Episode1-1 小此木百合の日常(1)

 小此木百合、十六歳。今日から高校二年生。なんて言えば、少しは明るい雰囲気を出せるかもなんて思ったけれど、実際はそんなことなくって、ややどんよりした気持ちを抱えながらの登校だ。なにぶん友達が少ないのだ。もしクラスが離ればなれになってしまったら、そんな不安が脳裏をよぎる。駅には近いが学校は遠い。実は別の高校が近所にあるけれど、小中六年間で凝り固まったような人間関係からどうしても離れたくて、隣の隣……ううん、今は合併で隣の市になった、そこにある学校への進学を希望した。


 両親には女子校への進学も勧められたけれど、生憎と私が苦手なのは男子じゃなくて人間関係そのものなのだから、共学校より幾分か閉鎖的な女子校なんぞに通ってしまったら、私は自らの命すらちょっと危ぶむはめになりそうだ。そんなこんなで選んだ高校は公立のちょっと頭のいい学校。効率的に勉強の出来る子供ではなかったけれど、時間だけなら余る程あった。一人でこつこつと積み上げた勉強時間は、私にとってかすかな誇りであった。


 春先とはいえほぼ早朝、ブレザーの下はベストよりセーターが良かっただろうか、そんな後悔をわずかに抱え乗り込んだ電車には空席が多い。ここから数駅下ると新幹線も止まるようなターミナル駅があり、そこで多くの人が乗り込んでくるのだ。同じ制服を何人も見かけるが、座っていられるのは私と少し。気まぐれを起こして老人やけが人に席を譲ると、満員電車で立っていることの辛さが骨身に染みる。今日はそんなこともなく、無事に最寄り駅まで辿り着いた。最寄り駅からは平坦な道を十五分ほど歩く。十分ほど歩いてから辺りを見渡すと、彼女をみつけた。


 橘結芽。都会的で洗練された垢抜けた少女。こんな中途半端な街には似合わない程なのだけれど、彼女の親が離婚した際に母方の実家に引き取られ、そこから近い高校を選んだために私と同じ高校になったという。普通に考えれば人の輪の中心になってもおかしくない彼女だが、やはりどの高校へ進もうとそこにいる人間の性というものに違いはなく、私も結芽も結局は余所者として距離を置かれてしまったのだ。そんな私たちが打ち解けるのに、そう時間はかからなかった。というよりも、彼女が私の世界全てだった。誰とも打ち解けられないと思っていた私に、何度も声をかけてくれた。結芽はその都会的な美しさ故に最初は敬遠されていて、私がその間に仲良くなっただけ。私にとって初めての友だけれど、彼女にとってはこの学校での初めてに過ぎない。そんなことを思っていたけれど、周囲が彼女になれて尚も結芽は私を蔑ろにはしなかった。野暮ったい私を変えてくれたし、モノクロだった私の人生に華をもたらしてくれた。結芽がいればそれだけで楽しいし、結芽といれば寂しさを感じることはなかった。


「百合、今日も可愛いよ」

「結芽がいるからだよ」

「そんな百合へわたしから進級祝いにプレゼント」


 そう言って結芽が取り出したのは一本の簪。よく見れば彼女の綺麗な黒髪は編み込まれていて、そこに同じ簪が光っていた。私の名前である百合の花を模したそれを、結芽は手早く私の髪に飾った。


「お揃い。なくさないでね」

「自分で出来るように後で教えてね」

「もちろん」

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