昼中の異形は暗き夜

街中で声を殺す孤独1

 蛇壁の近くでもなければ、昼間はクレムナムの貧民街も人を見かける。その貧民街近く、いわゆる街はずれといわれる場所に並ぶ露店や市ともなればそれなりに賑やかだ。


 食品から日用品、装飾品まで商品も賑やかだが、なによりそこを歩く化け物たちが騒がしい。四足歩行の獣から二足歩行の爬虫類、半身が人であったり、手や足が多かったり……様々な化け物が商品を眺め、値切って練り歩く。


 実に賑やかである。

 俺と王子様は、今、その市で野菜を眺めていた。


「今日は変身しないのか?」


 懐が寂しいときの食品選びはいつも真剣だ。隣で俺と同じ野菜を眺めているふりをしてそんなことを尋ねてくる王子様に、俺は渋い顔をせざるを得ない。


 三日しか経っていないが、仕事は順調ではないのだから、王子様も真面目に食材を選んでもらいたいものだ。犬もどきを医院に連れて行っても大した報酬にならないのだから。


 そう、王子様と犬もどきを医院に連れて行って三日経つ。


 俺たちは他の夜狩人と話をつけ、毎晩蛇壁沿いを巡回している。一晩につき一匹犬もどきを捕まえては医院送りしているが調査はあまり進んでいない。犬もどきがあまりに頭のゆるいことをわめいているからだ。


「ならねぇよ。ありゃあ、まさしく身体に毒だ」


 調査が難航しているということは、俺と王子様の縁もまだまだ切れそうにないということである。早く仕事を終わらせてまぶしい顔とおさらばする予定だというのになかなかうまくいかないものだ。


 うまくいかない中でよかったことといえば、王子様が思ったより変な奴だったのでまだうまく付き合えることだろう。一番大事なことであるから、これについては妹の人選が良かったといえる。


 しかしそれ以外は問題だらけだ。


「だが特に影響はないのだろう?」


 犬もどきを医院に連れて行って……俺の背に犬もどきと王子様をのせて、三日も経っている。それなのに俺はその間ずっと、事あるごとに、王子様に毒を飲むことを期待され、王子様の腹の音に焦っている。


