第3話 内閣魔法調査室とアリ・ハリラー
ここは東京都台東区千束三丁目。日本最大のソープランド街として知られる吉原の一角にある寂れたビルの最上階である。もちろん階下には二つのソープランド店が入居している。
内閣魔法調査室……一応政府の公的機関だったはずの組織である。魔法や魔物が関わる事件事故を調査し、必要とあらば実力行使をして解決へと導く非公開の秘密組織である。そしてここは吉原分室。何故、こんな場所に秘密組織があるのだろうか。
「木を隠すなら森の中。巨乳を隠すならソープランド街」
内閣府の担当官(非公開)の言葉らしい。「メイド服を着せて秋葉原」という案を抑えて強引に押し通したその人物の名はアーレン・ウェーバーという外来種の高官だった。魔法に長けているという理由でその地位に就いた老人である。老人であるが故、秋葉原文化には興味が湧かなかったのだと言われている。
今、ララ室長は焦っていた。昨夜の失態を挽回すべく、上司の追求から逃れるべく無い知恵を絞っている最中であった。しかし、既に上司の耳には入っているようでこれからここ吉原分室に来るという。ララの目の前には紺色のスーツを着た例の三人が立たされている。
「あの。ララ室長。どうされたのですか? 顔色が悪いようですが」
「言われなくてもわかっている。ヴァイ。貴様らのせいで頭が痛い」
「室長のご気分が優れないのはブランとレイスの責任ですって」
「お前も入っているぞ。ヴァイ」
「あら。失礼いたしました」
そこへノックもせずに入ってくる女性が一人。褐色の肌で黒髪をショートにしていた。引き締まった均整の取れた体形に革ジャンとジーンズを合わせている。年齢は30歳前後だろう。その女性は抱えていたスーツケースをドカンと床に下ろし一息つく。
「新しい装備だ。もう無くすなよ」
「ありがとうございます。シルビア様」
「ありがとうございますじゃねえだろ。土下座だ土下座」
「はいシルビア様。大変申し訳ありませんでした」
スパっとその場で見事な土下座をかますララに見とれている三人であった。
しかし、シルビアの冷たい目がその三人を見つめる。
「何だ何だ。おまえらの失態はララの責任なんだが……。上司が必死に土下座しているのに、張本人のお前らがしれーっと突っ立てるのはどういう了見だ。ああ?」
その時、部屋の中は絶対零度になったかの如く凍り付く。
顔を見合わせた三人はとっさに土下座をして許しを請う。
「申し訳ありませんシルビア様」
「次回必ず挽回いたします」
「どうかお許しください」
その必死の懇願にシルビアの表情が緩む。
「次回失敗したらわかっているな。貴様らの心臓にこの剣を呑み込ませる」
手に持った黒い刀身の短剣を弄ぶシルビア。
三人は冷や汗を流しながら震えている。
「一つ情報をやる。ララ室長の抱き枕の件だが、とある神田の古書店にその在庫が隠されている。これがその位置情報だ」
シルビアがタブレット端末をテーブルの上に置く。
「あの抱き枕は禁則事項に触れる技術で作られており、秘匿されるべき情報が内部に保存されていることが判明している。すべてを回収しその黒幕を逮捕しろ。わかったな」
「ははー」
ララと三人の少女はより深く頭を下げ床に額をこすり付ける。
シルビアは含み笑いをしながら部屋を出ていった。
青ざめた表情をしたララであったがその場で立ち上がり、シルビアが置いていったスーツケースを開く。その中にはこぶし大の魔法石を埋め込んだステッキが入っていた。
ダイヤモンドの様な透明に輝く魔法石を埋め込んだステッキはヴァイに、エメラルドの様な翠に輝く魔法石を埋め込んだステッキはブランに、ルビーの様な赤く輝く魔法石を埋め込んだステッキはレイスに渡された。
「もう無くすなよ。次はないぞ」
「はい室長」
「ではシルビア様からの情報をもとに神田の古書店を捜索せよ」
「了解!!」
三人は見事な敬礼をし、さっそうと部屋から出ていった。
そのころ、神田の一角にある雑居ビルのとある部屋にて……。
全裸にされ縄で縛られ床に転がされている男が一人。
その前に立つ妖艶な美女。
黒革のボンテージファッションに身を包んだその美女は弾丸の入っていないリボルバーを弄んでいた。
その後ろには正座をさせられている男が4人。既に相当な時間が経過しているようで、各々が額に脂汗を滲ませていた。
「ふふーん。アリ・ハリラー。今回の戦果はこの魔法のステッキ三本なのですね」
「そっ、そうです」
「こんなガラクタを持って帰ってどうするの」
「ララ室長は、必ずそれを奪い返しに来ます」
「アリ・ハリラー。貴方、このステッキが量産型だって知ってた?」
「量産型ですと?」
「そう、量産型。無くしてもすぐに次が配給されるの」
「そっ、それは知りませんでした」
「エクセリオン一機の方がお高いの。よく考えて頂戴ね。このボケナスさん」
「は、はい。申し訳ありません」
そう言って裸のアリ・ハリラーの胸にヒールの踵を押し付ける。こすり付けられたヒールの先からは血がにじんでくる。アリ・ハリラーの顔が苦痛に歪んだ。
「いっ、痛いです。ミサキ総統閣下」
今度はつま先で脇腹を蹴られる。
「私は誰? ミサキ?」
「も、申し訳ありませんミスミス総統閣下!」
「よろしい。次は間違えないように」
「はい。総統閣下」
ミサキはにやりと笑い正座をしている4人の方を見る。
「貴方たちも分かっているわよね。失敗したら許さないわよ」
「はい。もちろんです」
腹の出ているゲップハルト隊長が返事をした。ほかの三人は苦痛で声も出ないようだった。
「もういいわ。膝を崩していいわよ。足を前に出しなさい」
4人の顔が安堵の表情に変わる。しかし、ミサキは弾の入っていない拳銃で彼らの脚をつつき始めた。
「ミスミス様。今は感覚がありませんがもう少ししたら……」
「大丈夫。元の感覚に戻るまでつついてあげる」
「本気ですか?」
目を見開き大口を開けて問うゲップハルトへにこやかに微笑みながら答えるミサキだった。
「そう。本気よ。動かないでね」
「うぎゃあ」
「あぎゃあ」
「どぎゃあ」
「ぐぎゃあ」
ここは神田の一角にある雑居ビルの一室。暫く男4人の阿鼻叫喚地獄と化していたのであった。
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