夜はいつかの昼の夢1

 転移屋に程近い酒場は夜狩人のたまり場のひとつである。


 もしも他の場所で夜者が暴れ、そこの人員で解決できない場合、夜狩人がすぐ駆けつけることができる場所だからだ。


「何故、遊技場を見てそわそわしているんだ」


 その夜狩人のたまり場には必ずといっていいほど遊技場がある。俺はその遊技場に良くお世話になっており、そこそこ金を落としていた。


「あんたが料理を見て考え込むのと同じような理由だ」


 王子様が財布の中身次第で食べる料理と量を真剣に考えるように、俺も財布の中身次第では遊技場に引き寄せられてしまうのだ。


「その割にはそわそわするだけなんだな」


 酒場に入り今日のお勧め料理の看板を見るなり注文した王子様だからこそいえることである。

 しかしながら王子様の食事事情と俺の遊技場事情はまったく同じではない。


「報酬を得てからにしなさいと財布がいっている気がして」


 これには騎士より夜狩人の財布が寂しいということと、遊技場で調子に乗ると痛い目をみるということが関与している。

 つまり金がない。


「確かに急を要さないなら、後のほうが安心感がある」


 酒場の遊技場は賭場よりましであるが、それでも俺の勝ちは少ない。報酬はなくなる一方だ。

 だから、その安心感は一瞬で解ける幻である。


「ソウダナ」


 そのせいかやましいことのある人間のような返事になってしまった。


 お勧め料理がくるのを今か今かと待っている王子様も、さすがにその片言さが気になったらしい。俺をじっと見つめてきた。


 王子様の視線がちくちくと俺に突き刺さり、俺はそろりと顔をそらす。


「マァ、その、なんだ……とにかく犬もどきの回収だ」


「……仕事を依頼すればいいのか?」


 毎度のことながら苦しい流し方である。王子様は視線を俺に刺したまま、話にのってくれた。

 この酒場に来た本来の目的だからかもしれない。


「おう。けど張り出しじゃあ間に合わねぇからここはひとつ、女王の騎士に活躍してもらいてぇんだが」‬


 こういった夜狩人の集まる酒場に遊技場があるように、依頼書張り出し掲示板もある。

 その掲示板には夜狩人に仕事を頼みたい連中が依頼書を張り出すことができた。


 夜狩人はその依頼書を見て仕事を受ける。


 今回俺たちが夜狩人に依頼したいのは眠っている犬もどきの回収だ。掲示板に依頼書を張り出し、夜狩人を待っていては犬もどきが起きてしまう。


 そこで活躍するのが、女王の騎士だ。


「女王の名を使い夜狩人に命令しろということか?」


 王子様が今まで見たことのない、嫌そうな顔を俺に見せつけてきた。

 女王の騎士は、女王の許しさえあればその名を使うことが許されている。


 その許しというのがなかなかの曲者で、緊急時を除き、様々な申請か女王の気まぐれによって出されるのだ。


 それなのに俺は、申請を一切行わず女王の耳にもいれずに、女王の名を使うという。

 真面目な王子様に嫌がられるのも当然だ。


「その通り! 大丈夫、妹はそれ込みであんたを貸し出ししてくれてっから」


 騒がしく陽気な酒場なのに、一瞬、この場にだけ重苦しい空気が漂った。


「書面にはその辺詳しくのってなかったんだが」


 嫌であっても、王子様はそれが一番手っ取り早く夜狩人に仕事を頼めると理解している。

 一応の抵抗として、妹が王子様に命を下したときに作られた書類の話を王子様が持ち出した。


「あの書類は事件のこととお手伝いしてねってことしかのってなかったじゃねぇか」


 あくまで一応の抵抗だ。

 書類はそれらしく作られていたが、妹のお願いをしたためた手紙でしかなかった。


 あの手紙に何かを決定させたり、拒否させたりする力はない。


「だから、女王の名を使ってもいいと?」


