残酷な再会は夜に惑う2

 呪いは呪いに引っ張られる。


 それが誰かに呪われたものでも誰かを呪ったものでも、俺の血の混じったクレムナムの水を飲めばその身に関わる呪いが降りかかるのだ。


 強く呪った分だけ呪いは強くなり、人間から離れた化け物になり、力を得る。


「死んでまで得ようとしたのに、何故……?」


 王子様のいうところの死んでまでというのは語弊がある。

 俺はぞんざいに犬もどきを地面に落とし、湖を見上げた。


 そして過去に湖上であった事件やその後について思いを馳せ、煙草箱を探す。

 煙草はあと一本しかない。箱が手に触れた時点で思い出し、苦い顔をする。


「こいつらはまだ生きていると思ってるから、そこまでの覚悟はねぇよ」


「……クレムナムにいるのにか?」


 死を自覚していない連中にとってクレムナムは、水底にある化け物の変わった国であって、生死をどうこういう場所ではない。


 肉体を持つ死人が化け物になる、死人にとって特別な場所だと思っていないのだ。

 死んだことをすぐに自覚したのだろう王子様には信じがたい話かもしれない。


「クレムナムにいるのに、だ。こいつらは生まれ変わったと思ってるらしくてな」


「動く死人だというのに?」


「自覚がねぇからなぁ……あんたみたいに新人なのに自覚的なのが珍しい……わりと最近、クレムナムに来たんだよな?」


 それとも、もとから特別だったのだろうか。


 地上の国の王族というのは、たいそうな祖を持つ。神であったり英雄であったり。それが後に作られた話であったとしても、王族はそういうものだとされている。


「そうだが……俺の場合はアルスラムルスが最後の加護で教えてくれたことと、苦しんで死んだからだ」


「加護? もしかしてその長い名前のやつは神か」


「ああ。真名ではないらしいが……うちの国ではそう呼ばれていた」


 王子様は内臓が腐る病だったと初めて会ったときにいっていたので、苦しんで死んだというのはわかる。


 しかし、加護というのは聖職者でもなかなか得られないもので、王子様が得ている理由はわかりたくない。

 その上、人間のいう加護というやつは大体、神から貰うものだ。


 俺はまた煙草を吸おうとして箱に手を伸ばし、舌打ちした。

 神の気配はいつも俺を苛立たせる。


 たとえそれが過去の話でも、身近にそれが見えると不愉快な気分を隠せない。

 昔よりは随分ましになったが、不意打ちで聞くとどうしても煙草に手が伸びる。


「なるほど、どおりで伝説級の化け物になってるわけだ。あんた、俺たちに呪われてるんだ」


「……悪いことは、していないのだが……」


 苛立ちながらも、王子様が吸血鬼だなんて俺でもお目にかかったことのない化け物になった理由に納得した。


 それと同時に神々のとびきりいやらしい嫌がらせにまた舌打ちをしかけて、口を覆う。

 王子様の気落ちした声が聞こえたからだ。


「あんたは悪くねぇよ」


 悪いのはいつでも神である。


 俺たちの恨みを買うようなことをして、恨まれた挙句、ちょいちょい仕返しをしてくるいやらしい神々が悪いのだ。


 そうでなければ、加護を与えるほど愛している子供に呪いを解除し永遠の死を与えるのでなく、化け物の血を求める吸血鬼になどしない。


 その化け物の血を安易に求めれば、その化け物に消滅させられる。にっちもさっちもいかない人に死んでいる事実を告げて、現世への未練を殺し自棄になるようなこともしないだろう。


 だから王子様は、まったく悪くない。

 俺は一息置いてなんとか気を取り直すと、続ける。


「……今の時代で神の加護受けてるってこたぁ、あんたの国は正真正銘、神が祖で、王族が血を守ってんだよ」


 加護は人間にとっていいことだ。


 俺たちのような化け物にとって腹立たしいだけで、加護という神の手を受けられるのは幸いでもある。


 王子様の国はその幸いを守ったのだ。

 それが王子様をこうして苦しめているのはなんとも皮肉で、いやらしい話である。


「つうことで、王子様は俺と弟妹が恨んでる神々に連なるわけだ。あんた自身を恨んだり呪ったりしてるわけじゃねぇけど、その血が俺たちの長い年月積み重なった呪いを受けちまってる」


