第20話 深夜に二人きり……

「リョウ殿、起きてくだされ。交代の時間でござる」


「ん? ああ、了解」


 オリエの声で、俺は目が覚めた。狭いテントの入口を開けてオリエがのぞきこんでいる。俺ひとりだけ個人用テントなんだよな。女の中に男がひとりだと、どうしてもそうなっちまう。


「アイナは?」


「起きてるわよ~、ふあ~ぁ」


 あくびをしながら答えるアイナの声が聞こえた。素早く寝袋から抜け出すとテントを出る。鎧とかの装備を着けっぱなしで寝てたので体のあちこちが痛いが、いつモンスターの夜襲があるか知れたモンじゃないから脱いで寝るわけにもいかないんだよなあ。やっぱり何日も連続で野営とかはしたくないぜ。商隊の護衛とかなら、夜は街に泊まることが多いから長期依頼でも大丈夫なんだけどな。


「よし、それじゃ交代しようか。オリエ、カチュア、お疲れ様。もう寝ていいぞ。おやすみ」


「あとは頼んだでござる。おやすみなさい」


「おやすみ」


「二人ともおやすみ~」


 女子組の大きなテントに入っていく二人に向けてアイナも就寝のあいさつを返してから、野営地の中心にしつらえた焚き火の側に座る。俺はその向かい側に腰を下ろした。


 近くに積んであるたきぎの山から、二~三本拾って焚き火にくべる。そんなに寒い季節じゃないとはいえ、野営中は火を絶やさないことが大切だ。夜行性のモンスターも野獣も火を嫌うからな。その分、虫は火に寄ってくるんだけど、近年は魔法の虫除け結界に携帯用で高性能のものが作られたんで、野営中に虫に悩まされることは少なくなった。俺たちも冒険者になったときから虫除け結界は使ってるんだけど、こういうのが無かった頃の冒険者は野営するのも大変だったんだろうなあ。


 なんてことを考えていたら、山歩き愚連隊のテントからも交代の人が出てきた。サーシェスだ。


「お、あんたらと一緒の番か。こいつはラッキーだ。攻撃魔法も回復魔法も使えるヤツが二人もいるってのは頼もしいからな」


「その分、夜目とか気配察知の能力は低いんで、そっちはお願いしま~す!」


「よろしく!」


 アイナが探知系の方をサーシェスに丸投げしたんで、俺もそれに便乗する。


「まあ、そっちは任せておいてもらおうか」


 サーシェスの方も自信があるみたいだな。さすがに山岳探索特化パーティ―のリーダーをやってるだけのことはある。


「あんまり火の近くに居ると夜目が利かなくなるから、オレは少し周りを探索してくる。あんたらは火の側で話でもしててくれ。寝なけりゃ何やっててもかまわないぞ……ってもはするなよ」


「するか、馬鹿野郎!」


「あははははは」


 下ネタを振ってきたんで、笑いながら言い返す。この程度の下ネタは冒険者やってりゃ日常茶飯事さはんじなんで、アイナも目くじら立てたりはせずに笑ってスルーしている。


 その笑い声を背に、サーシェスは夜の闇の中に消えて行った。俺なら明かり無しでこんな夜中の山中を歩いたりできないぜ。さすがに高レベルのレンジャーは違うな。


 そんな風に思いながらサーシェスの消えた方を見ていると、アイナが言ってきた。


「あたしたちって、に見られてるのかしらね?」


 お、これはチャンスかな?


