第29話 コレがエレメンタラーの正装って一体……

「おーいしー!」


 すっかり童心にかえったようにアイナが溶け崩れた顔でスープを味わっている。久々の故郷の味だから無理もないのかもしれないが。


 その足元では平皿によそわれたスープにルージュが体の一部を入れて吸い上げている。スライムって何でも食うんだけど、ちゃんと味もわかるらしく、おいしいものを食べてるときは嬉しそうにプルプルとふるえてるんだよな。


 スーラも俺の足元で同じようにスープを飲んでいるけど、おいしいって感情が伝わってくる。


 現在、アイナの家の広い食堂で大きなテーブルを囲んで夕食中だったりする。このエルメ村でも、村長の家を除いたら一番大きな家だったのだ。ヒュレーネさんもフリードさんも、元は腕利きの冒険者だったそうだから、現役時代には相当稼いでたんだろうな。


「本当においしいですぅ」


「なかなかのお味ですわね」


「美味」


「この肉はきじでござるな」


「これは、何かの香草ハーブが入っているのかな?」


「それだけではない。隠し味がある……たぶん、甘い芋を煮崩して潰して裏ごしして少しだけ加えたと見た」


 みんなも、みんなのスライムもおいしそうにスープをいただいている。


 にしても、一見料理が好きそうなウェルチよりもクミコの方が料理に詳しそうなのは少し意外だった。人は見かけによらないんだな。


「はっはっは、お嬢ちゃん、なかなかお目が高いな。こいつには甘藷かんしょのペーストも少しだけ混ぜてあるんだ。たっぷり作ったから遠慮無く食ってくれ」


「ありがとうございます。本当においしいです」


 エプロン姿のフリードさんにお礼を言って、俺もスープを味わう。フリードさんは元は腕利きのソードマスターだそうだが、今はすっかり好々爺こうこうやといった感じの雰囲気だ。もっとも、その服の下には、多少衰えたとはいえ、同年代のお年寄りに比べたら格段に鍛えられた体が隠されているように見えるが。


「ふう、いい湯じゃった。すまんのう、しばらくぶりの都会の垢を先に落とさせてもらったぞ」


 後ろからヒュレーネさんの声が聞こえてきた。


「ああ、別にいいですよ。むしろお食事を先にいただいて失礼しています」


 そう答えながら、口元まで運んでいたスープをほおばりつつ振り返ったところ、ヒュレーネさんが食堂の入口から入ってきたのが見えた、の、だが……


「ボッ、モグっ、ンがっ!」


 思わずスープを吹きそうになって、慌てて口を押さえて飲み込む。


「ふむ? お、そうか、外の若い男と会うのは久しぶりじゃったからのう。この姿はちとじゃったかな」


 そう言って面白そうにカラカラと笑うヒュレーネさん。そら刺激的すぎるわ!


 だって、ヒュレーネさんの格好というのが、透き通った薄衣一枚を羽織っただけのビキニ姿だったんだから!!


 いや、確かにこの世の中には「ビキニアーマー」なんて代物も存在したりはするよ。だけど、アレってのは闘技場で興業としてやってる見世物の試合で女剣闘士が着るものであって、実際に冒険に出るときに着たり、こんな風に日常で着たりするようなモンじゃないから!


 しかも、これ革鎧じゃないよ。水着よりは少し厚めだけど、不思議な光沢のあるツルツルした表面の赤い布でできている。エナメルってやつだろうか?


 にしてもヒュレーネさん、御年六十八で結構大きな孫もいるってのに、その孫より若く見えるってどういうことよ!?


 あと、アイナの胸が大きいのは遺伝だということが、よくわかった。


 なんてことを考えてたら、アイナからツッコミが入った。


「リョウ、鼻の下伸ばさないでよね! それから、お祖母ちゃんも年甲斐ってものを考えてよ!!」


「別に伸ばしてないぞ! 高レベルのソードマスターの旦那さんの目の前で不埒なこと考えるほど命知らずじゃねーよ!!」


 とりあえず反論はしておく。説得力が皆無だということは自覚しているが、これは反論することに意義があるのだ。まあ、当のフリードさんは何も言わずにニコニコと笑っていたりするんだけど。


 だが、ヒュレーネさんの答えを聞いて、思わず目をむいてしまう。


「フォッフォッフォッ、アイナもこの二年間ですっかり里の外の感覚に染まったようじゃのう。じゃが、これはエレメンタラーの正装なんじゃぞ。何歳になっても着ててかまうまい」


