第17話 俺たちの勝利

「大被害!?」


「ああ、火竜のヤツは予想以上に手強かった」


 思わず問い返した俺に、治療を受けていた冒険者のひとりが答えた。


「何があった?」


「最初は火竜が動いていなかったんで、しばらく様子を見るように総合リーダーが命令してたんだが、一部のパーティーが血気けっきはやって先制攻撃したんだ。それで火竜が怒り狂ってブレスを吹きまくった」


「防御魔法は?」


「かけてたさ! だが、ヤツのブレスは、そんな防御なんか軽く貫いてきやがった。即死者こそいなかったが、大半のCランクパーティーはそれで主力メンバーが戦闘不能になって退却だ。それにヤツが追撃してくるのをBランクの三パーティーと一部のCランクパーティーが何とか妨害したんで、戦闘エリアからの離脱はできたからテレポートの魔法で戻ってきたんだ」


 俺は思わずギリっと奥歯を噛み締めていた。レインボゥがいなかったら、俺たちも同じ運命だっただろう。やっぱり竜種ってのは半端じゃない。


「すぐ救援と迎撃に向かおう。いいな?」


「当ったり前でしょ!」


「見捨てるわけにはいかないね」


「助けるですぅ!」


「戦っているパーティーが心配でござる」


「当然」


「ヲーッホッホッホッホ! あんなトカゲ何匹だってひとひねりですわ!!」


「我らの力、思い知るがよい」


 みんなの同意が得られたので、近くにいたギルド職員の方をふりむくと、彼もうなずいてそばに座ってHP回復ポーションを飲んでいたレンジャー風の女性冒険者に声をかける。


「あなたの傷は治癒しましたね。彼らを案内してもらえますか。案内したら戦闘に参加する必要はないので、撤退してかまいません」


「わかったわ。火竜のいた場所はおぼえてるし、あいつは真っ直ぐここを目指してたから、最短コースで進めば途中で出会えるはずよ」


 そう言って起ち上がった女性冒険者だったが、俺たちを見て驚いた顔になるとイリスに向かって声をかけた。


「イリスじゃない! あなたもスライムサモナーズの一員だったの!?」


「久しぶりだねシーリン。そうか、『疾風の追撃者』も参加してたのか。ほかのみんなは?」


「スレイとセレナが大怪我したけど、命に別状はないわ。今、治療を受けてるところよ」


「そうか……彼女はボクが前に所属していたパーティー『疾風の追撃者』のメンバーだ。腕が立つレンジャーだから信用していい。すぐに案内してもらおう」


 シーリンというレンジャーに昔の仲間の状況を聞いたイリスが俺たちを振り返って言う。


「わかった、すぐに出発しよう」


 そう言って、全員でシーリンのあとについて早足で東ゲペック山の北側の尾根に向かう。


 目的地が尾根なので道は少し険しいが、元々からして低山なので移動はそれほど大変ではない。距離的には、むしろ俺たちが最初に向かった南の沢の方が遠いくらいだ。


 その移動途中に、さっき気になったことをみんなに聞いてみた。


「なあ、今回の討伐隊に俺の元パーティーも参加してるんだが、もしかしてみんなの元パーティーも参加してないか? アイナの『最速のハイスピード勝利者ウイナーズ』と、オリエの『モモチ一族第一分隊』が参加してるのは知ってたんだが、イリスのまで参加してたんだ」


