第22話 新たなる力

「バカな!?」


「嘘っ!?」


「まさか!?」


「信じられないですぅ!」


「あり得ないでござる!」


「驚愕」


「何てことですの!」


 無敵のはずのレインボゥにダメージが入ったという衝撃的な事実に、みんな思わず悲鳴のような声を上げる。


 だが、その中でひとりだけ冷静さを保っていたクミコが落ち着いた声で言った。


「レインボゥの状態を見るがよい。あれは『毒』……属性攻撃でも物理攻撃でもないがゆえに、レインボゥにも通る……」


 密偵の片眼鏡スカウトモノクルで見てみると、確かにレインボゥのところに「POISONポイズン」=毒の表示が出ていた。


「そうか、ワイバーンの鉤爪には毒があった! 物理ダメージは与えられなくても、追加ダメージである毒の方は効くんだ!!」


 攻撃自体は当たっているし、別に厚い装甲ではじき返したわけではないので、毒自体はレインボゥの体に浸透してしまうわけだ。


「それにしてもクミコ、よく冷静に判断できたな」


「我は毒使いゆえ……」


 ほかの全員が、あのカチュアでさえ冷静さを失う中で、ひとり冷静だったクミコを褒めると、こんな答えが返ってきた。そういや毒針を放つ吹き矢を使うって言ってたな。クミコが魔法以外の方法で戦闘する必要性なんて無かったから、すっかり忘れてたぜ。


「種が割れたら心配することはない。ウェルチ、解毒魔法を頼む。俺とアイナで回復魔法をかける」


「わかりましたですぅ! 『キュア・ポイズン』!!」


「命の精霊よ、あたしの仲間の傷を癒やして! 『トリート・ウーンズ』!!」


「まだ少し足りないな、『ヒール』!」


 ウェルチの解毒魔法で毒状態が解除され、アイナの精霊魔法でHPが回復したレインボゥだったが、まだ完全ではなかったので、俺も回復魔法をかけて完全回復させる。


 回復したレインボゥは、ふにょんとひとつ大きくうごめくと、黄色に輝いてから先に攻撃してきたワイバーン目がけてブレスを放った。細かい砂の粒子が噴射される。あれは、風属性のワイバーンに対抗するための地属性のブレスだな。


 ヒョイ。


 だが、ワイバーンはあっさりとそのブレスをかわしてしまう。高速で空を飛ぶワイバーンに対して、地上から撃ち上げるブレス、特に速度が遅い地属性のブレスだと非常に当たりにくいんだ!


 さらに、もう一頭のワイバーンも同じように飛行を開始して、レインボゥ目がけて襲いかかる!


 バシィ!


 ダメージはゼロ。しかし、レインボゥは再び毒状態になってしまい、追加ダメージでHPが削れてしまう。


「うぬ、『レジストアップ』!」


 クミコが、毒のような状態異常への耐性を上げる魔法をレインボゥにかける。これで毒をくらいにくくはなるはずだが、それでも二頭による連続攻撃を受けると、毒をくらう可能性は結構あるだろう。


 さっきと同じ要領でウェルチが解毒してアイナと俺でレインボゥを回復する。昨晩は一応睡眠が取れたから俺たちのMPは万全に回復しているし、MP回復ポーションも結構持ってきているから、今すぐにレインボゥが敗れる心配は無い。


 だが、こっちの攻撃が当たらず、一方的に攻撃を受けている状態ではジリ貧だ。俺たちのMPが尽きたら一気にピンチに陥るだろう。


「レインボゥのブレスを当てる方法が何か無いか? ワイバーンの速度を落とす魔法とか、動きを止める魔法とか」


「無理よ、ワイバーンには効かないわ」


「ワイバーンの魔法耐性は高いゆえ……」


 アイナやクミコに聞いてみたが、やはり難しいか。ワイバーンも竜種だから魔法への耐性は高い。攻撃魔法が効かないだけでなく、状態異常を起こすような魔法にも抵抗する可能性が非常に高いんだ。


「レインボゥ、カウンター狙いだ。引きつけて撃て」


 そう指示を出すと、レインボゥは大きくふにょんとうごめいて俺の命令を理解したことを示す。


 次にワイバーンが飛来したときに、至近距離からレインボゥのブレスがワイバーンに叩きつけられた!


