第16話 火竜討伐

「あれが火竜か」


 サーシェスの案内で東ゲペック山に踏み込んだ俺たちは、彼の所属するパーティー「山登り愚連隊」が付かず離れずマークしていた火竜のところに到着していた。山登り愚連隊の方は、俺たちと入れ替わりで少し火竜から離れて戦闘の様子を観察している。万が一にも俺たちが敗れたときには、引き続いて火竜の動静を探ってギルドに報告する必要があるからだ。


「デカいわね……」


 火竜を見たアイナがつぶやいた。家ほども、とまでは行かないが大型馬車以上の大きさだ。背丈はストーンゴーレムの方が高かったが、こいつは首と尻尾が長い。


 下級種なので飛べないし、知能はけだもの並みに低いが、その牙や爪は鋼を引き裂き、口から放たれるブレスの威力は鉄をも溶かす。そして、赤銅しゃくどう色の鱗の強度は鋼鉄の全身鎧を上回る。俺たちのレベルや装備だったら、うかつに近づいたら一撃で殺されちまうだろうし、攻撃したって大したダメージは与えられないだろう。


 まあ、俺たちは近づく必要なんて無いけどな。


「キャシー、先制攻撃を頼む。アイナとクミコは念のため耐火防御魔法をかけてくれ。それと同時にスーラが合体だ!」


 俺の指示に全員がうなずく……スライムたちも、ふにょんふにょんと動いて理解したことを示す。


「よし、攻撃開始!」


「必中貫通、『ダイレクトショット』!」


 俺の合図と同時にキャシーが弓を放つ。今回は山中の森の中なので、放物線を描くサンライズショットは木が邪魔をして撃てないから、直進性が高くて相手の防御力を貫いて先制攻撃ができるスキルで攻撃を開始したんだ。


「ギシャアァァァァァァァァ!!」


 首元に矢が刺さった火竜が吠える。密偵の片眼鏡スカウトモノクルで見た限りでは、少しはダメージを与えられたようだ。ただ、そのHP削減量は火竜の総HPの百分の一にも行っていない。ほんとうに軽い傷を与えただけのようだ。


「ダイレクトショットでこの程度しか与えられないなんて、本当に硬いトカゲですこと!」


 いまいましげにキャシーが吐き捨てる。だが、俺が注目したのはそこじゃなかった。


「HP、見たか?」


「減ってないね。こいつ、あとから帝国軍を奇襲した方だよ」


 俺の問いに、イリスが即答する。そう、帝国軍と戦っていた方ならHPは結構削られていたはず。こいつは新手なんでHPはフル状態。つまり、強敵の方を引いちまったってワケだ。


 だからって、負けるつもりは無いけどな!


「水の精霊よ、あたしたちを守って。『ウォータースクリーン』!」


「クックック、貴様の炎が我らに届くと思うな。『ファイヤーウォール』!」


 アイナの精霊魔法と、クミコの黒魔法が、ほぼ同時に発動する。目的は同じ耐火の魔法なのに非常に対照的なんだよなあ。アイナの「ウォータースクリーン」は水属性の膜で俺たちの体を覆って対抗属性である火属性の炎を防いでダメージを軽減するものだ。それに対してクミコの「ファイヤーウォール」はパーティー全体の前に炎の壁を立てて、同属性である炎に対抗して防御するものになる。対抗属性である水属性系の攻撃も防げるけど、その場合は対抗した際に消滅してしまう。


 ウォータースクリーンの方は水の精霊の加護が必要なので近くに大量の水がないと効果を発揮しないんだが、幸いにもここは沢の近くなので、水の精霊の力は強い。


 いずれにせよ、これで火竜からのブレスを一度くらいは防げるはずだ。まあ、これは用心のためでしかないけどな。


 さあ、いよいよ本命のお出ましだ!


 スーラが合体スキルを発動すると、いつも通りにルージュが、ウインドが、マリンが、クレイが、ビアンカが、ソレイユが、ノワールがスーラに向けてふにょんふにょんと動いて、融合合体していく!


 そして、姿を現す俺たちの無敵召喚獣レインボゥ!!


