深い夜に生まれ狂いし者たち2
王子様のこだわりのなさは自分自身にも及んでいのだろう。
再生の要領で変身するということは王子様の変身は粘土遊びに近い。自分自身を完全に作り変えている。
人間は大きくなったり小さくなったりするが、人の形を逸脱しない。
化け物になったとはいえ、王子様とて元人間だ。人の形から外れることを怖いと思わないのだろうか。
「その状態で動くことは?」
俺はゆっくり瞬きをし、考えていることとは別のことを問う。
王子様に深く関わる気がないのだから疑問は疑問のままがいい。
「俺の一部であるうちは動くが……今の形状より小さくなる場合、俺の本体から余分を切り離すことになる。切り離してしまったら元には戻らない。だから再生するために食う」
「そりゃあ燃費も悪くならぁな」
俺は煙を吐くと煙草の長さを確認する。
思ったより短くなっている。
夜者に襲われるなら、この煙草が吸い終わるまでにしてほしいものだ。
「他は?」
「剣術と魔術を手習い程度に」
王族の手習いとはどの程度か。考えるそぶりを見せてしまった俺に、王子様は小さく笑う。
「化け物になったからか力が強くなった」
つまり、自称手習い程度の剣術と魔術であるが化け物補正が入ったということだ。
「自己評価は?」
「なかなかやるな」
こちらに振り向きいい顔をされても、顔面のまぶしさしか理解ができない。
俺はぬるい笑顔を浮かべ、数度頷く。
「本人がいうんだ、ちょいと下方修正して考えとくわ」
「おまけで上げてはくれないのか」
おまけで評価を上げて命の危機に瀕してしまったらどうするつもりだ。
顔がまぶしいせいで何をいっているかもわからなくなってきたということにして、俺は眉間に皺を集め、おざなりに手を振る。
「おーおー強い強い。王子様は強いから前向いて警戒してくれ」
面倒さを全面押し出しすると王子様は不服そうな顔で回れ右した。
「先程訂正したばかりだというのに」
こぼれ落ちたことばもいやに不満そうである。俺の認識する王子様の強さについて不満はないらしい。
こちらとしては呼び名に対するこだわりを造形にも少しでいいから反映してもらいたいものだ。
「それで俺の方だが」
だが、この残念さをポロポロ落としてくる王子様に期待はできない。
潔く王子様のつぶやきを聞かなかったことにして、俺は瓦礫を登り始めた。
「全体的に硬く鋭く丈夫になって……おいおい王子様、信じられないものを見るような目で見るな。ちょっと高ぇとこから見渡したいだけだ」
王子様は歩き慣れない瓦礫に登るなどという挑戦はしないらしい。
瓦礫が積み重なり小高くなった場所を、王子様は迂回していたのだ。
そこに俺が登り始めたものだから、王子様は俺と足元を見るので忙しくなった。
俺は宣言した通り辺りを見渡し煙草を鱗街の一角に向ける。
それに釣られて王子様もそちらに目を向けた。
「夜者に理性はないのに何故こんな人気のないとこで身を潜めていると思う?」
鱗街も蛇壁の近辺にある他の貧民街と同じく、夜には人っ子一人いない。瓦礫だけしか見当たらない、静かな場所だ。身を潜めるに適している。
理性をなくす前兆があるなら、ここに逃げてくるかもしれない。
しかし必ず前兆があるわけではない。
「夜者がどこでどうやって理性を無くすかなんてのはわからんし、現に色々あるだろ。もし街中で理性をなくしたとして、こんな場所まで来ようという意思があるか?」
答えは否だ。ほとんどは街中で暴れる。そういう痕跡もあるし、夜狩人や騎士が街中で夜者を退治するときはたいていそうだ。
王子様もわかっているようで、俺が煙草で指した場所を見つめたまま首を振る。
「それでも逃げ延びた夜者は、必ずここにたどり着く」
例外はない。
こんなところに潜んでいても理性とともに計画性なんかも捨ててしまった奴らには、生きづらいだけだ。それなのに夜者たちはこの場所から動くことが出来ない。
「なぁ、王子様。どうしてだと思う?」
王子様からの回答はなかった。
