第21話 謎の魔法陣

 結局、その夜は何事も起きなかった。サーシェスは何事も無かったかのように再度周囲の警戒に戻り、俺とアイナは焚き火の周りで周囲に神経を配っていたが、結局夜が明けるまで特に敵襲などは起きなかったんだ。


 ただ、サーシェスが感じた視線の方は、夜明けの直前まで続けて俺たちを監視していたらしい。俺たちは全然感じることはできなかったんだが、ここは高レベルのレンジャーであるサーシェスの気配感知のスキルを信じるべきだろう。


「……というわけで、今回の俺たちの探索を監視しているヤツがいると推測される。今のところ俺たちが気付いたことは知られていないはずだから、相手に気付いたような様子は見せるなよ」


 昨晩のことを説明して、こう締めくくった俺の言葉に全員がうなずいた。


「それで、今日はどうするんだ?」


 俺たちの打ち合わせを聞いていたサーシェスが尋ねてきた。


「予定通り山頂を目指そう。気付いてないふりをしながら捜索を続けるんだ」


「拙者も先行して隠れている者を探す方がよいでござろうか?」


「いや、俺たちが分散すると、いざというときにレインボゥに合体できない。それはマズいだろう」


 オリエが提案してきたが、俺はそれを却下した。確かに元ニンジャであるオリエなら隠れている敵を探すのは得意だろうが、ここは安全策を取った方がいいだろう。何しろ敵はワイバーンを操っている可能性があるんだ。


「俺たちは先行偵察をするが、少しでも危険を感じたら戻るぞ」


「それでいい。安全策を取ろう。仮にワイバーンが見つからなかったとしても、『誰か』が俺たちを監視していたということ自体が重要な状況証拠になる。ギルドへの報告はそれで充分だろう」


 サーシェスの方針も安全策だったので、俺もそれを支持する。俺たちはここで功を焦る必要なんか既にないんだ。


 そして、朝食をとってから野営を撤収して、山頂を目指して探索を再開する。やはり鎧みたいな装備を着けて寝た者は体調が万全じゃない。鎧じゃなくて魔法で防御力を高めた服を装備としている者の方はまだマシみたいだが、万全じゃないことに変わりはない。ウチのパーティーは、このあたりの経験はまだ浅いからなあ。サーシェスたちは平然としているから、やはり野営経験が豊富なんだろう。


 前日より更に周囲を警戒しながらも進んで行くが、ワイバーンが出ることもなく山頂間近まで到着する。


 そこで、先行していた山登り愚連隊のメンバーのひとりが足音を忍ばせながらも、急ぎ足で戻ってきた。確かトビーって名前だったな。


「山頂にワイバーンがいる!」


「二頭!?」


 思わず聞き返した俺に、トビーが答える。


「ああ。それだけじゃないぞ。何だかよくわからん魔法陣が山頂の平たい部分に描かれていて、その中央に相当でかい魔結晶ができていた。あれはダンジョン内にあるのと同じような魔物発生装置っぽいぞ」


「何だって!」


 声をひそめて話しながらも、思いもかけない情報につい声が高くなってしまった。


 視線を感じた時点で、今回の事件が人為的なものだろうと予想はしていたが、まさかそんな代物が出てくるとは予想外だった。


 竜種の調教テイムは難しいが不可能じゃないし、特にワイバーンは帝国竜騎士団の騎獣として使われていることもあって調教技術は確立されている。それに火竜やワイバーンみたいな下級の竜種だったら魔法の餌などで誘導も可能だ。


 過去には反帝国運動の指導者である魔物モンスター調教師テイマーが、魔法の餌で竜種を帝都に誘導してテロを起こそうとしたことがある。結局は仲間の裏切りで実行前に全員が捕縛されて処刑されたんだが、それ以降、帝国は魔物モンスター調教師テイマーと魔物を誘導する餌などの技術の管理には非常に神経質になっている。このため、冒険者の間では魔物モンスター調教師テイマーはあまり人気が無い。むしろ帝国軍でワイバーンとかグリフォンとかペガサスみたいな航空騎獣の調教を担当していることが多いな。


