狩人は女王と騎士の顔を見ぬ3

 妹がどのような説明をしたかはわからない。

 だが俺が一緒に仕事をしたがらない理由は正しく伝わっているようだ。


 俺はよろよろと芸術作品を見ないように一歩を踏み出し、前を見る。昼間の城下街は多くの街灯や建物から漏れる光が辺りを照らしており、まるで地上の昼間のようだ。


 それを街より高い所にあるここから見渡すと、眩しい光源をあちらこちらに見つけることができる。

 その光源とは違った光を放つ尊顔は、正直なところまぶしいだけで嫌いなわけじゃない。

 目を細めながら俺は口を開く。


「顔は嫌じゃねぇんだけど、まぶしい顔ってのは羨まれたり尊ばれたりするから色々あんだろ?」


 誰から見ても輝いているばかりに、何故か一緒に行動する俺のような凶悪面が恨まれたりやっかまれたりするのだ。美しさと共存し辛い面構えなのである。


 それだけならまだしも俺は一緒にいるのが相応しくない顔というだけでなく、強請りたかりをしている顔に見えるらしい。急に正義感を出して絡んでくる奴までいる。


 しかも夜狩人と騎士という職業がさらなる面倒を引き起こす。どちらも似たようなことを仕事としているが、女王の騎士の方が見た目も美しく仕事内容も夜狩人より綺麗だ。


 その上、夜狩人が大体クソ野郎の底辺だときたら両者を見る目はどうしたって差ができる。

 それなら見た目で俺と芸術作品の職業がわからないようにすれば視線もましになるはずだ。


 しかしながら俺は仕事あけで、芸術作品はきっと仕事中に俺と合流するように命令された。すると必然的に俺は夜者を狩る装備であり、芸術作品は制服である白い騎士服だ。


 つまり女王に認められた美しき騎士の隣を仕事帰りの薄汚い夜狩人が歩かねばならないわけである。


 美しきものを愛する女王のお膝元に暮らす人々は、女王と同じく美しきものを愛しており、薄汚さを愛せない。

 当然こちらを見る目も真っ白である。


 そんな視線に晒されたら、しがない夜狩人の心が傷ついてもなんらおかしくない。


「皆が皆そうではないが、確かに色々ある」


 これだけの芸術作品だ。本人も自覚する事件が幾度か起こり、周りに影響を及ぼしてしまったのかもしれない。


 ゆるりと歩きだした俺の後ろについてきながら、そいつは同意してくれた。なかなか話のわかる奴である。


「あんた、本当にいい王族だったろ」


 女王に選ばれたとあって騎士には誇り高い奴がそろう。夜狩人風情の話など聞かないことも多い。聞いてくれたとしても嫌々だったり、自分自身の魅力に無自覚であるがゆえの垣根のなさだったりする。


 この自身の魅力に無自覚だった場合、多くの事実を見落とし事件が起こることがあるのだ。


「何故そう思う」

「自分が周りに及ぼす影響に自覚的だから」


 自覚しているから悪用する奴もいるが、国民に慕われたという事実が悪いように思わせない。


 とぼとぼと城から伸びる坂を下りつつ、俺はため息ひとつ道端に落としようやく背を伸ばした。


「あんたのいうとおり皆が皆そうじゃねぇ。けど、俺は出来るだけその可能性を排除したい」


 俺の意見は一方的なものだ。偏見といってもいい。少なくない頻度で起こることでも、すべてに当てはまることではなかった。それでも避けて通りたい、苦手意識が俺にはあるのだ。


