第28話 伝説が終わり現実が始まる

 アイナの故郷であるエルメ村はひなびた田舎村だった。せっかくアイナがエレメンタラーになれるチャンスがあるならチャレンジしてみようと全員の意見が一致してイベントに参加することになってきたんで、テレポートの魔法を使ってやって来たんだ。


「『エルフの里』って割にはフツーの田舎村だな」


 思わず正直な感想をもらしてしまったところ、アイナからツッコミが入った。


「そりゃそうよ。エルフとか言ったって何か特別な生活してるわけじゃないのよ。農業と林業と狩猟と牧畜で普通に生活してるんだから、普通の田舎村で当然でしょ」


「あれ、狩猟するんですぅ? 純粋なエルフさんはお肉は食べないって聞いたことがあるんですぅ」


 ウェルチが目を丸くしながら尋ねたのに、アイナが肩をすくめて答える。


「それ、ただの都市伝説。単に年寄りはこってりした味付けの肉料理が苦手ってだけよ。エルフは長寿で子供が少ないから年寄り比率が高かったんで、野菜ばっかり食べてる年寄りが多いのを見た昔の吟遊詩人が誤解して広めたらしいわよ」


「伝説の実態なんてそんなモンか……」


 俺が呆れていると、ヒュレーネさんが言ってきた。


「ワシも、もう肉料理はあまり食わなくなったのう。フリードと違って、まだ歯は丈夫なんじゃがな」


 それを聞いて不思議に思ったのか、オリエがヒュレーネさんに尋ねる。


「ヒュレーネ殿は、まだエルフとしてはお若いのではござらんか?」


「うんにゃ。まだ長老というには早いが、もう初老くらいにはなっておるぞ」


「エルフは長寿種族だったのでは?」


「うむ、百歳くらいまでは元気で生きるからの。平均寿命はヒューマンに比べて三割増しといったところかのう」


「その程度だったのでござるか!? てっきり二百歳くらいまでは生きるのかと思っていたでござる」


 驚くオリエに、アイナが再度ツッコミを入れる。


「それも昔の吟遊詩人が広めた都市伝説よ。ただ、若く見える期間が長いんで誤解されたってのもあるとは思うけど」


 そう言われてヒュレーネさんを改めて見てみるけど、たしかにアイナと見比べると祖母じゃなくて妹にしか見えない。


「フォッフォッフォッ。エルフは成人した頃から外見は変わらなくなるのじゃが、九十を超えると急に老け始めるのじゃよ。じゃから、外見上年寄りな者は少ないのじゃが、実際はこの村も少子高齢化が進んでおったのじゃよ」


 そう言われて村を見回してみるが、あちこちで子供が遊び回っているのが見える。


「『以前は』ということは、今は違うのですか?」


 その言葉が使われた意味に気付いたイリスが尋ねたのに、ヒュレーネさんはうなずいて答える。


「ワシらの頃からヒューマンとの混血が進んだからの。ワシらの爺様たちの頃に帝国が大陸を統一して平和になったのでヒューマンとの交流が始まってな。ワシは若い頃から冒険者として村を出て、出た先でフリードをつかまえて村に帰ってきたのじゃよ。ワシらの頃には、そうやって外から婿や嫁をとってくるのが流行ったのじゃ。それ以降も、その流れは続いておってな」


「それでハーフとかクォーターの子が多いのですか」


 見てみたところ、遊んでいる子供のうち、純粋なエルフらしい尖った耳の子の比率はそんなに多くなかった。半分以上がハーフやクォーターに見える。


「うむ。そのうち純粋なエルフはいなくなるかもしれんで。じゃが、それも時代の流れじゃから、しょうがなかろう。何もせずに子供が減り続けて滅ぶよりはマシじゃろうて」


「それは違うぞ!」


 そう言ったヒュレーネさんに対して、突然横合いから異議が唱えられたので、驚いてそちらの方を見ると、一見若そうに見えるエルフの男性が立っていた。もっとも、実際はヒュレーネさんと同じように歳をとっているのかもしれないが。


「何じゃ、ヘルベルトではないか。突然大声を出すでないわ」


「貴様が世迷い言を抜かしているからだろうが! 我らエルフの誇りを忘れてヒューマンと乳繰ちちくり合ってる貴様にはわからんだろうが、我らエルフには精霊の導き手としての使命があるのだ!! その使命を忘れてヒューマンの血を入れるなど言語道断ではないか!」


 ヘルベルトと呼ばれたエルフの男は興奮して叫んでいる。純血のエルフらしく尖った耳をしていて、顔立ちも非常に整った細面のハンサムな男なのだが怒っているせいであまり優美には見えない。