 バシィ!


 当たった!! ……割にはダメージが少ない!?


「ワイバーンは風属性の魔物よ! シルフスクリーンと同じ原理の風属性の防御膜をまとっているわ!!」


「レインボゥ、地属性は駄目だ。別の属性のブレスを撃て!」


 アイナの指摘で俺はレインボゥにブレスの属性を変えるよう指示を出す。


 キラン!


 次にレインボゥが放ったのは、光属性のブレスだった。これは地属性のブレスよりも速い!


 パシィ。


 当たった……のだが、さっきのカウンターのブレスよりもダメージが低い。光属性のブレスはスピードは速いものの威力は低めなんだよなあ。光に弱い闇属性のアンデッドとかには効くんだが。


 一応、レインボゥの攻撃も当たるようにはなったので、ジリ貧で負ける心配はなくなったが、互いに決め手がないから倒すまでには相当に時間がかかりそうだ。


「何かいい手は無いか?」


 みんなにも聞いてみたものの、良いアイデアがありそうな者はいないようだ。と、レインボゥの方を見ていたイリスが、何かに気付いたように「あれ?」とつぶやいてから言った。


「レインボゥに新しいスキルが増えてないかい? あの『スクランブル合体』ってスキルは今まで無かったと思うんだけど」


 それを聞いて密偵の片眼鏡スカウトモノクルの表示を戦闘用の簡易表示モードから詳細モードに切り替えて見てみると、確かにレインボゥに「スクランブル合体」という新しいスキルが追加されていた。そうか、火竜と戦ったあとでレベルアップしてから、今回が初めての合体だもんな。


 スーラたちがレベルアップして新しいスキルをおぼえた場合は普段から見ることができるけど、レインボゥに合体したときだけ現れるスキルの場合は次の戦闘の機会まで何をおぼえたかわからないんだよな。


「何だかわからないが、今の戦況より悪くなることはないだろう。レインボゥ、『スクランブル合体』スキルを使ってみろ!」


 俺が命令すると、レインボゥは一回ふにょんと大きく体をうごめかせてから、体を虹色に光らせてスキルを発動した。


 すると、レインボゥが一度八匹のスライムに分離すると、今度はスーラを中心にするのではなく、ウインドとソレイユを中心にして、ふにょんふにょんと合体をはじめた。あれ、こんなパターンは今まで見たことが無いぞ……と思っていたら、合体したレインボゥの体の下から、にょろりと細長い触手が何本も伸びてきた。体色も薄緑色と金色をかすかに帯びた乳白色に濁っている。


「あれは……『クラゲスライム』でござるか?」


「確かにそれっぽいけど、ビッグスライムサイズのクラゲスライムなんて聞いたことないわよ」


 オリエの言葉に、アイナが反論する。確かに、外見上はスライムの亜種で体の下に長い触手を垂らして宙を漂う「クラゲスライム」に似ているが、サイズが段違いに大きい。


 なお、クラゲスライムの仲間には回復魔法を使える亜種である「ヒールスライム」「ハイヒールスライム」などがいて、敵として出てくると他のモンスターを回復しまくるので鬱陶うっとうしいという特徴がある。


 俺たちの疑問をよそに、レインボゥの体の下から生えた触手が長く伸び切ると、今度は何やらパリパリと音を立てはじめた。乾燥したときに毛糸の服を脱ぐと起きる静電気の音を大きくしたような感じの音だ。


 そんな音がして少しすると、レインボゥの巨体がふわりと宙に浮き上がった!


「あれ、やっぱりクラゲスライムと同じか! 宙に浮けるんだ!!」


「さしずめ、クラゲビッグスライムといったところかな」


 思わず喜びの声を上げる俺にイリスが応じる。これで空を飛ぶワイバーンに対しても、少しは対抗手段が増えそうだぞ。


「へえ、あの巨体でどうやって浮いてるのかしら?」


「あの電気……まさかイオノクラフト?」


「知っているのかクミコ?」


 アイナの疑問にクミコが何やら知っているようなので聞いてみたところ、首をひねりながらも答えてくる。


「強力な電気を発生させることでイオン風を起こして、その推力で浮上するのだ。だが、あの巨体を浮かすほどのイオン風を起こすには相当な電力が必要なはず……」


「そういやクラゲスライムって風属性と金属性を両方持っていて、風に吹かれながら浮遊して、電撃を放ってきたよな。電気で風が起きるって原理は何だかよくわからんが、とにかく浮けるんなら戦術の幅が広がるぞ。それにしてもクミコは博識だな。さすが元魔術師メイジだけのことはある」