「え、コレが!?」


 思わず漏らしてしまった言葉に、アイナがげんなりしたように答える。


「そうなのよ。精霊との交信は素肌が多い方がいいってことは知ってるでしょ。大精霊を常に身近に従えるエレメンタラーだったら、当然この方が精霊にお願いするのにはいいってことなわけ。男性エレメンタラーなんて、同じように薄衣まとったパンツ一丁が正装なのよ」


「それって理論上はマッパの方がいいってことだよな?」


「効率だけならね。さすがに社会的に無理だから、妥協してコレなわけ」


「妥協してコレ……」


「このあたりは南方で暖かいし、エルフの生活習慣だと身近に精霊がいるから……」


 何か恐ろしいと思ってしまった俺に、ヒュレーネさんが笑いながら補足する。


「ほっほっほ、ワシは里の外での冒険者経験もあるから、世間一般の社会常識も知ってるでな。里の外に出るときは頭からマントをかぶっていくわい」


「そういえば、帝都ではそういう姿でしたね」


「最近は、この里にも外から移り住んだ者が多いからのう。エレメンタラーでも、いざ戦闘というときにしか、この格好にならん者は最近増えておるぞ」


 え、聞き捨てならない言葉があったんだが?


「エレメンタラーって、結構いるんですか!?」


「今では四年に一度、最大で七人はエレメンタラーになれるからのう。ワシが子供の頃は、里の腕自慢の若者が試練の儀式に挑戦しても、それこそ四年にひとりどころか、十二年にひとりぐらいしかエレメンタラーになれる者はおらなんだよ。逆に死ぬ者が多かったでな。じゃが、今では外で冒険者をやって腕を磨いた者がパーティー単位で参加するからのう。結構なれる者が増えたんじゃよ」


「そうなんですか」


「それが気に食わんというヘルベルトのようなバカもおるがの。じゃが、伝統を守るとか言って閉じ籠もっていては衰退するだけじゃ。産業なんぞは何も無い里ではあるが、この儀式のおかげで四年に一度は外から結構冒険者が集まってきて特需があるし、引退後はこの里に定住してくれる者も増えてきた。悪いことだとは、ワシは思わんよ」


「なるほど……って、そういえば『戦闘というときにしか』って言ってましたけど、それ戦闘装束なんですか!?」


 一番気になっていたところを聞いてみると、ヒュレーネさんじゃなくてアイナの方が答えを言ってきた。


「アレ、一見肌の露出が多くて、別の意味で『危なそう』に見えるけど、実際は全身をエレメンタルが守ってくれているの。魔法攻撃だけでなく物理攻撃もダメージ95パーセント減って凄い性能があるのよ。それを除いた単純防御力もフルプレートアーマーに負けないくらいあるし。あと、エレメンタルの加護のお陰で、あの格好なのに暑いところでは涼しく、寒いところでも暖かいのよ」


「何ぃ!?」


「それは凄い!」


「そ、それは欲しいでござる」


「硬い。便利。羨ましい」


 あまりの性能に驚愕する俺。イリスやオリエどころか、あのカチュアでさえ羨望のまなざしで見ている。


「フォッフォッフォッ、エレメンタラーにしか着れぬがの。まあ、エレメンタラー以外が無理に着たところで、ただのビキニアーマー以下の布きれにしかならんが」


「そうなんですか」


「残念でござる」


「惜しい」


 諦めきれないような様子でヒュレーネさんを見る三人。お前ら、戦闘時にあの格好する度胸があるのか……って、肝心のアイナはどうなんだ?


 思わずアイナの方を見たら、顔をうっすらと赤らめながら、半分口ごもったようにボソボソと言う。


「……言わなくてもいいわよ。せっかくエレメンタラーになれそうなんだから、その利点を捨てるつもりは無いわ」


 そこで、キッと俺を睨みつけると、今度は大声で言う。


「だけど、あたしは戦闘中以外には着る気は無いからね!」


 それを聞いたヒュレーネさんは、笑いながら諭すように言った。


「フォッフォッフォッ、まあ、それは個人の自由じゃ。じゃがの、既にエレメンタラーになったつもりでいるのは気が早いぞ。一応七人はなれるというが、早い者勝ちじゃからな。今回は腕利きのパーティーが結構参加するようじゃから、油断は禁物じゃよ」


「わかってるわよ」


 真面目な顔になってうなずくアイナ。それを見て、俺も改めて気を引き締めるのだった。

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