第2章 アイナはとても輝いて

第27話 使者、襲来

「そこな男衆おとこし、ちっと道を尋ねたいのだが、よろしいかの?」


 足りなくなっていたポーション類の買い出しを「リーダーの仕事」とか言われてみんなに押しつけられて、しかたなく帝都でも一番の大型冒険者ショップで特売のポーションをまとめ買いした帰りのことだった。少し古風な物言いで声をかけられたのだが、声はあきらかに子供っぽい。


「はい?」


 振り返ってみると、案の定、見た目からするとギリギリで成人するかしないかの年頃、十四~五歳くらいの女の子が立っていた。マント姿で頭からもすっぽりとフードをかぶっていて、顔しか出ていない。ただ、その顔はかなりの美少女である。そして、どこかで見たことがある……というか、見慣れた顔によく似ている。


 思わず目を見張った俺の様子を見て少し不思議そうな顔をした女の子だったが、特に気にもかけない様子で改めて尋ねてきた。


「見たところ冒険者のようじゃが『討竜亭とうりゅうてい』という宿の場所をご存じだったら教えて欲しいのじゃがな。親戚が泊まっておるのじゃ」


「親戚!? それじゃあ、もしかして君はアイナの親戚なのか?」


 俺が思わずそう答えてしまったのは、その顔がアイナによく似ていたからだ。目の色こそ青いが、輪郭とか口元とかが似ているんだ。


 それを聞いた女の子はパアッとアイナそっくりの笑顔になって答えた。


「おお、アイナの知り合いか! ……む、スライム連れ? もしかして、そなたがリョウか?」


 アイナの知り合いということで、改めて俺に注目したんだろう。俺の後ろでスーラがふにょんふにょんとうごめいていることに気付いて、そのことから俺の名前まで行き着いたらしい。


「ああ、俺がリョウだ。アイナの親戚ってことだが、俺のことも知っていたのか?」


「うむ。つい先日Aランクに昇格したという報告の手紙をもらったのだが、そこに仲間のことが色々書いてあったのでな。それに最近は帝都の『討竜亭』に泊まることが多いと書いてあったので出向いたのじゃ」


 なるほどね。


「それじゃあ、案内するから付いてきてくれ」


「うむ、よろしく頼むぞ」


 何か妙に古くさい話し方をする子だなあと思いながらも、オリエみたいに一族の風習で古風で男っぽい話し方をしてる人もいるし、もしかしたらアイナの育った地方の方言なのかもしれないので、特には聞いたりせずに、そのまま同道する。


「『討竜亭』というのは比較的新しい宿らしいが、泊まり賃は高いのじゃろう?」


 道すがらに聞かれたので、歩きながら説明する。


「新しいって言っても、できてから十年以上は経ってるみたいだぞ。まあ、冒険者の宿としては最高級ってのは確かだが。少なくとも竜種を討伐したパーティーでないと泊まれないって格式の宿だからな」


「ほうほう、なるほどのう。竜種討伐の顛末てんまつは手紙で読んだぞ。いや、大したものじゃて。だから、アイナにもと思うて、こうやって出向いてきたのじゃ」


「資格?」


「うむ、ワシらの里で、新たな『エレメンタラー』を誕生させる試練の儀式が近づいてきたのでのう」


 それを聞いて、俺は思わず驚きの声を上げていた。


「エレメンタラー!? 幻の職業ジョブじゃないか!」


 エレメンタラーというのは精霊使いシャーマンの上級職にあたる。精霊使いシャーマンの精霊魔法は周囲に精霊がいないと使えないのに対して、エレメンタラーは七属性の大精霊エレメンタルを常に身の回りに従えることができるので、場所に影響されずに、どこでも精霊魔法を使うことができるし、その威力も精霊使いシャーマンより強力になるんだ。


 非常に便利であり、戦闘でも日常生活でも大活躍できる職業ジョブなのだが、転職ジョブチェンジできる条件が不明なのでかなりレアな職だったりする。


 そんな俺の驚きを見て、女の子は少し幼めの外見に似合わないニヤリとした笑顔を見せて言った。


「うむ。ワシらの里でしか転職ジョブチェンジに必要なアイテムを得られぬからのう」


「そうだったのか」


 職業ジョブの中には、転職ジョブチェンジの際にアイテムが必要なものがある。有名なのは「賢者」だな。黒魔法も白魔法も両方極められる職業ジョブなんだが、転職ジョブチェンジするためには「賢者の石」というアイテムが必要なんだ。これは「賢者の迷宮」と呼ばれるダンジョンで取れる特殊な魔結晶になるので、そのダンジョンを踏破してボスモンスターを倒せるパーティーだったら手に入れることができる。


 それと同じように、転職ジョブチェンジ条件がアイテムだったのか。それも、彼女の「里」で「試練の儀式」とやらのときにしか手に入らないらしい。レアなわけだ。


「詳しいことは宿で話そう。その宿はまだ遠いのかの?」


「いや、もう次の角を曲がればすぐだ」


 そのまま討竜亭に入ると、仲間たちがロビーでダベっていた。一応、俺を待っていてはくれたらしい。みんなのスライムもテーブルやソファの上でふにょんふにょんとうごめいている。