「影響があるから変身するんだっつうの。そんなに気に入ってんのかよ」


 三日前の晩に、俺は毒薬を煽った。手っ取り早く犬もどきを運ぶための手段が欲しかったからだ。


 何故、毒を煽ったくらいでその手段が手に入るか。答えは簡単である。俺が命の危機にさらされれば本来の姿に近くなるからだ。


 それは俺が使っている身体は巨大な本体の一部だった。本来の大きさには程遠いけれど、それでもかなり大きな狼になる。


 これがことのほか王子様のお気に入りになってしまったのだ。


「大きな狼の背中に乗るなんて経験はなかなか得難い。そしてあのフワフワ、もう一度といわず何度だって経験したい。むしろあの姿で生活してくれたら……」


 三日前からこの調子である。

 このままずるずる調査が遅れては、毒薬の摂取のし過ぎで腹を壊すか、王子様に餌にされるかのどちらかになってしまう。


 俺は恐ろしい未来をさけるために野菜をじっくり眺めた。あいことばは『味はともかくでかいもの、栄養はともかく腹持ちが良さそうなもの』だ。


 育ち盛りの子供を持った気分であるが、一緒に居るのは余所の国の元王子様である。おかげで栄養のことは気にせず、俺の身の危険だけ心配すればいい。


「あれはかさばる上に視線がいてぇんだよ。まぶしい顔が隣にあるより目立つんだよ、遠くからでも見えるから」


「それは確かにそうだが……逆に考えてみないか。俺が近くにいてもでかければなんの問題もない」


「確かに俺にばかりに目が行くだろうな、でかいから。けど、もう少し考えてみねぇか。近くにいるのは見たこともない芸術作品、猛獣を従えた麗しの騎士……どうだ?」


 これの答えも簡単だ。

 見ごたえのある一人と一匹だといって、よけいに注目を浴びる。やっかみの視線は少なくなるだろうが、尊敬のまなざしだとか羨望のまなざしとかがうるさい。


 俺はできたら静かにかつ楽しく暮らしたいのでそういうのは毎日浴びなくていいのだ。


「その猛獣は従わせるものではないのでは」

「他人から見たらそう見えるって話だ。神に従うよりはある話だけどな」


 俺は大きくて重い葉物を手に、頷く。一番外側は青くて固いが文句はいわせない。王子様の燃費が悪すぎるのが悪いのだ。


 この三日で王子様は燃費の悪さゆえ騎士として働いた給金のほとんどを食費に費やしていると、俺は知った。これで夜狩りなどして外食をすれば、すぐに金が尽きる。


 金が尽きれば、ついに俺の出番だ。水で食いつなげないことはないが、濃縮されていないので現実的ではないそうである。


 そして俺は王子様の金で飯を作ることになったのだ。一応それで俺の飯と報酬もでるので良しとした。

 王子様が飯を作らないのは……作ったことがないからである。忘れがちだが王子様は王子様だったのだ。


「神はやはり、嫌いか?」


 小声でつぶやいた王子様は、紫の中酸実なかすみを俺が手にとると、その手を掴んで首を振る。どうやら好きではないようだ。


 腹にもあまりたまらない食材であるし、それほど安くもない。しかし俺が好きなので、王子様を無視して手に持った籠にそのまま入れる。


「嫌いだな」


 王子様は神様なんていないという顔をして、緑芋を籠にいくつも入れた。

 それは大きいし重たいが大きいものほどそこそこ高いので、俺は入れられるたびに箱の中に返す。


 王子様はこの世の無常を見たような顔で、緑芋が箱に返される姿を見つめていた。

 俺はそれもみなかったふりをして小声で続ける。


「俺も弟妹も何もしてねぇのに動けねぇのはあいつらのせいだ。人間にはいいようにいいわけしてやがるが、地面の下敷きにされたり死人の国の蓋にされたり串刺しにされたりしてみろよ。神を好きになれる理由がねぇ……って、待て、紅芋より普通の芋にしろ、そっちのが安くていっぱい食える」


 人間など後からきて俺たちの周りに巣をつくって増え続けているだけだ。そのことについて思うことはない。恨みつらみあるがあるのは、俺たちをこうして動けないようにした神たちだ。


 俺は王子様が籠に入れてくる芋と格闘しながら、人間と神と俺たちについて考える。

 人間は芋だけにしてもこれだけ色々種類を作ったのだから、それだけでちょっと面白い。神たちもいろいろ作ったが……その面白さより深い恨みがある。


「……それにしては長兄は自由なようだが」


 王子様が恨めしそうにそういったのは、きっと希望の芋が食べられないせいだろう。

 大量摂取するなら好きなものがいいのはよくわかる。だが金は有限だ。ある分で工夫して好きな味を見つけて欲しい。


「それは俺にだけじゃねぇよ。弟も動ける。本体が大きく動いては人間が地震だ噴火だと騒いでやがるし、身体の一部も切り離せる。けどあいつは内向的で……ちょっと余所者が苦手でなぁ。外に行きたがらない」


 そのせいで先日何もいわずに丸飲みされたわけだ。王子様に慣れたら天気の話くらいはしてくれるだろうが、そこまで一緒にいる予定もないし食事の世話もそのときまでしたくない。


 けれど今は王子様を食わせねば、俺の身の危険だ。

 俺は野菜の入った籠を店主に渡し、お願いしますと愛想を振りまく。


 つられたように愛想を振りまいた王子様に、店主は綺麗な兄ちゃんおまけしとくよと王子様が欲しかった芋を入れてくれた。美形は得である。


「では女王は?」


 会計の間にも王子様は質問を止めない。人間の世界では俺たちも神話の世界の住人だ。興味も尽きない事だろう。


 けれど興味に負けて声が大きくならないあたり、王子様の王族らしさが垣間見える。それだけにこの食い気が残念だ。


「あいつも髪や爪なら……でも地上はまぶしくて夜しか出られないといっていたな。あまりに暗いところに押し込められすぎて日光には弱い」


「なるほど、だから女王は夜の話にしかでてこないのか。だが、それにしても長兄の話はかなり残っている。それについては?」


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