「なるほど、理解した。ではこれは出来ないことだと諦めたってことでいいのか?」


 嫌いと苦手が結びつくことは往々にしてあるが、苦手意識だけを持ち、嫌いというほど強い感情を持ち合わせない場合、簡単に諦めることができる。


 それこそ芸術作品がいうとおり『出来ないこと』だと判断すれば、抵抗を諦めまぶしい人と行動をともにできるのだ。

 そこまで考え、俺は首を撫でる。


「あんた何処が大雑把なんだ?」


 誇り高さだとか自覚の有無だとか、それ以前に頭の回転が速く、細やかなところに気がつく。かゆいところに手が届く理解の速さだ。


 本当に芸術作品が大雑把なら笑って俺の意見を吹き飛ばすのではないだろうか。


「女王は大雑把だと評したが、今の俺にはこだわりがないというだけの話だ」


 こだわりがないことを大雑把に分類するなら、妹の方が大雑把だ。

 なおも街へと坂を下り、俺は首を振る。

 あの女王が大雑把なわけがない。


「その辺りはともに仕事をすればおいおいわかることだろう……ところで、何処に行こうとしているんだ?」


 本人には判断が難しいことのようだ。さらっと流された。けれどそれは単純に聞きたかったことでもあるようで、声には不信感やわざとらしさがない。


「そんなに長い仕事にはしたくねぇが……つうか、場所な。仕事場っつうか拠点っつうか」


 その純粋な質問にどう答えるべきか少し悩んで、俺はこの辺りの地図を思い浮かべる。


 女王の城はクレムナムの中心、城下街を見下ろす高台にあった。城から何処に行くにも坂を下りる必要がある。


 俺の最終目的地はその坂を下り、城下街を出たずっと先……昼間は半透明の光る大蛇に囲まれたこの国、クレムナムの端だ。徒歩で行こうとはとても思えない遠い場所である。


 そんな遠い場所に行くために使うのが転移屋だ。転移屋は転移の魔術を使い国の各所に人や物を転移してくれる店で、出店で賑わう広場付近に軒を連ねている。


 最終目的地にたどり着くためには、その転移屋まで行かなければならない。しかし俺は転移魔術が得意ではなかった。乗り物酔いのような状態になるからだ。


 つまるところ、転移も出来たら避けたいことであった。

 そして転移は出来たら避けられることである。


 俺は出店の並ぶ人の多い広場へと向かわず、人がいない方へと歩を進めた。


 何の説明もしていない芸術作品はそんな俺の事情を知らない。妹も詳細は後ほど書面で届けるといっていたし、最終目的地すら知らない可能性もある。


「とりあえず蛇の頭に」


 俺は転移酔いについて説明するのが嫌で、今向かっている場所を答えた。


「蛇の……頭?」


 俺が今行こうとしている場所は城に近い。

 そこはいつも人気がなく、その代わりにいつも蛇の頭がある。

 それはクレムナムを覆う大蛇の頭だ。


 城を避けるように上部からクレムナムへと落ちていて、石像のようにまったく動かず、国の端にある蛇壁のように光らない。


 だからクレムナムの住民は大抵この蛇の頭を蛇壁と違うものだと思っている。


「そっから蛇壁にいく」


「何故? いや、まさか、一尾の蛇なのか? それにしても中心地から端にどうやって? もしも蛇が直線状になってたとしても歩いていては一年以上かかってしまう」


 察しのいい芸術作品はすぐに蛇の頭が蛇壁に繋がっていると気付いた。


 しかしたとえ繋がっていて蛇の背を歩けるのだとしても、歩いていては時間がかかりすぎる。その時間を短縮するために転移屋などがあるのだ。


「そいつはついてのお楽しみ……て、もうつくか」


 俺は坂を下ってすぐ、人気のない狭い通路を歩き、建物越しに大蛇を見る。


「あんたはどこまで知っている?」


 蛇は本当に大きく、近寄れば近寄るほどその姿を見失い壁のように見えた。だが、それが壁でもなければ道でもないことを俺はよく知っている。


「何を……?」


 後ろから追いかけてくる声は本当に不思議そうで、妹が俺についてごくごく一部の情報しか与えていないことがわかった。


「まぁ、アレーアのことだ。教えてなくても、俺がいいならばらしていい奴を選んでんだろうけど」


 俺は立ち止まって振り返り、蛇を指差しニヤッと笑う。


「俺からの紹介がまだだったな。俺はイナミ。クレムナムの女王アレーアとクレムナムを囲う大蛇ミルアの兄であり、クレムナムの水源だ」


 流石にこいつは何をいってるんだという顔をしたあと、芸術作品の王子様は俺に会ってはじめて頭を抱えた。


「なるほど……女王陛下の兄君か」

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