街中で声を殺す孤独3

 

 王子様の知り合いは双子が青い肌のことに驚き、王子様は二人が双子であることに驚いた。

 双子自体、地上にはあまりいないし、青い肌の人を見ることもない。それはびっくりもするだろう。


 俺はいつもこの二人の騒がしさに辟易としてしまうため、そこに気が向かなかった。

 青いといわれることも双子だといわれることにも姉弟は慣れていたようだ。姉弟は顔を見合わせ、同時に肩を下した。


「アレアレーもしかしてもしかして新人さん?」


 そのあと顎に指をそえニヤニヤと笑ったのは姉のナナラだ。弟により俺の本命にされてしまったが双子ともども俺については会話の出汁くらいにしか思っていない。


 興味があるのはむしろ俺の後ろにいる二人だ。


「そうだろうねぇ。クレムナムには結構色んな色の人いるもんねぇ」


 おっとりしているがことばに爆発物を混ぜてくるのが弟のシシリで、すぐわかったような顔をして頷く。


 そのことばで慌てる客を姉のナナラがいじることを使命としているという、見た目にも言動にも特徴がある双子だ。


 その双子のいうとおり、俺の後ろでぽかんとしている王子様もその知人も、クレムナムの新人だ。


 だが、それに同意すると双子の質問攻めが始まってしまう。

 俺は特に何の反応も見せず要件だけを伝える。


「城下街まで行きたいんだが」


「エー、めっずらし。そんな長距離で使うほどお金持ってた?」


「賭場に行くときだけじゃなかったんだねぇ。お仕事? それともいつも行ってるとこ出禁にされてついに遠出?」


 さらりと話を流しても、双子の話は尽きない。新しい話があればそこに食いつくのが双子流なのである。


「賭場……?」


 王子様は驚くのに忙しく、俺が賭け事をたしなんでいることに疑問の声を上げた。

 隠し事でも何でもないが双子がうるさいは適わない。俺はやはり双子のつっこみをなかったことにして話を進めた。


「いくらだ?」


「ヤダヤダ、すぐそうやってお金で解決しようとスルー」


「運賃は一人一万ほどだけど、そういうことでお金を払うというのならちょっとだけ勉強するよぉ?」


 その程度のことで口封じに金を払うくらいなら、中酸実なかすみを渡す。王子様も好きではないようだしちょうどいい。


「なら二万と中酸実出すから荷物預かってくれ。城下街まで行く」


 あくまで無視をして話をすすめたら、双子は差し入れ内容に異を唱えた。


「その籠から見えてる白花紅はっかこうのがイイナー」


「焼き菓子ならなおいいよぉ。城下街で人気の白花紅菓子を二千で買ってきてもらえれば一万八千で転移と荷物預かりするよぉ」


 この青肌の青少年としかいいようのない双子は甘党だ。

 所謂、季節のお菓子というやつに目がなかった。


 俺だって白花紅が使われている菓子なら、片っ端から店の菓子を買って歩きたい。

 二千も使って白花紅の菓子を買う。聞くだけで羨ましさが突き抜けるが、お得な話だ。


 俺は菓子屋のことを考え、女ばかりで甘くて香ばしい香りのする店に立ち向かえるか真剣に悩む。


 行けるか行けまいか。

 王子様の芸術性で誤魔化されないか。


 可愛らしい、もしくはお洒落な店先に王子様が立つ。想像するだけで俺は誤魔化されつつあった。


 だが、ここにきて俺の人相の悪さが想像上でも大暴れする。

 確実に俺は菓子屋の異常事態だ。


「手作りでは駄目か……?」


 俺にはその技能が備わっていないが、なんだかんだ面倒見のいい人魚屋のレミヤをいいくるめれば作ってくれる。そうすれば俺の人相は関係ない。


「手作りってレミヤちゃん? 仲いいよねぇ。本命はこっちかぁ……姉さん振られたねぇ」


 双子の弟は俺になんの恨みがあるのだろう。俺はできたら四足歩行で日向の匂いがする赤毛のお嬢さんと番いたいので、こんなところに本命はいない。


「こんなクソ野郎こっちから願い下げだヨー。レミヤちゃんだったら美味しく作ってくれるし、温かいの作ってくれるし、イイよね、シシリ」


 さすがに姉も振られた扱いされるのは無視できないようだ。さりげなく俺への暴言を吐きながら弟の頬を軽く引っ張る。


 その通りであるし、それだけで菓子屋の騒然とした空気を吸わなくていいのだ。姉の暴言は甘んじて受けよう。