「行け、レインボゥ! 火竜を倒せ!!」


「やっちゃえ!」


「頼んだよ」


「頑張るですぅ!」


「信じてるでござるよ」


「必勝」


「ヲーッホッホッホッホ! あんなトカゲ簡単にプチッとなさい!!」


「クックック、我らがレインボゥよ、ゴミ虫を駆除して参れ」


 言葉は違えど、心はひとつ。俺たちが応援する気持ちはレインボゥに力を与えるはずだ。


 ふにょん!


 俺たちの声援に応えて、ひとつ大きく身震いしたレインボゥは、ふにょんふにょんとゆっくり動きながら、クミコが立てたファイヤーウォールを迂回して火竜に向かって行く。


 それを見た火竜は、向かってくる小癪こしゃくな相手に目がけて、カッと口を開いた。その口腔こうこうの奥から不気味な赤黒い炎が見える。ブレスが来る!


 地獄の炎もかくやというような強烈な熱と光の奔流ほんりゅう。だが虹色に輝く巨体は、その超高熱のブレスに平然と耐えていた。


 レインボゥは火竜のブレスを受けながらも、何の影響も感じさせずにふにょんふにょんと前に進んでいく。それを見た火竜はブレスを止めて、今度はその鋭い牙が生えた口で噛みついてきた!


 くにゃっ。


 噛みつかれたレインボゥの一部がへこんだ。それだけだった。その、究極にやわらかい体は、噛みちぎることすらできない。ただ、無抵抗に攻撃を受け流す。


 ならばと、火竜の鋭い爪が振るわれる!


 にゅるん。


 引っ掻かれたレインボゥの体表が波打つ。それだけだ。レインボゥには一切のダメージを与えられない。


 あれを真っ正面から受けたら、俺たちの中でも一番防御力が高いカチュアでさえ鋼の大盾を破壊されて大ダメージを受けるだろう。だが、物理打撃も火属性攻撃も効かないレインボゥに、火竜の攻撃はまったく無力だった。


 さあ、今度はこっちの手番ターンだ!


 レインボゥはその巨体を震わせると、火竜に向かって飛びかかった!


 ふにょん、ふにょん……


 ……相変わらず迫力は無いんだよなあ。


 レインボゥは、そのまま巨体をもって火竜にのしかかっていき、やわらかい体で火竜の頭部を包んだ。それと同時にレインボゥの体が青色に輝く!


 バシィ!


 派手なダメージエフェクトが表示されると同時に、火竜のHPバーの長さが一気に三分の一くらい減る。


 火竜の弱点である水属性の吹雪のブレスを吐いたんだ。レインボゥの得意技は相手を包んでのブレス攻撃で、包んでいる中に放つから全ブレスが敵に有効なダメージを与えられる。


 火竜はレインボゥをふりほどこうと必死になってもがいているが、レインボゥにはまったく効いていない。密偵の片眼鏡スカウトモノクルには火竜の攻撃時にも数値が示されるけど、ゼロ以外の数値は出てこない。


 俺たちは、もう完全に観戦モードだ。ここまで追い込んだら、たとえ竜種である火竜だろうと、レインボゥからは逃れられない。


 そうこうしているうちにレインボゥが次のブレスを放つ準備が終わったようで、その体が青色に輝くと同時に再度ダメージエフェクトが表示された。


 バシバシバシィ!!


 先ほどよりも、派手な攻撃音と光が表示される。クリティカルヒットだ!


 火竜のHPバーがぐんぐんと減っていき、そのまま消えてしまう。HPの数値もゼロになっている。火竜を倒したんだ!


「よおし、よくやったぞ、レインボゥ!」


「さっすがぁ!」


「ナイスファイト!」


「凄いですぅ!」


「よく頑張ったでござる!」


「快勝」


「ヲーッホッホッホッホ! あたくしたちのレインボゥなら当然の結果ですわ!!」


「クックック、我らのレインボゥは無敵なり……」


 全員で褒め称えると、レインボゥは嬉しそうにプルンとひとつ身震いしてから分裂して元のスーラたちに戻る。


 それと同時に俺は自分がレベルアップしたのを感じていた。火竜ともなると得られる経験値も多いからな。おお、一度に2レベルアップしたみたいだ。レベル20も近づいてきた。何か別の上級職への転職ジョブチェンジを考えてもいいかもしれないな。