「何か気分の悪い男ですわね」


 ムッとした顔でキャシーがつぶやいたのだが、ここで無用なトラブルを起こしたくはないので黙るようにハンドサインで抑える。


 その一方でヒュレーネさんは歯牙にもかけない調子でヘルベルトに答えていた。


「使命を忘れてなどおらぬよ。じゃからこそ、こうやって『エレメンタラー試練の儀式』のために腕の良い孫娘を呼び戻したのじゃろうが」


「腕が良いだと? 笑わせてくれる! そいつはヒューマンではないか!!」


「それでも精霊使いシャーマンとしての腕は並みのエルフより上じゃ」


 それを聞いて疑問に思った俺は、こっそりとアイナに尋ねてみた。


「あれ、エルフって精霊との交信が得意なんだよな?」


「実はそれも都市伝説なの。実際にあたしたちクォーターのヒューマンが生まれて、純血エルフの子たちと一緒に育ったあとで『成人の儀式』で職業ジョブ適性を見たら、精霊使いシャーマンとしての適性って純血エルフやハーフエルフと変わらなかったのよ。つまり、精霊との交信がしやすいっていうのは種族特性じゃなくて、生活環境の問題だったみたいなの」


「何と……」


 この村に来てから、ほんのわずかの間なのに、今までエルフという種族に持ってた固定観念がガラガラと崩れ落ちて行った気がする。


 そこで、さらに声をひそめてアイナが話を続ける。


「実は、長寿っていうのも怪しいのよ。ヒューマンの町に移り住んで暮らしてるエルフって六~七十歳くらいで急に老化してるって話なの。逆に外の世界との交流が始まった最初期の頃に移り住んできたヒューマンの精霊使いシャーマンのお婆さんが村にいるんだけど、百歳を超えてもピンピンしてるのよ」


「それって……」


「生活習慣とかの違いで長生きなんじゃないかって。この村とかほかのエルフの里に住んだらヒューマンでも長生きできそうなのよね。もしかしたら精霊の加護があるから長生きで老化が遅いのかもしれないというのはあるけど」


 もはや何も言えなくなった俺が意識をヒュレーネさんの方に戻すと、ヘルベルトとかいう男が捨て台詞を吐いて去って行くところだった。


「ふん、今度の試練の儀式でエレメンタラーになるのはウチの孫だ。お前のところのヒューマンなんぞがエレメンタラーになれるものか!」


「寝言を外で言うようになったら終わりじゃぞ。とっとと帰って寝るのじゃな」


 去りゆくヘルベルトにそう言葉を投げかけてから俺たちの方を振り返ったヒュレーネさんが呆れたように肩をすくめて慨嘆した。


「まったく困ったものじゃ。見苦しいところを見せてすまなかったのう」


「いや、まあ別にいいんですけど、大丈夫なんですかね?」


「何がじゃ?」


「かなり過激な人みたいですけど、儀式の邪魔をしたりとか、アイナに危害を加えたりとか……」


 俺の危惧をヒュレーネさんは一笑に付した。


「フォッフォッフォッ、あやつにはそんな度胸も腕も無いわ。偉そうなことを言っているがレベル18の精霊使いシャーマンでしかないぞ。アイナよりも腕は下じゃよ。自分の努力不足を棚に上げて世の中が変わっていくのが悪いと拗ねてる程度の小者でしかないわ」


「ああ、なるほど」


 要するに拗ね者老人だったのね。ヒューマンにもいるよな、そういう人。


「さて、つまらぬことは忘れて、まずはワシの家に来ておくれ。ひさしぶりの客じゃからな。腕によりをかけてもてなすぞ……フリードが」


「相変わらず料理の担当はお祖父ちゃんなのね……」


「この歳になってワシの料理の腕が上がるわけなかろう」


 ……ヒュレーネさんってメシマズ属性なのか。野営のときの様子だと特にアイナは料理が不得意ってワケでもなさそうだったんだが、お祖父さんとかに習ったのかな。


 ん? ちょっと気になることがあるぞ。


「そういや、アイナのご両親は一緒に住んでないのか?」


 ちょっと立ち入ったことかもしれないが、別に死んだとも聞いてないんで軽く尋ねてみた。


「あ、二人とも現役の冒険者やってて世界中を旅してるから、実家にはたまにしか帰ってこないよ。あたしと同じだね」


「何だ、俺のところと同じか。ウチもそんな感じだから、俺は祖父ちゃんと祖母ちゃんに育てられたんだよなあ」


「あー、わかるー!」


「フォッフォッフォッ、こやつは結構おてんばでのう」


「見てればわかりますよ」


「ちょっと、どういう意味よそれ!」


 そうやってなごやかに(?)連れだってヒュレーネさんの家――つまりアイナの生家――に向かう途中で、クミコが俺にだけしか聞こえないくらいの小さな声でこっそり話しかけてきた。


「だが、用心すべし。ああいう小者は、小者だからこそ陰に籠もった嫌がらせをしかけてくる……」


 俺はそれに軽くうなずいて、同じようにクミコにしか聞こえないくらいの声で答えた。


「ああ、オリエに警戒してもらおう。クミコも注意しててくれ」


「任せよ」


 そうこうしているうちに、俺たちはヒュレーネさんの結構大きな家にたどり着いたのだった。

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