 聞いてはみたものの、結局原理はよくわからなかったんだが、クミコが博識だってことだけはわかった。黒魔法ってのは、別に原理なんかわからなくても使えるんだが、原理がわかってると一層効果的な場合が多いんで、魔術師メイジには博識なヤツが多いんだ。例えば火の魔法を使う時は空気を多く送り込むと良く燃えるとかあるからな。


「いや、まあ……な……」


 あれ? 普段のクミコなら「どうだ我は博識であろう」ぐらいは言うのに、何か大人しいな。


 まあいい、レインボゥが空を飛べるならワイバーンへの攻撃方法の幅も広がるだろう。


 ふよふよと浮きながら、ゆっくりと片方のワイバーンの方に向かうレインボゥ。それを見たワイバーンは少し警戒した様子を見せながらも、レインボゥ目がけて突進してきた!


 バシィ!


 レインボゥにワイバーンの鉤爪が当たるが、ダメージはゼロだ。それと同時にレインボゥの触手がワイバーンに絡みつく!


 ビリビリビリビリッ!!


 密偵の片眼鏡スカウトモノクルのダメージエフェクトではなく、肉眼でも派手な電光がほとばしるのが見えた。


 与えたダメージ自体は地属性のブレスよりも、むしろ弱そうだ。


 だが、ワイバーンの体は硬直すると、飛行の勢いのままにレインボゥの触手からは逃れるが、上昇することなく落下し、派手な音と共に大地に突っ込んだ。この墜落で与えたダメージは、今まで与えたダメージの中でも一番大きそうだ。


 ワイバーンの様子を見てみると、「PARALYZEパラライズ」=麻痺の状態異常が表示されている。さっきの電撃で麻痺したんだな!


 そういや、クラゲスライム自体は大して強くないんだが、電撃による麻痺には注意が必要ってのは冒険者の常識だった。レインボゥほどの巨体からの電撃になると、状態異常耐性の高いワイバーンすら麻痺させられるのか。


 もう一頭のワイバーンは、今の光景を見てレインボゥへの攻撃を諦めたのか、レインボゥ目がけて直線的に飛行していたのに、途中で方向転換して離れていく。


「レインボゥ、落ちたヤツにトドメを刺せ!」


 俺の命令に、ひとつ大きくふにょんとうごめいて応答したレインボゥは、落ちたまま身動きできないでいるワイバーンの方へふよふよと漂っていくと、その長い触手を垂らしてワイバーンに巻き付ける。


 バシバシバシィ!!


 クリティカルヒットだ! 抵抗できないワイバーンは一方的にレインボゥに締め上げられ、なすすべもなく全HPを奪われて息絶えた。


 もう一頭のワイバーンはそれを見て恐れをなしたのか、レインボゥに近づこうとはしない。代わりに、俺たちに気付いて、こっちへ目がけて襲いかかってきた!


「カバー」


 バシィ!


「ありがとうですぅ! ヒール!!」


 ウェルチを狙ってきたワイバーンだったが、カチュアがその攻撃を代わりに大盾で受けて守る。盾自体は壊れなかったものの、当たった衝撃だけでもカチュアはダメージを受けるが、それは即座にウェルチがヒールの魔法で回復する。


 防御力を上げる魔法を最初にかけておいたのが功を奏して、カチュアの受けるダメージは大きくない。この分なら、しばらくは持久できるだろう。


 ターゲットを変えながら同じような一撃離脱戦法による攻撃が三回繰り返され、ことごとくカチュアに防がれたあとで、ワイバーンは致命的なミスを犯した。


 離脱のときに、ふよふよと浮遊しながらゆっくり近づいてきていたレインボゥの攻撃範囲内を通ってしまったのだ。


 にょるん!


 長く伸びた触手がワイバーンを捕まえる!!


 二頭目のワイバーンが一頭目と同じ末路をたどるまで、そんなに長い時間はかからなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る