 スーラもレベルアップしたようだ。ちなみに、合体後のレインボゥのレベルはスーラたちのレベルの平均値になるようだ。スライムたちのレベルはほとんど同じくらいだけど、ノーマルスライムであるスーラが一番レベルが上がりやすく、逆にゴールドスライムであるソレイユは上がりにくいので、2レベルくらいの差がある。


「話には聞いていたが、実際に見てみると凄いな、あんたらのスライム!」


 少し離れて観戦していたサーシェスたちも近寄って話しかけてきた。そのまま、軽く雑談していると、火竜が倒れて魔素になって消えたあたりを探っていたオリエが突然大声を上げた。


「見てくだされ、あの火竜、アイテムを落としたドロップしたでござるよ!」


 その手には、金色こんじきに輝く宝玉が掲げられていた。


「それは、まさか『竜神の宝玉』!?」


「知っているのか、イリス?」


 叫んだイリスに、クミコが尋ねる……んだが、オイ!


「ちょっと待て、お前まさか竜神の宝玉も知らないのか?」


「それくらい知っているに決まっておろう! 属性を持つ竜種を倒したときに落とす宝玉で、それぞれに倒した竜種と同じ属性があり、七属性すべてを揃えると竜神ピッコロミーニが望む宝物を何でもくれるという伝説の宝玉ではないか!!」


「……知ってるのに何で尋ねたんだ?」


「こういうときは『知っているのか、●●?』と尋ねるのが様式美というものであろうが!!」


 ツッコんだ俺に、クミコは顔を真っ赤にして反論してきた……んだが、どこの世界にそんな様式美があるんだ?


 俺はひとつ肩をすくめてクミコの反論をスルーすると、オリエが持っている宝玉を見に行った。


「確かに竜神の宝玉だ。それも『金の宝玉』だな。なかなかのお宝じゃないか」


「金の!? ってことは、これひとつで『火属性』はクリアってことね!」


 俺の言葉にアイナが反応する。竜神の宝玉には七属性それぞれに二種類、金と銀の宝玉があって、これは「銀の宝玉」じゃなくて「金の宝玉」の方だからな。かなりのレア物だぞ。


 竜神の宝玉を集めて宝物をもらうのには条件があって、それぞれの属性の宝玉を「金なら一個、銀なら五個」集めないといけないんだ。当然、金の宝玉の方がドロップしにくいので、竜種討伐の初回でそれを引き当てた俺たちは相当にラッキーだってことだ。


「よし、それじゃあゲペックの街に帰るとするか。俺たちはテレポートで帰るけど、そっちはどうする?」


「我々は、まだほかに火竜が潜んでいないか山中の捜索を続けるよ。三日間の捜索がギルドからの依頼だからな」


「そうか、頑張れよ」


 まだ捜索を続けるというサーシェスたち山登り愚連隊のメンバーを残して、俺はみんなを集めるとテレポートの魔法を使った。


 ゲペックの街の入口には、前と同じようにギルド職員が立っていたほかに、会議室で一緒だった冒険者たちもいた……のだが、様子がおかしい。


 全員装備がボロボロで、重傷を負っているようなのだ。病院所属とおぼしき白衣を着た「高僧ハイプリースト」――僧侶プリーストの上級職で更に強力な回復魔法を使える――が何人も必死で治癒魔法をかけている。それも、初級の「ヒール」よりも回復効果の高い「ハイヒール」の魔法だ。かなりダメージが大きいときに使う魔法だぞ、これは。


「何があった!?」


「あっ、スライムサモナーズの皆さん! そちらはどうなりました!?」


 思わず勢い込んで問いただした俺に、ギルド職員が問い返す。


「こっちは無事討伐完了だ。山歩き愚連隊はほかに火竜がいないか探索を続けてる。それより、この有様はどうしたんだ?」


 俺が状況を説明すると一瞬安堵した表情になったギルド職員だったが、すぐに顔を引き締めて今度こそ俺の問いに答える。


「もう一方の火竜と戦った討伐隊が大被害を受けました! 火竜はゲペックの街を目指して進行中です!!」

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