要なチームの一員だというこよ。だから、ソラもチームメイトは大切に扱わないとね」
ハル姉はそうフォローするとカオルからメールで送られてきた発注書に目を移しながら、左腕にしているシルバーのブレスレットを弄りだす。そして左の掌を耳に当てながら話し出す。
「……あ、ロボさん? ハルネです。今からアステローペの部品発注書を持ってそちらに行きますから。え、連れ? う~ん後1、2名くらいかな。ハイ……ハイ。そんじゃ後で、宜しくお願いします」
ハル姉のやり取りを見ていたソラは何かに気づいたのかいきなり大声を出す。先程まで落ち込んでいたとは思えない素っ頓狂な声だ。ソラの良い点とも言えるが、なんとも変わり身の速さだ。
「あーーっ! それ、オレンジ社の『フォーリン』じゃないですか。いいなあ。ボクもあちこち探したけど、どこも売り切れで、予約しても3ヶ月待ちだって」
「……よく手に入りましたね……」
〈こちらアステローペです。『フォーリン』って何ですか?〉
『フォーリン』とは欧州の企業であるオレンジ社が発売したブレスレット型情報端末で製品名フォーン・リングから『フォーリン』と呼ばれている。この『フォーリン』の画期的なところはディスプレイやスピーカーなど外部出力装置を持たず、掌に依存している点である。
掌を広げると、そこにバーチャル・デスプレイが展開し、必要な情報を映し出し、手を耳にかざすとスピーカーになり電話をかけることが出来る。電話番号交換や個人情報交換などは音声認識後お互いの握手で交換ができる。かさばらないファッショナブルなデザイン性から女性を中心に発売前から非常に人気が高かった。
「私の人脈の為せる技ね。へへー。いいでしょ」
ハル姉はそう言いながら『フォーリン』を付けた左腕を高くかざすような素振りを見せた。
「それより、今から『無敵エンジニアリング』へ発注書を届けに行くけど、誰かついてくる?」
「ハイハイっ! ボク行きま~す」
ソラは大きく手を挙げながら主張する。その様子は先程まで凛に叱られた事などすっかり忘れてしまっている様である。
「んじゃ、ソラは私とね。ナナ、ツッキーと一緒に今日のミッション報告をやよいちゃんにしておいてくれる? あと、ついでに今回のミッションの映像メディアをヒナタに渡しておいて頂戴。 多分、二人共一緒にいると思うから」
「分かったわ。ハル。それじゃツッキー、行きましょ」
「……うん。じゃあソラ、後で寮でね……」
「うん。じゃあ寮でね。」
〈こちらアステローペです。今日は皆さんご苦労様でした。それじゃあ皆さん、また明日会いましょう〉
皆が部屋を出ると、それまで賑やかだった場所とは打って変わり、モニターは一部を残して全て消え、機械音のみ静かに響き渡る静寂の空間となった。
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