第3章 イリスは上手く踊れない

第44話 結婚するって本当ですか?

 本日の依頼を終了して、帝都の定宿「討竜亭」に戻ってロビーで解散したところで、俺はイリスに声をかけた。


「イリス、何か心配事でもあるのか?」


「そうよ、何かあるなら相談して。男性には言いにくいようなことなら、あたしが聞くから」


 俺に続けてアイナも声をかける。恋人になってはや一か月、もはやツーカーの仲だからな……と見栄を張りたいところだが、残念なことに、まだそこまでは行ってない。ここ数日イリスの様子がおかしかったんで、先にサブリーダーであるアイナに声をかけて一緒に相談に乗ろうとしたんだ。


「え、ボクは別に何も……」


「誤魔化すな。確かに戦闘には集中してるが、それ以外のところで集中してないことが多々あるぞ。俺たちは八人パーティーだからフォローできる可能性は高いが、それでも冒険中にほかのことに気を取られてるのは致命的なミスの原因になる場合があることは、イリスならわかってるはずだろう?」


「うっ」


 言葉に詰まるイリス。どうやら自覚はあるらしい。そのまま少しの間俺たちを見つめていたイリスだが、やがてフッと笑って口を開いた。


「かなわないな、君たちには。わかった、ちょっと相談に乗ってもらおう」


 そのまま、三人連れだって討竜亭の併設レストランへ行く。一流冒険者パーティー御用達の宿なので、レストランでもパーティーごとに利用できるよう個室がいくつも用意してあるから、小さめの部屋を使わせてもらう。スーラとルージュとウインドも俺たちの後ろにふにょんふにょんとついてくる。


 ウェイターを呼んで、それぞれコース料理を注文すると、食前酒の代わりに俺はコーヒーを、アイナとイリスは紅茶を頼む。スライムたちには小皿を持ってきてもらって、同じ物を少しずつ取り分けてやるんだ。別にモンスターは食事を必要とするわけじゃないんだけど、食事すると「美味しい」って感情が伝わってくるから、少しずつでもあげたくなっちゃうんだよね。


「で、一体何に悩んでるんだ?」


 ウェイターが去ったら、さっそく尋ねてみる。飯を食ってからの方が話しやすいかもしれないが、深刻な内容だったら腹が膨れるまえに聞いておきたいからな。


「うん……実家のことでね」


「「実家?」」


 ハモった俺とアイナに対して、イリスは少し逡巡していたが、思い切ったように口を開いた。


「ボクの実家は、ローザンヌ男爵家っていう地方貴族なんだ」


「「えっ、帝国貴族!?」」


 再びハモった俺たちに対してうなずくと、イリスは話を続ける。


「まあ、ボクは庶子だから家の継承権は無いんだけどね。だから剣ひとつで身を立てたくて冒険者になったんだけど」


 ああ、なるほどな。帝国貴族ともなれば複数の妻妾を持つことは珍しくない。まあ、成功した商人や冒険者だって複数の妻や妾を持つことは多いんだからな。お貴族様なら当然だろう。


 そして基本的には正妻の子の継承権が優先されるが、正式な側室の子供なら順位は低くても継承権はあるけど、妾の子には継承権は無い。そういう庶子が冒険者になるのは珍しいことじゃない。


「その実家がらみで何かあったのか?」


 俺が尋ねると、イリスが微妙に渋い顔になって答える。


「実は、縁談が来てるんだ」


「「縁談!?」」


 俺とアイナがきれいにハモった。そんな俺たちの驚きっぷりを見てイリスは苦笑しながら言う。


「貴族なら珍しいことでもないさ」


「ああ、そう言われればそうか。政略結婚の世界なんだな」


「そういうこと。ボクの実家は男爵家とは言っても領地は痩せていて家計は結構苦しくってね。同じ爵位でも領地が豊かで商売が上手いモーガン男爵家からの縁談は受けたいらしい」


「なるほどなあ、貴族ってのも大変なんだな……って、ちょっと待ってくれ。イリスが結婚して冒険者を引退なんてことになったら、俺たちは困るぞ」


 イリスが結婚してウチのパーティーを抜けるとなったら、レインボゥに合体できなくなる。


「あたしたちだけで済む問題かしら。TAIのこととかもあるわよ」


 アイナがツッコんできた。確かにそうだ。異世界からの侵略に直面している帝国政府にとっても、優秀な冒険者パーティーが使い物にならなくなることは好ましいことじゃないだろう。こう言っちゃあ何だが、下っ端の男爵家よりはTAIで活躍している俺たちの方が帝国政府にとっては重要な持ち駒のはずだ。


 ところが、イリスは暗い顔で左右に首を振って言った。


「それがね……そのことを書いて手紙を送ったら、縁談の相手から『結婚しても冒険者は続けていい。帝国のために働くことは我が家の名誉にもなる』って答えが返ってきたんだ」


