Episode2-1 橘結芽の日常
布団の上……というよりもわたしの身体の上で眠りに落ちた百合の頭を撫でる。いつの間にかわたしも彼女も寝落ちしてしまったらしい。もとから曇っていて昼間も明るくはなかったけれど、今はもう真っ暗だ。雨音もする。百合はわたしを愛してくれている。わたしも彼女を好ましく思っているし、何も知らないという彼女をカラオケやゲームセンターに誘ったりもしたし、ファミレスのドリンクバーでひたすら語り明かしたり、少し遠くへ日帰り旅行なんてこともしたりした。それでも彼女を愛してあげられない。わたしは多分、愛を理解していない。百合には身体も許しているけれど、普通の愛撫じゃ気持ちよくなれないのだ。だから痛みで感じている。百合にこの事実を伝えるのは悪いと思って言わずにいるけれど。わたしが彼女を気持ちよくしてあげられたらいいんだろうけれど、そういう衝動に駆られないのだ。
わたしが愛を理解していないのはきっと両親のせい。父は傲慢で粗暴だった。男は皆そうなのだろう。だが母も独善的で排他的だった。女は皆そうなのだろう。わたしも含めて。よくよく考えれば百合は排他的でわたし以外の人間と関わらないし、わたしにも百合以外の人間と関わってほしくないそうだ。でもわたしは百合以外と関係を持つようになれば百合を棄てることもあり得るだろう。自分さえ寂しくなければそれでいいから。百合に声をかけたのも、長い間一緒にいたのも、こうして肌を重ねるのも、プレゼントをするのも、全部わたしが寂しくないようにするためで、完全にエゴだ。
自分に自信がないという彼女に化粧を教えた。ファッションについても教えた。一緒に買い物に行けばしばしばマネキンのように着せ替えを行った。幸か不幸か、お金だけならある。その金が両親の不仲を助長したものではあるけれど、金がなかったら何も出来ない。自分を売ってでも稼いだだろうか。百合の家も決して貧困家庭ではなく、百合自身、育ちの良さを感じるけれど、それに目を瞑ってまで彼女に投資した。わたしは自分の見た目がいいことは何となく承知していた。だから自分の隣にいる彼女を、可愛くすればするほど仄暗い自尊心が満たされるのだ。
「百合、起きて。もう外が暗いよ。帰らなきゃ」
もぞもぞと起きる百合の吐息がくすぐったい。彼女が制服を着直す間に、わたしは私服を着る。どうせこの後は一人なんだ。もう少し一緒にいるのも悪くないだろう。外の雨もひどくはない。外出するのが億劫になるほどではない。
「駅まで見送るよ」
それっぽいことを言って並んで玄関へ向かう。
「待って。簪、今教えてほしいな」
丁度わたしも今は簪を外している。自分で実演しながら教えると、彼女もあっさりと自分の髪に簪を飾った。
この辺りは駅にこそ近いが、古くからの宅地で街灯も多くない。この暗い夜道が、わたしの人生を狂わせる非日常へ続く道だったとは、思いもよらなかった。
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