Episode3-1 揺らぐ日常/崩れる日常

 電信柱にもたれかかる少女、その特異な様といえば現実離れした真紅の長髪だった。そして側に立てかけられた大きな鎌。彼女の黒衣と相まってその様は物語に出てくるような死神だった。髪色はあまりにも派手だけれども。


「ゆ、結芽……」


 百合の声はひどく震えていた。関わりたくない。ただその念だけが押し寄せてくる。けれど、そうも行かないらしい。奥から何か低いうめき声のようなものが聞こえる。


「貴女たち……ここから、離れなさい」


 出来ることならそうした。なのに、身体が動かない。何か重いものに押し付けられているかのような……石になってしまったみたいな。


「ゆ、り……?」


 であるにも関わらず、百合は赤髪の少女のもとへ向かおうとする。


「怪我、してるから」


 まだ震えているのに、一歩踏み出す百合。確かに彼女の言うとおり、暗がりと黒衣で分かりづらいけれど、彼女は出血している。でも、その当人が逃げろというのだから近付く必要なんてないのに。わたしは少し、いやかなり驚いていた。百合が動けるなら彼女よりもわたしの手を引いてこの道を引き返そうとするだろうって思い込んでいた。離れていく彼女に、わたしの心が寂寥感の海に沈みそうになる。ふと傘を持たない左手を伸ばした。手は動いてくれたのに、一歩がどうしても踏み出せない。嫌な予感はどんどん強くなる。うめき声が近付いてくる。恐い。恐い。純然たる恐怖が背筋を駆けていく。ずっと点滅していた電灯が不意に光りを強くする。見えてしまった。二本足で歩く毛むくじゃらの化物と、その肩に座る細い男のような人影。


「見付けましたよ死神。おや、人間まで」

「こんな場所に、これほど強力な悪魔がいるなんて想定外よ」


 よく分からない内容の言葉を交わす二人。少女が百合に来るなと一喝すると、百合は呆然と立ち尽くすだけだった。そんな百合を、化物が睨めつける。


「まずは邪魔な一般人から消すとしよう」


 一際大きな咆吼が聞こえる。化物が大きな爪を振り上げる。このままじゃ百合が死んでしまう。あの赤い女の子だって動けそうにないし、わたしが、わたしが動かなきゃなのに、動けない。動けない。身体が動かない。


「危ない!!」


 助けようとした赤い髪の子もろとも、百合の身体が跳ね上がる。暗がりだというのに、飛沫を上げる血だけが鮮明に見えた。百合の身体が、わたしの眼前に横たわる。


「ごめん、ね……」


 百合が簪をわたしに差し出す。あぁ、どうしてだろうか。こんなに血にまみれた彼女が美しく思えてしまうのは。真紅の髪の少女が、ゆらりと立ち上がり大鎌を構える。わたしが簪を受け取ると、百合はゆっくりと瞳を閉じた。もう声をかけても動かない。やっと動けるようになったと思ったら、今度は百合が動いてくれない。もう肌の温もりも薄れていく。急に彼女が愛おしくなっていく。失うというのに、寂しくなって、欲しくなって、消えないでほしい。どうして、彼女の輪郭が薄れていくのか。どうして彼女の身体が光の粒子になってしまうのか……。


「結界、発動……!」


 少女のぽつりと呟いた声、彼女は何者なんだろうか。

あれ、この子は……誰? どうして、消える? 誰、だったんだろう。何か、大切な人だったような……でも、わたしに大切な人なんて……いるはず、ないじゃないか。

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