「だめだったら俺も一緒に怒られてやるから、な?」


 妹のわがままに振り回されては、横着して怒られる。いつものことなのでいくら怒られてもかまわない。


 手を合わせ王子様と目を合わしお願いをすると、王子様は厨房のほうを見てため息をついた。


 王子様の注文した料理はまだ来ない。来たところで女王の名を使わずに済む助け舟にもならないだろう。


 諦めが見て取れるようだ。


「怒られるだけですむのか?」


「済む済む。一応、兄だし。悪いことに使うわけじゃねぇし、仕事に使う経費みたいなもんだよ」


 俺らしさが滲む責任感のない適当さは、ついに王子様の覚悟を決めさせた。


「俺の食費はどれほど働いても経費に含まれないのだが」


 王子様の諦めのことばはなんとも悲しく、またお茶目なことだろう。

 王子様は食費を経費で落とそうと思ってもいない。その顔は諦めからか笑っていた。


 笑いながらも王子様は本当にいいのかと、その目で俺に問いかけてくる。


「あんたの食費を経費で落としてたら、金庫番が泡吹いて倒れる。とにかく、騎士様……頼む」


 俺は大きくうなずいて、王子様の肩を叩いた。

 それを合図に、王子様は酒場の中心へと足を踏み出す。


「俺が騎士を首になったら責任とって夜狩人にしてもらうからな」


 ひらひらと手を振って王子様を見送りながら、俺は心の中で王子様のことばに首を振る。

 妹は王子様を手放すつもりはないだろうし、俺も王子様を夜狩人にするつもりはない。


 酒場の中心地……一番盛り上がっている卓に向かっている王子様には騎士が良く似合う。

 やっていることは夜狩人とそう変わらないが、こうして夜狩人ばかりが騒いでいる酒場にいると良くわかる。


 凛と立つ姿はやっぱり王族で、その血がすでにその身になかろうと他の連中とはかもし出す雰囲気が違う。


「食事中すまない。女王の命だ」


 酒場中に届かせるために、声は大きい。

 きんきんと響かず、すんなり耳に入ってくる。


 王子様がしゃべりだしたとたん、酒を飲んで笑っていた奴も、怒鳴り散らしていたやつも、遊技場で身包みをはがされていたやつも、金の勘定をしていた奴も、手を止め静かになった。


 そして皆、一様に王子様を見上げる。


「ここから程近い、蛇壁近くに眠らされた人がいる。夜狩人ならば耳にしたことがあると思うが、噂の犬だ。それらを転移屋まで運んでほしい。依頼の達成は転移屋の双子が確認する。報酬は女王の気まぐれで支払われる」


 とくに依頼達成条件の確認や報酬などについて相談していなかったのだが、王子様はうまいこといってくれた。


 転移屋はもともと女王の管理下にあったものだ。


 独立した今でも騎士たちの仕事を手伝うことが多い。そのため転移屋の双子が依頼達成の確認をすることに不自然はなかった。


 報酬の『女王の気まぐれ』というのは、クレムナムではよく耳にするものだ。普通ならば気まぐれだから支払いが少ない可能性を考え、やる気をなくす。


 けれどクレムナムにおいて女王の気まぐれという報酬は、相場に色が着くか否かのものだ。しかも女王の機嫌次第でその色が増えるのだから、夜狩人にとって損にはならない報酬である。


 妹や双子には後ほどうまいこと説明しておこう。

 そんなことを考えていると、王子様が仕上げに繰り返した。


「もう一度いう。これは女王の命による依頼だ。すべてが従う必要はないが、余力がある者、小遣いがほしいものはこの仕事を請け負ってほしい……よろしく頼む」


 きれいな一礼つきの、堂々としたお願いだ。

 俺は拍手しそうになって、手を止める。


「やっぱ、王子様だよなぁ……」


 つぶやいた声は、動き出した夜狩人によってかき消された。

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