「そうだねぇ、焼きたてのお菓子は城下街から持ち込むのは困難だもんねぇ」


 俺がおとなしくしていたおかげか、弟もすんなりレミヤの菓子で手を打ってくれた。

 あとは城下街をふらつきながらレミヤをどういいくるめるか考えるだけだ。


「よし。それじゃあ、王子様……どうした? 隣の、青い顔してるぞ」


 ようやく話もまとまったと後ろに振り返ると、王子様の隣にいたその知り合いが顔色を失くしていた。


「ナニナニどうした? やっぱりイナミの顔怖い?」


 顔面蒼白になるほどとは、俺の面もなかなか出世したものだ。この調子なら、歩くだけで目をそらされ避けられる寂しく切ない面になるのもすぐだろう。


 気のせいでなければ、今でも一部の小心者はそうしているが。

 それにしては王子様の知り合いの反応は遅すぎる。俺の顔の問題ではないはずだ。


「いえ……その、ここ、寒くないですか……?」


 案の定、俺の面の問題ではなかったらしい。

 王子様の知り合いはその身を縮めるように自らの腕を掴み、視線を下げ、彷徨わせた。


「寒くはないが」


 王子様のいうとおり、隙間風が入り放題のこのほったて小屋は、寒くない。それは双子が魔術を刻んでこのほったて小屋の中を適温にしているからだ。


 それを踏まえても一人だけ寒いことはある。色々な体質を持つ人がクレムナムにいるからだ。

 しかし、寒いだけにしても王子様の知り合いの様子はおかしい。


「なぁ、あんた、もしかして魔術師か」


 俺の問いかけに答えるほどの余裕はないようだ。震えて今にもしゃがみこみそうなそいつの代わりに、王子様が口を開く。


「ああ。クーゼは魔術師だった」


 生前魔術師だった人間には力の強い呪力を感じるとこうして体調を崩す奴が稀にいる。クレムナムに来たことで呪いに対する感受性が強くなってしまった奴らだ。


 呪いは人の怨嗟である。恨みつらみなどという不毛で気分が悪いものを感じ取る能力が発達したら、精神と一緒に身体も参ってしまうわけだ。


「それなら、大丈夫。そいつは感受性が強いだけだ。たぶん、寒いのもつらいのも重たいのもすぐ終わる」


 そして俺はこの現象が急激に起きるとき、何が起きるか知っていた。

 寒いつらい重たいと魔術師がしゃがみこみ、ひとりの女の影が舞い降りる。


『あら、兄様珍しい。転移屋にいるなんてちょうどいいわ』


 俺の妹でクレムナムの女王アレーアの影だ。

 今日も例外なくその影は、魔術師が体調を崩したこの場にやってきた。


 妹は俺をしるべにここにやってきたらしく、床にある魔術陣をみてそういう。


『私の騎士とすぐにいらして。たぶん城下街にくればわかるわ』


 いいたいことをいって微笑み、消える妹の影は問答無用だ。兄は涙が出そうである。


「王子様、女王の命令だ。行くぞ」


 妹に逆らえない兄は結局涙も流さず悪態すらもつかず、魔術陣の上に乗った。


「だが……」


 王子様の気がかりもわかる。女王の使った呪術のせいで知り合いが青い顔をしているのだ。せめて安心できる場所に座らせてやりたいだろう。


「そこな双子に任せておくといい。この籠と共に預かってくれるはずだ」


「女王様の命令だもの。すぐ行かなきゃ。大丈夫、あずかるよぉ」


 転移屋に女王のお使いがくることは結構ある。さすがの双子も茶化したりはしない。

 俺が放り投げた籠を中身ごとちゃんと受け取って、双子は姉弟で親指を立てた。


「……クーゼ、そういうわけだから」


 いくら双子が請け負ってくれても王子様の心配はそのままだ。

 けれど王子様は心配を顔に覗かせても、またの約束をしなかった。


 王子様は俺と共に女王の命を受けるという意味を知っているのだ。

 王子様が魔術陣に入ると、双子たちが魔術を発動させた。


「また……! また、こんど……っ」


 転移屋の魔術は一瞬である。魔術陣を敷いた連中が場所を指定し、特定の人物が一言発するだけで発動するようにしてあるからだ。


 だから俺たちは王子様の知り合いの苦しそうな声に送り出されるようにして、一瞬で城下街へと飛ばされる。


「今度があるのなら」


 王子様の声は、城下街に響く身を切るような悲鳴にかき消され、近くにいる俺にしか拾われなかった。

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