「へ?」


 それなら俺たちには大きな影響は無い……とは言えないな。イリスがこんなに暗い顔をしているんだから。


「それで、そんなに嫌そうな顔して悩んでるってことは、結婚自体をしたくないのか?」


 イリスはボーイッシュなタイプだからな。結婚せずに男にして冒険者として戦い続けたいのかもしれない。


「いや、そうじゃないよ。ボクも女だからね。ウェディングドレスに憧れはあるさ。ただ、相手がね……」


「あれ、縁談の相手と面識があるの?」


 アイナが尋ねると、イリスはうなずいて答えた。


「実は、なんだ」


「「元の婚約者ァ!?」」


 俺とアイナが再びハモって叫ぶ。それを見たイリスは肩をすくめながら答えた。


「そうさ。実はこの縁談自体は五年前の学院時代くらいにあったんだよ」


「ってことは、どっかの学院で同級生だった?」


「そう。帝都の『エクセルシオ学院』でね。そこで相手に見初められて縁談が持ち上がったんだけど、ちょっと破談になったんだ」


 へえ「エクセルシオ学院」かあ。そこそこ有名で伝統のある中堅校だな。まあ帝国貴族の子弟なら、庶子でも帝都の有名学院に通ってても不思議は無いからなあ。ちなみに六歳から十五歳で成人になるまでは学校に行くのは帝国臣民の義務だから、俺だってウチの村の田舎学校には通ってた。アイナも似たようなモンだろうな。


「にしても、破談って一体何をのよ?」


 アイナの質問は俺の聞きたかったことでもある。それにイリスは淡々と答えた。


「学院の武闘大会トーナメント決勝戦で・婚約者殿を瞬殺しちゃったんだよ」


 「元」ってところに思いっ切り力を込めて言ってるところにイリスの気持ちが表れてるな。にしても……


「瞬殺?」


「一合で相手の剣を吹っ飛ばしたのさ。それまでの対戦で元・婚約者殿がやっていたのとようにね」


 ああ、なるほど。要するに元・婚約者ってのは実力が無いのに対戦相手を買収して派手に勝ってたわけね。


「うわあ……」


 アイナが「やっちまったな」みたいな顔でうめいてる。それを見たイリスは苦笑しながら話を続ける。


「まあ、今にして思えば少し大人げなかったね。あの頃は、まだ純粋だったのさ。三年以上も冒険者やってれば、その程度のインチキは可愛いものだと思えるし、今のボクなら相手の面子が立つように派手に剣戟を演じてみせてから勝つこともできるけど」


「勝つのは前提か」


「当然だろう。あの程度の腕前のヤツに負けるのはボクのプライドが許さない」


 笑いながら言ってるけど、その下に憤りを隠しているなあ、コレは。


「で、それが相手の怒りを買ったと」


「器の小さいヤツだったのさ。それで婚約破棄ってことになった」


 肩をすくめながら言うイリスに、俺は問い返す。


「婚約破棄とかになって実家には怒られなかったのか?」


「事情を説明したら、むしろ『よくやった』って父上には言われたよ。ウチは武門の家柄だからね」


「そうなのか。しかし、そんなことがあったのに、なんで今更婚約の蒸し返しなんてことになったんだ?」


 俺が尋ねるとイリスが渋い顔で答えた。


「ボクも不審に思って手紙で問い返したら、どうやらボクがAランク冒険者パーティーで活躍しているってことを知って惜しくなったみたいなんだ」


「なるほど、三~四年でAランク冒険者になるような腕利きに負けたんだったら面子が立つってことか」


「ま、そんな所だろうね。あの頃からそういう軽薄なヤツだったんだよ。見てくれだけは悪くないからモテてはいたけどね」


 ……これは、かなり悪感情を持ってるな。まあ、当然か。


「まあ、そんなヤツと結婚なんかしたくはないというのは分かった」


「当然だよ! 誰があんなヤツと!!」


 普段はクールなイリスが熱くなってるなあ。これは本気で嫌がってるわ。そうなると、何とかしてやりたいのが人情ってモンだ。


「でも、そんな相手なら普通に断われないの?」


 アイナが聞いたのに、イリスは腕を組んで椅子の背もたれに体重を預けながら答える。


「断る理由をどうするかが問題なのさ。家的にはむしろ好条件。仕事は相手が認めてくれてるから理由にできない。かといってアイツの性格を理由にすると角が立つ。どう断ろうかと頭を悩ましてたんだよ……」


 なるほどなあ。よし、ここは一肌脱ぐことするかな。


「なら、当て馬を立てて、とりあえず身をかわすことにするか?」


「「え?」」


 疑問の表情を浮かべてハモった二人に対して俺は自分のアイデアを披露する。


「偽装婚約者を仕立てて、相手が居るからって断る」


「なるほど」


 アイナはポンと手を打って名案だと賛同する。だが、イリスの方は渋い顔で難点を指摘してくる。


「そんな偽装に乗ってくれるような都合の良い相手がどこに居るんだい?」


「チッチッチッチッチ」


 俺は、舌打ちしながら人差し指を左右に振って、その指摘は間違いだと示すと、ニヤッと笑って握りこぶしに親指を立て、その親指で俺自身を指さした。


※ごめんなさい、六月中に連載再開と予告しておりましたが、リアルで引っ越し等の繁忙が重なったのと、このあとの展開に悩んでいて、全然執筆が進みませんでした。この続きは今しばらくお待ちください。再開時期は未定ですが、何とかこの夏中には再開したいと思います。

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