残酷な再会は夜に惑う1
俺の毛を針に変え、王子様に刺してようやく眠気から逃げたが、まだ問題は地面に転がっていた。
「犬もどきを追加できたのはいいんだが、これは多いよなぁ」
地面にうんざりとした目を向けたのは、適当で不真面目な俺だけではない。
真面目で切り替えが早い王子様も同じような顔をして地面を眺め、ぼやいた。
「犬のときと同じ大きさだが、人になるととたんに運びづらそうに見えるのもこちらの気をそぐな」
魔術で眠らせた犬もどきは、例に漏れず全員人の形に戻った。
地面に倒れ付す、人、人、人……そろそろ起きだし、仕事に来るだろう夜狩人に手伝ってもらっても、運び出すには時間がかかりそうだ。
「それにしても、これだけそろうと……さすがに共通点がわかるな」
「そうなのか?」
俺は人間を長く見てきたが、いまいち人の違いというのが良くわからない。
親しい仲であるとか、よく見かけるとか……とにかく、時間さえあれば判別は難しくないのだが、ただ通り過ぎる普通の人間などまったく気にならないからだ。
俺はすぐ妹の騎士をまぶしいだというけれど、それだってまぶしい上にこちらに被害があるからわかるだけである。
特別醜いとか特別美しいとかでない限り、男か女か老いているか若いかくらいしか気がつかない。
その点、王子様は元人間である。俺より人の違いがわかるのだろう。
「ああ。ここで倒れている人は、皆、新しい」
「……新しい?」
「人に……人間により近いだろう?」
いわれてみればそうだ。
肌が緑であったり紫であったり、はたまた透明であったり、足が獣であったり手が蜥蜴であったり……そんな現象がない。
犬に変身するのならば、犬のような特徴があってもいいがそれもないのだ。
ここにいる連中は、きわめて地上にいる人間に近い。
「それだけじゃ新しいとは……だが、ここに来た時点で人間と違う特徴を持つのが普通なのに、ここまで人間らしい奴がそろうのは……珍しいな」
また珍しい、だ。
いい加減珍しいことが珍しくなくなってしまう。
「そうなのか。人型至上主義というのがいるらしいが、そこに新規参入した者たちでは?」
「いや、あいつらは人型であることを尊ぶけど、ないものねだりで……人の形はしているけど、人間ではない部分が外見に出てるか相当の化け物で、こんなに人間らしいのは逆に嫌いな古参の……」
嫌いだから、仲間にして使い捨てているという可能性はないだろうか。
俺は地面に転がる連中を改めて観察する。
よく眠っているらしく寝返りすらうたない連中は、一様に人間らしく、細くもなく、太くもない。顔はまぶしくないし、おそらく普通といわれる類の連中だ。
新たな仮説を立てるにしても、これではまだ情報が足りない。
「王子様、他に何かねぇか?」
俺にはそこまでしかわからないが、やはり王子様は違った。
王子様も地面に転がる連中を改めて観察し、口元を隠す。
「若い男が多いな。あと年齢差があまりないと思う」
「年齢差?」
これも俺にはピンとこないものだ。俺にとっては老体か幼体か、もしくはその間くらいの認識しかない。
大きさが見てわかるほど変わる幼体なら区別がつく。
だが老体と幼体の間となると行動でも見ていない限り年の差などどこにあるのかわからない。
「老人や子供がいないんだ。いや、クレムナムの特性を思えば、子供がいるのは残酷なことだが……とにかく、働き手としてはまだ若いとか青いとかいわれる年頃から働きに出る直前の年頃だ」
「へぇ……そりゃあ確かに若ぇな」
「そして、たぶん……いきがってる」
そこまでいわれて納得する。
その年頃でいきがっている人は、何か別のものやもっと大きな何かになりたい人だ。
うすらぼんやりと未来が見え始め、他とは違うんだと強がっている不安定な連中ともいえる。
「路地裏とかにたむろしてる連中みたいな?」
人間のそうしていきがるやつは路地裏にいきがちだ。そうでない奴もたくさんいるが、目立つのはあいつらである。
「たぶん、その類の」
人間の路地裏にいる連中は問題を抱えている奴も少なくない。
どうすれば先に進めるか、どうすれば望むものを手に入れられるか悩む。
ただいきがっているだけの奴らはいずれ、他となんら変わりない日常に戻る。
まれに活路を見出した奴は、大きな何かになれる。
絶望した奴は土の下に眠ることもあるし、ひねくれた奴は大きな何かについていく。
時期が悪いと、そいつらが大量にクレムナムにやってくる。
おそらくそれが、こいつらなのだ。
「一時期、クレムナムに飛び込めば力が得られるって話が流行った。クレムナムにたどり着けるかどうかは運だ。若ぇかどうか目的が何かは関係ねぇ」
人間の種類には詳しくないが、クレムナムの人については水底に国が興る前から知っている。
俺は諦めのため息をこぼし、散らばっている犬もどきを一箇所に集めるために動く。
王子様は俺が急に語り出した話にきょとんとしたが、すぐに俺と一緒に犬もどきを集め始めた。
「時期によって少なくなったり多くなったりもしねぇ。多くの人間がクレムナムに飛び込めば、幾人かはたどり着く」
俺は王子様に何か説明もしないで、犬もどきの脇の下に腕を差し込むと、そのままひきずる。
こうして間近で見ても、犬もどきは人間にしか見えない。よくできた化け物だ。
「つまり、流行った分だけ多くが飛び込み、化け物になる数が増えたということか?」
俺がどこに話を繋げたいか、うすうす気づいているのだろう。
王子様も犬もどきを引きずりつつ、そんなことを尋ねてきた。
「その通り。だから、時期によって化け物になる量が変わる。材料が多いからな」
近頃では水葬もすたれ、クレムナムに流れ着く連中も稀だ。新しいクレムナムの住民は少ない。
王子様や王子様の知り合いのような奴らは、それこそ珍しいものとなっている。
「で、話はここからだ。その飛び込みが流行ったとき、クレムナムで力を得る方法ってのがあって、手順を踏んで飛び込む必要があった」
一人運び辺りを見渡すと王子様が腹をさすっているのが見えた。広域魔術はやはり腹が減るのだ。
何か食べるものなど携帯していない。俺は王子様を見なかったことにして、次に運ぶ犬もどきを選ぶ。
「手順を踏んで飛び込む、あるいは投げ込んで貰えば死因は似たり寄ったりになるもんだ。すると似たような死因の奴らは最初はやっぱり似たような外見になる。たとえばこいつらのように」
クレムナムの人は死因にひきずられ化け、死に方が選べないからこそ個性が出る。
だが、もし、死に方が選べ、似たような死に方をしたのなら、似たような化け方をするのだ。
「その流行りに乗って力を得た人々が犬に変身したと?」
王子様に肯定する代わりに、俺は犬もどき転がる地面を見る。
「そうならこいつらの目的は簡単だろう?」
「地上に帰りたい、か?」
力が欲しくてクレムナムに飛び込んだのなら、力を得た今、クレムナムに留まる必要はない。
むしろこんな化け物だらけの国になんていたくないはずだ。
「そう。けど、これが面白いことにこいつらはクレムナムじゃあ、大した力を持っちゃいねぇんだ」
クレムナムの住民は呪いでできている。
たどり着けるか否かは運であるが、強力な力を得られるか否かは、その呪い次第だ。
その呪いの元は俺であるが、俺が人間を呪うような恨みつらみはない。
では何故、人間は呪われ、クレムナムで化け物になるのか。
答えは難しくない。
誰かが呪っているからだ。
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