街中で声を殺す孤独2
気のせいじゃないかととぼけたいところだが、短命なくせに人間は暇だ。すぐにちょっと変わった話があると寝物語にし、紙に書き起こしてしまう。
俺の冒険も気が付けば悪事となって人々に伝わっている。
人間は本当にそういう細々したところで面白い。
「正直俺たちの話は神がいいようにいじってんだけど、それでも俺が大活躍してんのは……俺が本体の尾を切られたからで……あ、ありがとうございます」
俺は会計を済ませると、店主から野菜入りの籠を貰い、聞こえるように礼をいった。
「ありがとうございます……それで誰に?」
またもやつられて礼をいった王子様に、今度は店主が愛想を振りまいた。また今度おまけするよという声が飛ぶ。
もしかしたら愛想ではないかもしれない。俺たちが店先から去る時も嬉しそうに手を振ってくれた。
王子様は半分くらい俺の話に気をとられているのに……美形とは本当に得である。
俺と王子様は店主に手を振り返し、次の店へと足を向ける。
「勇者様? 人間があとでどういったかは王子様の方が詳しいだろうよ。俺の尾を持って帰って英雄になって国興した奴いだろう?」
随分昔の話であるし、神や人間たちに脚色された話だ。俺の話も適当になる。なにせ今現在俺の身を守るためにしている買い物の方が大事だ。
大事だというのに、俺は鼻をくすぐる甘い香りにふらふらとある店に吸い寄せられる。
「それはもしかして狼退治の話か? 狼の本体だったはずだが」
相変わらず話に夢中な王子様がついてきているかも確認せず、俺はその店の紅い果物に釘付けになった。
俺はあの皮をむいたら黄色い、特に蜜が入ったものを愛してやまない。
しかし果物は高い。先ほど買った野菜より明らかに小さいが、それよりかなり高かった。
けれど果物はクレムナムの水がかなり濃縮されている。
王子様が食べるのなら、果物の方が満腹感があるのではないか。
そんな大義名分のもと買ってしまいたい。
「……ひとつ、買おうか? 食後に食べるといい」
なんという誘惑だろう。
俺が物欲しそうに見つめていたばかりに、王子様が心躍ることをいいだした。
できたら俺も誘惑に負けたい。今は白花紅の季節で、かなり蜜の含まれたものがある。
果実の上に置かれた札を見て、俺は唸った。ひとつより三つが安い。三つ買っても足が速いものではなく、なんなら即日になくなる。
ここまでくると、もはや買う気しかない。
素直に一つだけ買ってもらうか自らの金を足せばいいものの、一つだけ俺を悩ませることがあった。
「あんたが俺への報酬支払えないってことはねぇと思うけどな……」
「なんだ、金の心配なら……した方がいいからこうなっているのか……?」
それは王子様の懐事情だ。
今回の食事係は王子様の懐から報酬がでる。もしも仕事が終わるまでに俺へ報酬を払いきれなければ、後々支払う約束になっていた。
ここで問題なのは王子様の給金だ。王子様は薄給ではないがいつも食費に給金が消えていて、残りも少なければ貯蓄もそれほどない。
こんなところで使わせていいものか。しかし野菜よりは高いといえど貧民街にも売りに来る果物ひとつで破産はしない。
そうは思っても悩んでしまうのが俺だ。どうして賭け事に夢中になる金をここで出せないのかと自分でもほんのり悲しくなってしまう。
そんなどうしようもないことで唸っていると気も散漫になるものだ。
「ちょっとすみません」
果物が所狭しと並べられ、積み上げられた露店のど真ん中に立っていた俺は、果物を見るにも手に取るにも買うにも邪魔である。
買い物客が後ろから白花紅に手を伸ばし声をかけてきた。
普段なら後ろや隣に他人が近寄った時点で店の端に寄る。
それなのに反応できなかったのは白花紅の誘惑と、金銭のせいに違いない。
「あ、スミマセン」
慌てて端に寄ると、今度は悩む俺を眺めていた王子様にぶつかった。
「何?」
小さく声を漏らし、王子様は俺の向こう側を見て目を見開く。
ぶつかったことを謝ろうとしていた俺も、なにか珍しいものでもいたのかと王子様の見ている方を見る。
そこにはきっちりと髪を後ろに撫で付けた真面目そうな男がいた。
「アル王子……!」
そいつは王子様と同じく目を見開き、これもまた同じように小さく声を漏らす。
「クーゼ……何故」
二人は知り合いのようだ。俺は気を利かせて王子様と場所を交代し改めて白花紅に夢中になることにした。