「え、あいつらも?」


「叔父上たちもでござるか?」


 知らなかったようで驚くアイナとオリエ。


「いましたぁ」


「参加」


「あの愚物どもなら、ほうほうのていで逃げ帰ってきていましたわよ」


「クックック、惨めなザマを見せておった。我が呪いは成就せり……」


 残りのメンバーの元パーティーも参加してたのか。これは、まさか……


「何か、作為的なものを感じるよね」


「イリスもそう思うか。この裏には、たぶん間違いなく……」


「「「「「「「「あの駄女神スライミースライマーがいる!」」」」」」」」


 俺が言おうとしていた言葉に、全員がきれいにハモった。


 腐っても女神だ、そのくらいの運命誘導はしてくれたんだろうさ。そして、その目的もはっきりしている。


「これはつまり、元パーティーの目の前で、あいつらがバカにしたスライムの力を見せつけてやれ、ってことなんだろうな」


「望むところよ!」


「あのスライミースライマーの思惑に乗るのは少し気にくわないけど、見返すチャンスではあるね」


「やってやるですぅ!」


「叔父上たちを救ってスライムの力を見せつけてやるでござる!」


「名誉挽回」


「ヲーッホッホッホッホ! あの愚物どもにスライムの真価を見せつけてさしあげますわ!!」


「クックック、我を追放したことを悔やむがよい……」


 全員のやる気がさらにアップした。この気持ちはきっとスーラたちにも伝わって、あいつらの力になるはずだ。


 俺たちの後ろについてきているスーラたちを振り返ると、ひときわ大きくふにょんとうごめいた。よしよし、あいつらもやる気だな。


 そんな風に思いながら進んで行くうちに、前の方から物音が聞こえてきた。何人かが山道を下ってきているようだ。


「火竜討伐のパーティーか!?」


「そうだ! 気をつけろ、ここはまだ戦闘エリア内だ!!」


 その叫び声を聞いて、俺たちは一気に戦闘態勢に入る。


「スーラ、合体だ!」


 俺がスーラに合体命令を下す。今回は近場に水が少ないからアイナのウォータースクリーンは有効じゃないし、クミコのファイヤーウォールを立ててしまうと逃げてくる連中の邪魔になるから、まだ使えない。


 スーラたちの合体が終わってレインボゥになるのと同時くらいに、前方から何人かの姿が見える。ニンジャ装束姿と、普通の冒険者たちに……ケルベロス! あれはケネスたちだ。


「ケネス、無事か!?」


「叔父上!! 叔父上のレベルなら火竜とも戦えるはずなのに、何故なにゆえ!?」


 俺が尋ねるのと同時に、オリエも叫ぶ。「叔父上」ってことは、あのニンジャ装束の一団はオリエの一族「モモチ一族第一分隊」のメンバーだな……全員がオリエと同じピンク色のニンジャ装束なんだが、もしかしてチ一族だから色なんだろうか?


 っと、そんな益体やくたいも無いことを考えている場合じゃない。


「オレたちは無事だ。お前らのスライムほど反則的チートじゃないがシュバルツケーニッヒにも火、土、闇の属性攻撃は通じないからな。火竜とは相性が良いんだ。ただ、こっちの攻撃もほとんど通じないけどな。それで、ニンジャのおっさんたちが重傷を負ったんで、オレたちが護衛して戦闘エリアから離脱しようとしてたんだ」


「おお、リョウ殿、それにオリエもおるのか! 無念だが、ワシらの力は火竜には通じなんだ。ワシもマスターニンジャに転職ジョブチェンジしたばかりでなければ、もう少し通じたとおもうのじゃが……討伐部隊の総リーダーとして恥をさらすが、何とか残って戦っているパーティーを助けてくれぬか。そして、何としても火竜を止めてくれ!」


 ケネスが説明すると、彼に肩を預けていたモモチ一族第一分隊のリーダーらしい中年の男性が俺たちに懇願して頭を下げる。これがオリエの叔父さんだな。とりあえずの止血はできているようだが、片足に大怪我をしていて素早く動けないようだ。


「任せておけ!」


「叔父上、見ていてくだされ、スライムの力を!」


 俺が答えると同時に、オリエも叫ぶ。一層気合いが入ったようだな。


 彼らを残して、レインボゥを先頭に山道を進むと、すぐに激しいブレスの音が聞こえてきた。生い茂る木々を通して、かすかに炎のブレスの輝きも見える。


「駄目だ、MPが尽きた! スマンが我々も撤退する!!」


 その叫びとともに、数名の冒険者が山道を駆け下りてきた。そして、目の前に現れたレインボゥを見て驚愕する。


「こ、これは!?」


「あんたたちがバカにしたスライムよ」


「えっ、アイナ!?」


「そうよ。今はスライムサモナーズの一員として、このレインボゥの召喚主をやっているわ」


 どうやら、こいつらがアイナの元パーティー「最速のハイスピード勝利者ウイナーズ」らしい。リーダーの顔は前に見たことがある。


「ほかに残っているのは?」


「『栄光の旅路グロリアスロード』だけだ。彼らと我々は仲間に高僧ハイプリーストがいたんで何とか持ちこたえられたんだが、そいつのMPもMP回復ポーションも尽きたんで、我々は撤退せざるをえなかった」