「あれは冗談だろ」


 と、まずは軽く流しつつ、でも間髪入れずに次の言葉を続ける。


「でも、そうだったら嬉しいんだけどな。アイナほどの美人と『そういう関係』に見られるってのは男冥利みょうりに尽きるぜ」


「何バカ言ってるのよ!」


 結構強い口調で言い返して来たが、半分は照れ隠しだな。焚き火の照り返しが顔を染めてるから、頬が赤くなってるかどうかわからないのが残念だ。


「別にバカじゃないさ。アイナが美人だってのは、大抵の男だったら認めると思うぞ」


 ここは褒め時だ。本当に容姿にコンプレックスを持ってるような女はともかくとして、美人だって褒められて嫌な気分になる女はいないだろう。


 それに、露骨なお世辞だと気分を害するかもしれないが、アイナの場合はそんな心配いらないからな。俺自身が心底から美人だと思ってるから。


「……う、ん、まあ、その……あ、リョウも結構ハンサムだからモテたんじゃないの?」


 おろ? 露骨に話題を変えてきたな。意外に褒められ慣れしてないのか、これは意外。まあ、振られた話題には合わせて、とにかく話を弾ませないとな。


「まあな。っても子供のお付き合いでは、ってところだ。冒険者になってからは大失敗しかしてないさ」


 実のところ、俺は自分でもそれなりに顔立ちは整ってる方だと思ってる。何しろ四代にわたっての積み重ねがあるからな。異世界ニホン人だった曾祖父ひいじいちゃんは凄腕冒険者だったんで、結構美人だった曾祖母ひいばあちゃんをひっかけられたそうだ。それで生まれた爺ちゃんは母親似でハンサム。その爺ちゃんがひっかけた婆ちゃんも若い頃は美女だったそうで、生まれた父ちゃんは両親の顔を受け継いでやっぱりハンサム。当然のように父ちゃんがひっかけた母ちゃんも美人だったから、俺もそれなりに整った顔立ちで生まれてきたんだ。


 ただ、顔だけでモテるのは最初だけだな。それに安住してたら、あっさりフラれるってのは子供だったときの、おままごとみたいなお付き合いでも経験したことだ。ましてや、成人したあとのことは……


「大失敗って?」


 やっぱり食いついてきたか。そのための撒き餌だからな。


「前のパーティーのリーダーだった女とは、結構『いい感じ』になったことはあったんだけどな。そこから一歩踏み込めないでいる間に、俺の実力がパーティー内で相対的に下がってきた。そこで自信を失って告白できないでいるうちに相手の感情が冷めてきて、結局スライム召喚士になったことを理由にパーティーを追放されてオシマイさ」


 そう、あのとき、あと一歩俺から踏み込んでいたら、俺たちの関係はまったく変わっていたかもしれない。だけど、あのときの俺には、そんな度胸は無かった。それこそが失敗の原因だと、今ならわかる。


「……あのエリカって子よね?」


「ああ」


「好きだったの?」


「そりゃ、な。美人だったし、強気な性格は嫌いじゃなかった」


 さて、これに乗るかな?


「……ふうん、強気な子が好きなんだ」


 手応えあり、だな。ちょっと遠回しだったけど「お前も好きなタイプだぜ」ってアピールはしておかないと。


「ああ、どっちかというと大人しいタイプよりは強気な方が好みだな。一緒に戦えるようなヤツがいい」


「……そっか。あ、でも胸も大きい方がいいんでしょ! あの子、かなり巨乳だったもんね」


 話題を転換してきたな。だが、これは誘いでもありそうだ。ここは追撃のチャンスだな!


「そこは男として否定できないな。だけどサイズはむしろお前の方が上だろ。あいつみたいに金属鎧で締め付けてないからな」


「バッ、バカ、何言ってんのよ!!」


 言葉の上では焦ったようなフリしてるけど、本当はお前もそう言って欲しかったんだろ? もっと褒めてやるよ!


「ハッハッハ、悪ぃ悪ぃ。だけど、あいつなんかよりお前の方がよっぽど魅力的だぜ。同じ強気でも、お前の方が明るくて一緒にいて楽しいし、表情が豊かで見てて飽きないし、手足はスラリとしていてしなやかで綺麗だし、いろいろとパーティー内での気配りもしてくれてるし」


「んもう、バカ……褒めたって何にも出ないからね!」


「その言葉が出てきただけで充分さ」


 手応えは、有りだ。もともと仲が悪いわけじゃない。ウチのパーティー結成時に最初に組んだ間柄でもある。嫌悪感を抱かれてないんなら、変に小細工するよりストレートに好意を見せていった方が効果的だ。カッコつけて婉曲に好意を伝えようとかするなんてのは十四歳病でしかないんだよ。


「すまんな、いいムードのところ申し訳ないが、お客さんだ」


「誰がいいムード……って、お客さん? モンスターなの?」


「敵か?」


 俺たちの会話に、突然サーシェスが小声で割り込んで来た。気配を消してたから、戻ってきたのに気付かなかったぜ。俺たちも小声で問い返す。


「味方じゃないことは確かだ。モンスターとは違うな。がオレたちの様子をうかがってる」


「どこだ?」


「そっちを見るなよ、オレが気付いたことに気付かれるから。北の方、山頂の方角から視線を感じるんだ。それ以上はわからんが、確かに誰かがオレたちを見ている」


 サーシェスの言葉を聞いて、俺は顔を軽くしかめた。


「……厄介だな」


「それって、まさか……」


 アイナも気付いたみたいだな。


「そうだ。今度のワイバーン出現には、いや、もしかしたら火竜が二匹も出たことについても、裏で糸を引いてるヤツがいる」

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