 さすがの王子様でも酷い事実だろうと思い、俺は王子様の様子をうかがう。

 王子様は犬もどきを運ぶ手を止め、じっと俺の話の続きを待っていた。


「それでもここまで時間がたっちまえば、せいぜい不幸な事故がちょっとばかしあるていどだ。それが今は廃れちまった水葬なんてわざわざやってクレムナムに流してくれたから俺の大迷惑な血があんたにも等しく呪いをかけちまったんだろうよ」


 神への呪詛とは別に、俺の血はもともと呪いでできている。

 神であった父の行いから、俺は生まれた時からそっくりそのままこの血に呪いを刻まれていた。


 その呪いは呪う先を失い、怪我をしては周囲に迷惑をかける。

 その迷惑を現在進行で被っている王子様は、ここまでいっても俺につっかかってきたりはしない。


 いまや細かな嫌がらせしかできない神や、それに苛立つ俺よりよほど落ち着いている。


「まぁ、そんな迷惑きわまりねぇ呪いだが、手順さえ踏めば力を得て生まれ変われると思って、流行ってたから軽い気持ちでやらかした奴らには厳しくてなぁ」


 これ以上脱線しても俺の大人気なさがばれるだけだ。

 俺は冗談めかしてそういうことで、話を元に戻した。

 

 都合が悪くなるとすぐ話を変える俺に、王子様はなれてしまったらしい。

 何度か瞬きをしたあと、仕方ないなと笑った。


「死ぬようなことなのに、軽いのか?」


 そうして仕方ないと笑いながら話に乗ってくれる王子様は、本当にいい奴だ。


 いずれ王子様が餓えて干からびそうになったら、理性が飛ぶ前に一滴くらいは血を分けてもいいと思わせる。


 王子様が話にあわせてくれたことに気をよくし、俺は再び犬もどき運びに戻りつつ口を開く。


「手順ってやつが本当にお手軽だったんだ。恐怖心も薬で飛んでるやつらには関係ないし。その流行りってのも魔術実験の条件に合う人間が必要だったから用意された流行りで……ろくでもねぇ話だったわけだが」


 この魔術実験は俺と神と王子様のいやらしくて複雑なようでいて、王子様が可愛そうなだけの呪いよりもろくでもない。


 なにせ、人間が好き勝手するために……いわば道楽や趣味でやったことで、同じ人間を何人も殺している。


 人間とは時に化け物や神より残酷だ。

 だから面白いともいえる。


「そんなこんなでクレムナムに、ちょっと丈夫で力持ちな人間が誕生したわけだ」


「ちょっと丈夫?」


「おう。地上にあがると腐っちまうから、ただの死人返りだ。クレムナムの水を摂取できるから、腐らねぇ。思考力も保てる。けど死体だから身体の限界を忘れちまってて力持ちで……やっぱり水のおかげで限界無視してもなんとか回復できる」


 俺は調子よくぺらぺらしゃべりつつ、犬もどきを運ぶ。

 気分良くなってから二匹目であるが、まだ気分は上々だ。


 しかし、ほんの少し疲れたと思う。

 人の形をしたものを運ぶのはなかなかの重労働であるし、ここは鱗街だ。


 地面はもれなく瓦礫ででこぼこである。

 つまり、運びにくい。


「地上に出ない方が身のためでは……?」


「だろう? けど、説明したところで、地上に出ちまったら二度とクレムナムに戻るような思考力も理性もなくなっちまう。うまいこと水の源流にたどり着けても、濃すぎて受け入れられない。儚いよなぁ」


 なお口はぺらぺらとしゃべり続けるが、俺の気分は早くも下がってきた。


 疲れたと気づき、この悪条件の中犬もどきを運ぶことが面倒だということ思い出してしまったからだ。


 気分を反映し、また俺の足が止まる。


「俺も原液はまずいのか……?」


 そんな俺とは違ってやはり真面目な王子様は、俺とともに運搬作業を再開してからずっと犬もどきを運び続けていた。


 だが、この話題には犬もどきを持ったまま真剣な顔で立ち止まる。


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