 俺の問いにリーダーが答える。


「よし、火竜は俺たちに任せて退却しろ」


「すまない。が、大丈夫なのか?」


「既に一匹倒してるわよ。楽勝でね」


 アイナの答えを聞いて、リーダーは目を丸くする。


「さあ、ゆっくり話している暇は無いぞ。俺たちは火竜の所へ行く」


 そう言い残して、レインボゥを先頭に山道を登っていくと、火竜の姿が見えた。


 火竜の口から炎のブレスが放たれると、その射線上の木々が瞬時に炭化して倒れ伏す。そうか、火力が強すぎて一瞬で燃え尽きてしまうから逆に山火事にならないんだ。


 見てみると、火竜が通ってきた尾根の上の方は、木々が炭化して禿げ山のようになっている。あちこちに向けてブレスを撃ちまくってたんだな。


「動きを止めるな! 直撃を受けたら死ぬぞ!!」


「もうMP回復ポーションが無いわ! 『ハイヒール』は、あと二回が限界よ!!」


 エリカの叫び声に、栄光の旅路グロリアスロードの回復役である高僧ハイプリーストのソーニャが叫び返すのが聞こえた。


「エリカ、ソーニャ、助けに来たぞ! タイロンとチャールズも無事か!?」


「リョウ!?」


「えっ、リョウなの!?」


「無事だ!」


「何とか致命傷は受けてねえ!」


 よし、魔剣士のタイロンも、レンジャーのチャールズも無事みたいだ。間に合ったようだな。


「ここは俺たちに任せて撤退しろ! 俺たちのレインボゥは既に無傷だった火竜を一匹倒してるんだ。手負いの火竜なんか敵じゃない!!」


「なっ!? ……わかった、みんな、撤退だ!」


「「「了解」」」


 レインボゥが山道から火竜が木々をなぎ倒して作った急造の広場に飛びだしていくのと入れ違いで、栄光の旅路グロリアスロードの見慣れた面々がバラバラに山道へ逃げ込んで来る。


 それを見た火竜が俺たちの方を目がけてブレスを放つが、射線に立ちはだかったレインボゥがそのブレスを完全に防いでしまう。


「ケルベロスと同じで、あのブレスが効かないのか……」


「それだけじゃないぜ。物理打撃も完全に無効だからな。ついさっきも、火竜の爪や牙を完封してきたんだ」


 エリカが半ば呆然としたようにレインボゥの方を見ながらつぶやいたので、俺は少し自慢気に説明してやった。


「さあ、早く逃げ……る必要も無いか。ここで俺たちのレインボゥが、お前らがバカにしたスライムが、火竜を倒すのを見てるといいさ」


 そう言いながら、火竜の方を見る。密偵の片眼鏡スカウトモノクルに表示されたHPバーは既に三分の一まで減っている。これなら、きっと……


 ふにょん、ふにょん。いつものように火竜に向かって進んでいったレインボゥは、そのまま前と同じように相手の頭部を包み込むと、派手に青色に輝く。


 バシィ!


 ただの一撃。それで火竜の残HPはすべて削られ、その死体は魔素に還元されて消えていった。


「こんなに、あっさりと……」


 呆然とつぶやくエリカ。ソーニャたちは声すら出せないようだ。


 また、レベルアップするのを感じながら、俺は分離したスーラがふにょんふにょんと近づいてきたのを抱き上げると、エリカたちに向かって言った。


「テレポートは使えるか?」


「ああ、その程度のMPは残ってる」


「じゃあ、ゲペックの街へ戻ろう」


 タイロンが答えたので、一緒にテレポートの魔法を使ってゲペックの街へ戻る。街の門の外では冒険者たちの救護も一段落していたようだ。もう高僧ハイプリーストの治療を受けているのは、先に戻っていたモモチ一族第一分隊の所属メンバーだけになっている。


「火竜はどうなりました?」


「倒しましたよ。手負いだったので楽勝でした」


 ギルド職員の問いに答える俺の言葉を聞いていた冒険者たちから、どよめきの声が上がる。


 そんな彼らにニヤリと笑いかけながら、俺は胸に抱いていたスーラを頭上に高く掲げてみせた。すると、アイナがルージュを、イリスがウインドを、ウェルチがマリンを、オリエがクレイを、カチュアがビアンカを、キャシーがソレイユを、クミコがノワールを同じように高く掲げながら、俺の横に並んで立つ。


 そして、かつて自分を追放した昔の仲間たちに向かって、スライム召喚士サモナーの誇りを込めて俺は言った。


「どうだい? これがスライムの力さ!」


 スーラが俺の手の中でプルンと誇らしげにふるえていた。

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