衛星軌道のマリオネット

皆神コージロー

プロローグ その1 少女とショウジョと

プロローグ その1 少女とショウジョと


 長い微睡まどろんだ時間ときの中で、私は海に揺蕩たゆたっている様な気分に浸っていた。海には実際に行った事はないけれど、きっと海は全てを包み込む静寂で、心地よい所なのだろう。そう思いながら、私は長い、長い間、想像の海の中に揺蕩たゆたっていた。


「目を覚まして! 起きて! 起きてよ」


 誰かが私を起こす声が聞こえる。


 そうだ。私は長い間眠っていたんだ――。


 昔、大きな戦争があって、その悲しみから逃れる様に、私は長い眠りに就いた筈だった。あんな戦争はもう沢山。数えきれないヒトが死んだ。多くのモノが失われた。その悲しみに私は押し潰されそうになった。そして、私は眠りに就く事にしたんだっけ。


 一体どの位の間、眠っていたのだろう? そして、私を起こすのは誰?


「起きてよ! ねぇ、起きてってば!」


 まだ、私を起こす声が聞こえる。もう、あんな悲しい思いはしたくない。もう少し眠っていよう。そうすれば、諦めてそのうち誰も起こさなくなる。そして、いつもの静寂が訪れるだろう――。




「ねえってば! 何時まで寝ているつもり?」


 一時間位経っただろうか。ここまでしつこく起こそうとする人も珍しい。このまま再び眠ってしまおうかとも思ったが、私を起こそうとする人が一体どんな人間なのか一寸興味が湧いてきた。久しぶりに私を起こそうとする声の主に問いかけてみる事にした。


〈あなたは誰? 何故私を起こすの?〉


「あ、やっと目を覚ましたのね。このお寝坊さんめ。私はハルネ。春日陽音かすが はるねよ。あなたは私達と一緒に宇宙の素晴らしさを伝える為に仕事をするの。どう? スゴイでしょ? ところで、あなたのお名前は何て言うのかしら?」


 周りで人の歓声が沸き上がるのが聞こえる。どうやら、私が久しぶりに声を上げた事に驚いている様だ。余程、長い間眠っていたらしい。


〈私の名前は特殊兵装汎用極限環境作業ロボットドール『雷神機』搭載のオペレーター戦術支援人工知能AI。形式番号NGRX-17-M-XX〉


 私は機体に取り付けられた光学センサーを稼働した。辺りを見回すと、ここは工場の倉庫のようだ。

 ハルネと名乗った声の主を改めて確認する。身長170センチメートル前後の均整の取れた体格の人間の女性だ。しかし、私の知っている人間達と比べると軍人や技術者でもないし、かなり幼い。

 ハルネは10メートル以上に及ぶ私の体によじ登り、顔先で一時間近くも呼びかけていたのだ。私の足元には心配そうに見守る数人の大人達の姿が見て取れる。

 ハルネは快活な口調で話を続ける。


「あー。ダメダメ。そんな堅い名前じゃあ。あなたは女の子なのよ。もっと可愛い名前付けないとね。ん~と、マイア、アルキオネー、アステロペー……、いや『アステローペ』がいいわ。あなたの名前は『アステローペ』よ。『アステローペ』、これからよろしくね」

〈『アステローペ』……〉


 その瞬間、灰色に思えた私の周りの景色が、不思議と鮮やかに色づいていくのを感じた。『アステローペ』……、私の名前。


〈私の名前は『アステローペ』〉


「そう。あなたの名前は『アステローペ』。どう? アステローペ、私達と一緒にお仕事をしない? そして宇宙の素晴らしさを皆に伝えるのよ」


 ハルネは優しく私を招き入れてくれる。私にとって宇宙は戦いに明け暮れる悲しい場所でしか無い。宇宙の素晴らしさって一体何だろう? 私にもその様に宇宙を見る事ができるのだろうか。ハルネはどの様な宇宙を夢見ているのだろうか? 私はとても知りたくなった。


 ハルネ……、私は彼女となら昔の様な悲しい思いをしなくて済みそうな気がした。


〈私も、あなた達の見る宇宙を見てみたい……〉


「決まりね。アステローペ。今日からあなたは宇宙事業チーム『プレアデス・スターズ』の仲間よ。……と言っても、まだメンバー募集中で、あなたと私、そして幼馴染のナナの三人しか居ないけれどね」


〈仲間……〉


「そう、仲間よ。あなたの名前『アステローペ』がその証」


〈仲間。いい響きですね。ハルネさん。あなた達となら、違った宇宙が見えるかも知れない。了解しました。あなたをマスターとして認証します〉


「もー。ダメダメ。固い、言葉が固いよー。仲間なんだから、マスターとか言っちゃ駄目よ。とにかく、そうと決まれば、まずはあなたの外観をなんとかしないとね。女の子がこんな戦闘用の無骨な格好じゃ可愛そうだわ。会長~! 約束通り、この子を目覚めさせたんだから、私達の仲間よ~! そして、社長~! アステローペの外装の変更改修お願いね~! うんと可愛くしてよ~!」


 私の足元に向かって、大声を上げるハルネの要求に、下から「しょうが無いのぅ」、「え~! 無茶言うなよ~」という誰かの声が聞こえる。そして、拍手と供に複数の笑い声が倉庫いっぱいに広がった。


 私は、これから今までと違った、何だか素晴らしい出来事が起こりそうな予感がして、体中のセンサーが冴え渡るのを感じた。それは私にとって今まで感じた事の無い不思議な感覚だった。




 これは、私が新しい外装を与えられ、『プレアデス・スターズ』の一員として再び宇宙に乗り出す一年前の出来事。私に初めての仲間ができた特別な日の出来事――。

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