何故なら先ほどからじっと見つめていた場所から夜者が現れたからだ。
王子様の位置からかなり離れた瓦礫の影に、犬のような夜者が隠れていたのである。
俺が瓦礫の上から見下ろすと、あたりを警戒しつつ隠れていたそいつと目があった。
そいつは見つかったと理解するやいなや影から飛び出したのだ。
「理性がないやつらは本能が強い。あいつらは女王が怖いんだ」
俺は王子様の答えを待たずにそういうと、短剣を取り出し、まだ火の付いている煙草を口の中に放り込む。
口の中が焼け、血の味が広がる。しかし、毒素は先頃より薄い。煙草が短かったからだ。
これでは石ほどの硬さにしかならない。
「うまくねぇなぁ」
ぽつりとつぶやく。
目当ては毒だ。身体の毒になるものであれば何でもいいのだから、甘い毒薬でも用意すべきだろうか。
いつも悩むが金がない。
そんな俺の苦悩を知ってか知らずか、王子様は夜者とにらめっこしたままその場に座り込み、地面に手をつく。
「揺らせ揺らせ世界を揺らせこの地を揺らせ大地の子らよ、騒げ騒げ小さき石よ騒げ宙を泳げ
王子様が唱えた途端、地が揺れ小さな瓦礫が飛礫となって夜者を襲った。
こちらに向かって唸り威嚇するばかりだった夜者は地面を揺らされ、不安定になったところで攻撃魔術を食らい小さく悲鳴を上げる。
王子様は魔術を手習い程度にといったが、手習いで魔術を二詠唱とはなかなか難易度の高い手習いである。
それにあまり使わなくなったといっていた割にうまく使う。
「なかなかやるなぁ」
おまけではなく本気でそういうと、王子様が笑った。
「そうだろう、なかなかやるだろう?」
明るい声でそういう王子は夜者から目を離さない。
先ほどの攻撃は初級魔術を二つ組み合わせたものだ。初級魔術を一つだけ使うよりは威力があるが、夜者を倒すほどではない。王子様もそれがよくわかっているのだ。
王子様は手の平大の石を拾い、立ち上がると更に続けた。
「縮め縮め石よ縮め固まれ固まれ小さく固まれ硬い石よ」
そうすると石は王子様の親指ほどの大きさとなる。
王子様はその石を投げ、夜者に追い打ちをかけた。
しかし、夜者もじっとしていない。
攻撃を受けふらふらと立ち上がったと思うと、すぐに横へと飛ぶ。
瓦礫だらけで足場が悪いが、瓦礫のおかげで遮蔽物も多い。夜者の弱々しい跳躍でも瓦礫の山に隠れることができた。
しかし、俺から見たら丸見えである。
「この刃は狼の血、クレムナムの命水。ならば刃は鉄に非らず。鉄に非らずば形は不定、数も定まらずこの場に留め置く必定もなし」
俺は短剣で十字を描く。すると短剣の軌跡が十数個の赤い刃となり、夜者に刃先を向けた。
「行け」
一言、命令する。
すると短剣の刃が砕け、宙に浮いた赤い刃はその命令どおり夜者に向かって飛んでいく。
いくら理性がなく計画性もないとはいえ、思考力は多少ある。勘も鋭い。夜者は斜め上から飛来する赤い刃を避けようと今度は後ろへ跳躍した。
しかし、それは王子様が許してくれない。
「揺らせ揺らせ世界を揺らせこの地を揺らせ大地の子らよ」
そういって足踏みをする。
それだけで、先ほどよりは小さく弱く地面が揺れた。
夜者の邪魔をするには十分だ。
「まぁ、やっぱり犬から人になるわけか……」
赤い刃が刺さり倒れた犬もどきの夜者の形が歪み、あっという間に人型になる。
そいつは無事だった腕を前にだし、俺たちから逃げようと地を這う。
こんな瓦礫だらけの場所では這うのも難しい。そいつはすぐに動かなくなった。
「あれは生きているのか?」
出来たら生かしたいといっていた王子様が、そいつを心配するのも無理はない。そいつの下には黒い水たまりが出来ており、じわりとその面積を広げていた。
「死んではねぇけど……血くらい止めておくか」
俺は柄だけになってしまった短剣を片付け、呪歌を再び唱える。
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