交代する際ちらりと見えた二人の様子は対照的だ。片や嬉しそうで片や悲しそうだった。その反応も当然だ。先に死んだ方が後から来た者と会ったら、それは嬉しさより悲しさが勝る。
そのやるせなさは化け物の俺にも理解できるものだ。
けれど王子様の知り合いは王子様と再び出会えたことの方が大きかったらしい。声が濁ることはなかった。
「少しごたごたがありまして……しかしアル王子がご健勝そうで何よりです」
俺の目の前には相変わらず白花紅があるが、対照的な王子様たちのせいか王子様と場所を交代したせいか、それほど夢中になれない。場所というより集中力の問題だろう。
そのせいか俺の耳には二人の会話がよく聞こえた。
「そうだな……元気ではある」
死んだ身としては健康とはいい難い。王子の声はそんな気持ちがありありと浮ぶ暗さだった。
「ああ……元気なのはいいことです。私もこのような場所におりますが、このとおりで。どうです? 今から我々と人魚屋という店にでも。なんでも人魚の肉を出すとかいう珍しい店で……」
王子様の知り合いも例に漏れず人魚屋に騙されているようだ。もし騙されていなくても、それはかなり黒い冗談である。
しかし人魚屋の料理を注文表の端から端まで大量に食った王子様にその冗談は効かない。
王子様は小さく笑うと、先より明るい声でこういった。
「それは珍しい。美味いものは心が和む。あの頃とは違い忍ばずとも行ける、共に行こうといいたいところだが」
王子様も人が悪い。騙されているにしろ冗談にしろ、深くはつっこまず反応を楽しみたいらしい。王子様は騙されていると忠告せずにちらりと俺を見て首を振った。
人魚屋の真偽はさておいて一緒に飯を食いに行くには手持ちが心もとない。断り文句に俺を使ったのだ。
「ならば、そちらの方もどうです?」
しかし王子様の知り合いは食い下がった。
王子様の仕草だけで飯を断ろうとしていることに気が付くくせに、俺を巻き込もうとしている。
二日連続で人魚屋の食材を無にするのは忍びない。
俺も首を振って王子様の知り合いに対応した。
「悪いな、転移屋に差し入れを買ったら女王に謁見する予定だ」
そんな予定は微塵もなかったが、王子様が人魚屋の料理を食い荒らしたとか俺たちの懐が寂しいだとか話したくはない。
「そうですか……でしたら、そちらまでご一緒します」
ちょっと格好つけただけなのに、断り辛い申し出をされてしまった。
今更、転移屋に行く予定はないというのは更に格好悪い。
「そこまでなら」
王子様も俺とともに見栄を張り、返事をしてしまった。
こうなると俺のできることは一つだ。
俺は三本指を立て、店主にやけっぱちの笑顔を向ける。
「白花紅、三つ!」
それらしい差し入れを格好だけでも持っていくためだ。俺が欲望に負けたわけではない。
心の中でいいわけしつつ、俺はつやつやした紅い実を見つめた。
◇◆◇
貧民街から一番近い転移屋はほったて小屋だ。光る魔術陣と転移の魔術を使う連中が休むための机と椅子くらいしか設置されていない。
何故そんな有様かというと貧民街に住み着いた連中があまり使わないからだ。使わないということは転移屋も儲からない。儲からないなら設備もそれなりである。
それでも転移屋があるのは、他の街と貧民街を行き来する連中がいるからだ。
それがだいたい夜狩人である。
「エー、なになに、ひっさしぶりじゃん、千年ぶり?」
「千年もこんなとこいたくないから、せめて百年ぶりだよぉ。おひさしぶりっこぉ〜」
だから転移屋と夜狩人は顔見知りであることが多い。
転移酔いする俺も一応、この転移屋の双子の姉弟とは顔見知りだ。
「どれくらいかは知らねぇけど、久しぶり。お前らはいつ見ても元気そうだな」
ゆるくて騒がしい双子は俺の様子にキャラキャラ笑って、後ろにいる二人を指差す。
「ネー、キレーなのと真面目なのがいるけど愛人?」
「本命はどこぉ? どっちかが本命じゃないのかなぁ。そう、この感じからしてナナラとかぁ」
どちらも不正解であるし、本命もいない。
双子の勢いよさに俺の後ろにいた二人も驚いて固まってしまっている。
ここに来るまで俺のことなど気にせず様々な話題で温度差を生じ病気になりそうな会話をしていたというのに、こちらをヒヤリとさせる空気を王子様たちは霧散させていた。
「青い……」
「双子?」
どうやら俺が思っていた理由とは少し違っていたらしい。
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