 だから、今回もそんな感じの魔物テロの可能性は想定していたんだが、魔物発生装置なんてとんでもない代物が出てきたとすると、絶対に個人や少人数の集団によるテロ活動じゃなくなる。


「トビー、サーシェスやほかのメンバーを探して呼んできてくれ。まずテレポートで報告に戻ってもらう」


「わかった」


 サーシェスは俺と同じで元魔法戦士マジファイターからレンジャーに転職ジョブチェンジしたのでテレポートが使える。この情報は絶対にギルドに伝える必要があるから、まず彼に単独で報告に戻ってもらおう。


 それから、山歩き愚連隊の残り三人のメンバーにはワイバーンや山頂の様子を継続して監視してもらう必要がある。


 その上で、俺たちがワイバーンを倒して魔物発生装置を止める。そうしないと、さらに竜種が増える可能性があるんだからな。


 俺が小さな声で、その方針をみんなに伝えると、全員が声を出さずにうなずいた。


 そこへサーシェスたちが戻ってきたので同じことを伝える。


「わかった、俺は報告に戻る。トビーたちは監視を継続しろ」


 そう言うと、テレポートの魔法を使って消えるサーシェス。山歩き愚連隊のほかのメンバーもうなずくと周囲の木々の間に散っていった。


 俺たちの方はワイバーンに見つからないように静かに山頂を目指す。登り切ったところで、山頂の平坦になっている部分が見えるところに出た。確かにワイバーンが二頭、魔法陣らしきものの周囲で軽く飛んだり、歩き回ったりしている。


「よし、仕掛けるぞ。キャシーが弓で先制すると同時にスーラたちは合体、アイナとクミコは物理防御系の魔法をかけてくれ。ほかはワイバーンの攻撃に備えて防御だ」


 俺の小声での指示に全員がうなずく。スーラたちも、ふにょんとうごめいて理解したことを示す。さあ、戦いだ!


「速射先制、『ファーストショット』!」


 キャシーが必ず先制攻撃になる射撃スキルで先陣を切った。放たれた矢は見事にワイバーンの頭部に当たるが、その鱗一枚を削った程度で、あっさりとはじかれる。


「風の精霊よ、わたしたちを守って! 『シルフスクリーン』!!」


 アイナが風属性の防御魔法をかける。風の膜が俺たちの周囲をうずまきながら守り、地属性や風属性の攻撃を防ぐほか、矢や石つぶてなどの物理的な射撃攻撃やブレスなども吹き散らしてくれるんだ。


「我らが守りよ鉄壁となれ、『プロテクトアップ』!!」


 クミコがかけたのは、俺たち自身の防御力を上げる魔法だ。ワイバーンの攻撃の前では気休め程度にしかならないかもしれないが、無いよりはマシだろう。


 そして、本命がうごめきだす。スーラたちがふにょんふにょんと合体してレインボゥになると、そのまま手前にいる方のワイバーン目がけて突進した!


 ふにょん、ふにょん……


 やっぱり、スピードは無いんだよなあ。ゴールドスライムなんて本来はもの凄く素早いんだけど、合体時にその能力値ステータスが加算されてないっぽいんだよね。


 そして、俺が危惧していたことが起きた。


 突進してくるレインボゥを見たワイバーンは、あっさりと飛び立ったのだ。空を飛べるワイバーン相手に、飛べないレインボゥは物理攻撃を仕掛けられない。そのまま空高く舞い上がると、そこから逆落としにレインボゥ目がけて攻撃をしかけてくる!


 バシィ!


 密偵の片眼鏡スカウトモノクルに攻撃エフェクトが表示され、衝撃音が聞こえた。


 あれ? 何で有効打が当たったときの音が出てるんだ。


 ダメージ値はゼロだ。ワイバーンの足の鉤爪がレインボゥを引っ掻いたのが見えたが、それでは物理打撃無効のレインボゥにダメージは与えられないはずだし、実際に与えていない。


 それなのに、何で有効打が通ったときの衝撃音が表示されてるんだ?


 思わずレインボゥの方を二度見したとき、俺は信じられない光景を目にしてしまった。


 バシィ!


 今は何の攻撃も受けていないのに、レインボゥにダメージエフェクトが表示され、ダメージ値が表示されると、HPバーが一割ぐらい減ったのだ!!

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