「あ、リョウおかえりなさい。ポーションは?」


 俺に気付いたアイナが声をかけてきた。


「ちゃんと買ってきたから、すぐに分配しよう。ところでアイナ、親戚の子がお前を訪ねてきてるぞ」


「え、親戚?」


 そう答えたアイナに、俺の後ろから顔を出した女の子が声をかける。


「ワシじゃよ。久しぶりじゃのう、アイナ。元気そうで何よりじゃ」


 その顔を見たアイナが、驚愕の表情になって叫んだ。


「ええっ、お、お祖母ばあちゃん!?」


「何ぃ!?」


 俺も驚いて振り返ると、女の子はニヤリと笑ってフードを外しながら言った。


「ああ、そうじゃよ。ワシはアイナの祖母にあたるヒュレーネという者じゃ。見てのとおり、エルフじゃよ」


 フードから出てきたその耳は、長くて上の先が尖っていた。これはエルフ族の特徴だ。


 エルフというのは俺たちヒューマンによく似た種族なのだが、精霊との交信力に長けていて精霊魔法を使うのが上手い。また、非常に長寿の種族としても知られている。


 そして、馬とロバが交配できるように、ヒューマンとエルフの間には子供が生まれる。ただし、馬とロバから生まれたラバに生殖能力がないのと違って、ヒューマンとエルフの間に生まれたハーフエルフには生殖能力がある。それを考えるとヒューマンとエルフというのは馬とロバよりも更に近い近縁種なのかもしれない。


 ただ、特定の地域にしか住んでおらず、その地域の外に出てくることがあまり無いので、見たり会ったりしたことがある者は少ない。俺もハーフエルフは比較的見かけるが、純粋なエルフを見かけたことは数回しかないし、話したのは初めてだ。


「そうだったのか……アイナ、お前、ハーフエルフじゃないよな?」


「耳見ればわかるでしょ。母さんがハーフなのよ。父さんがヒューマンだから、あたしはクォーター」


 ハーフエルフも、純血のエルフほどじゃないが耳は長くて、上の先が少し尖っている。アイナの耳は普通の形だから、エルフの血は薄れているんだろう。


「最近はウチの里もヒューマンとの交流が進んでいるからのう。いつまでも閉鎖的では時代の波に取り残されてしまうからの」


 そんなことを言いながら、みんなが座っていた近くのソファに腰掛けるヒュレーネさん。スーラのヤツは、ちゃっかりと彼女の膝の上にふにょんと飛び乗ってやがる。アイツは意外に人懐こいからなあ。ヒュレーネさんも、そんなスーラを指先でつついて、ふにょふにょした感触を楽しんでいるみたいだ。


 俺は買ってきたポーションをインベントリから取り出してみんなに配りながらヒュレーネさんに尋ねた。さっきまでは年下だと思ってたからタメ口きいてたけど、かなり年上だとわかったので言葉使いは丁寧にしないとね。


「それで、さっきアイナには『資格』があるって言ってましたけど、それってエレメンタラーへの転職条件になるアイテムを貰える儀式への参加資格のことですか?」


「そうじゃよ。四年に一度の『エレメンタラー試練の儀式』が近々開催されるのじゃが、Aランクパーティーに所属するアイナなら参加できるじゃろうと思うてな」


 そう言ったヒュレーネさんに目を丸くしながらアイナが尋ねる。


「え、いいの? アレってかなり参加制限が厳しかったと思うんだけど」


 それに対して、ヒュレーネさんは肩をすくめながら答える。


「そりゃあ、無駄な死者は出したくないからのう。あの『大精霊の迷宮』の踏破条件は、七大エレメンタルの分霊のどれかと戦って倒すことじゃぞ。生半可な実力では返り討ちにあって死ぬだけじゃ」


「なるほど」


 エレメンタルは、それぞれの属性の魔法攻撃が非常に強力だ。近接攻撃力はほとんど無いが、遠距離攻撃力は下級の竜種を上回る。そして、物理攻撃があまり効かないという特徴もある。分霊であっても決して侮ることができる相手じゃない。


「その儀式というのは、どうやらダンジョンでエレメンタルと戦うものらしいけど、パーティー単位で参加してもいいものなのかい?」


 イリスはアイナに向かって尋ねたのだが、横合いからヒュレーネさんが答える。


「かまわんよ。昔は単独で挑戦するならわしだったそうじゃが、今ではパーティー単位の参加が普通じゃ。ワシも四十八年前に踏破したときは、当時の仲間たちと一緒に挑んだものじゃよ」


「「「「「「「四十八年前!?」」」」」」」」


 アイナを除いた全員の声がハモった。そんな俺たちに、アイナはヒュレーネさんそっくりの仕草で肩をすくめながら言った。


「お祖母ちゃん、こう見えて六十八歳よ。お祖父じいちゃんは今でも里に一緒に住んでるけど、お祖母ちゃんとパーティー組んでた頃は練達の剣士フェンサーで、最後はソードマスターになってたわね」


「フリードも最近は腰が痛いだの歯が抜けただの何のと、すっかり年寄りじみてしまったのじゃが、あの当時はそりゃあ強かったものじゃよ。ワシが対抗属性を付与した剣でエレメンタルと互角に渡り合ってくれたものじゃ」


 膝の上のスーラを優しく撫でながら惚気のろけるように言うヒュレーネさんを俺は呆然と見ることしかできなかった。

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