狩人は女王と騎士の顔を見ぬ2

◇◆◇


 城門というのはいわば城の顔であって、それが表門とあらば富と権力を表していなければ気が済まない。

 そんな妹の信条から、謁見の間よりわかりやすく金がかかった門はやはり派手だ。


 その派手さにまったく負けていない美男子の顔が輝いて見えないわけがない。


 太陽の下ではさぞまぶしいだろう白金の髪、冬の湖面のような薄青の目、それらは地上にあればと惜しくなる輝きだ。その二つを持ちながら、それだけでこの国を思わせる青白い肌を美男子は持っていた。白い騎士服もあいまり氷のようなと表されるだろう。


 そんな美しさを持つそいつは、背を伸ばし真面目な顔をして門の前に立っていた。

 謁見の間から寄り道することなく足早にここまでやってきたというのに、妹の仕事は速すぎる。


「これで出来るだけまぶしくないってのは……アレーアは国の至宝を所持しすぎでは……?」


 妹とそいつの輝きに感心するあまり漏れ出たことばは、俺の本心だ。

 妹の名前に反応してか、俺が立ちつくしているのに気づいてか。そいつは不意に俺に振り向くと唇を開いた。


「貴君が女王陛下の兄君か?」


 ‪声まで冷たく整っているのは一体何処の芸術家の主義だろうか。‬

 ‪俺はすでに、この美男子が芸術作品であることを看破していた。‬


 こんな動く芸術作品と歩くのは気を使う。

 俺は手を合わせると一礼し、逃げるように歩き出す。


「いえ、気のせいです」


 その様は芸術作品を見た感動に思わず感謝したように見えただろう。そうでなければ誤魔化す様にして逃げただけである。


 妹にはあとでわからなかったから普通の兵士にしてくださいと頼むことにして、俺はゆるい笑顔を浮かべ美男子の前を通り過ぎようとした。


 だがそれほど簡単にことが進むのなら、俺は今頃豪遊して暮らしているはずだ。

 俺が通り過ぎる前に美男子が俺の腕を掴む。


「女王陛下から言付かっている。必ず兄君は他人のふりで通りすぎるから捕まえろと」


 言付かっているならわかるだろう。

 その兄君とやらはまぶしいから美男子と一緒にいるのは疲れるし、芸術の繊細さがまったく理解できないから芸術作品は遠くで眺め『へぇーすげぇー』といっていたいのだ。


 この世に生を受けたのなら美しきは集め、芸術は並べて愛でたい妹とは自らを構成するものが違う。


「あー……本当に他人かもしれないぞ」


 腕を振れば、芸術作品の一部が俺から離れる。俺も本気で振りほどこうという動きではなかったが、芸術作品は俺を一時的にとどめたかっただけらしい。


 これはうまくすれば逃げられるのではないか。

 そう思って、俺は首をかしげて愛想の限りを尽くし笑った。


「諦めも早いからすぐにボロが出るとも」


 さすがは俺の妹である。何事も簡単にできている兄のことなどお見通しだ。

 妹の鋭い観察眼のせいで俺の愛想はあえなく無駄になった。


「まぁ、他人ではなく女王の兄だが」


「ならば、今日から貴君と行動することになるシィシェラルディアル・フラーディオだ。よろしく頼む」


 改めて顔を付き合わせた芸術作品のタイトルは、貴族の香りが漂う長さだ。

 俺の記憶に間違えなければ、大陸一大きな湖に接していない国のひとつにそんな名前の王子がいた。


 シィシェラルディアル・フラーディオ・シェンネラルディア……気軽に呼ばせる気などさらさらない名前の王子は、様々な愛称で呼ばれ慕われていたと聞いたこともある。


「……貴君はクレムナムの外の情報にも明るいと聞いている。そう複雑な顔をせずとも大丈夫だ。気にしてはいない」


 その慕われた王子が、湖の底にある化け物が跋扈ばっこする閉じた国で女王の騎士などやっているのだ。‪悲しい事情があると考え、こちらの顔も曇る。‬

 ‪それにクレムナムはそういう国だ。‬


「いや、けどなぁ……あんた、若いだろ? もう死体を水辺に流す風習も廃れたし、そんなに完全な姿ってことは事故でも暗殺でも戦でもねぇだろ」


 クレムナムは水底の国の名前であると同時に、大陸にぽっかりと穴をあけたような大きい湖の名前でもある。

 その湖があまりに深く暗いため、地上の人間はクレムナムという湖は死者の国に繋がっていると考えた。


 その考え故か、魂が死者の国にたどり着く前に肉体に戻れば死者は蘇り、命の灯火が消えんとする人間を湖に沈めればどこかで永らえる。そう信じられていた。


 それはずいぶん昔、誰もが神の息吹を地上で感じられた頃の話だ。それが時によって口減らしの戯言や不死の伝説になった。


 そして現在では神話や遺跡に残るのみの話だ。

 もう湖に人間を投げ込もうなどという人間はほとんどいない。


が腐る病だと医師はいっていた。亡骸なきがらから中身をすべて除いて最後の希望に賭けたらしい。不便な化け物になってしまったが、王位に遠く大事を任されていたわけでもない王子を、信憑性しんぴょうせいも薄い話にすがるくらい慕い、生存を望んでくれたことは誇りに思っている」


 綻ぶ様に王子は笑う。生真面目な顔で姿勢も正しく妹に言付かっただとかいっていたのに、そういってやわらかく懐かしむように、笑う。


 少し寂しく見えるのは結局、王子として戻る身のない自らを思ってだろうか。

 俺は改めて美男子を頭の先から爪先まで見た。


 背が高く顔貌かおかたちが整った芸術作品は人の形をしていて、本人のいう化け物には見えない。それこそこの王子の誇るべきことなのだろう。民に愛されていなければ、この姿でクレムナムにはいなかったのだから。


 しかし、そんな人間にしか見えない化け物こそ人にとって注意すべき存在である。擬態ができる化け物ほど狡猾で厄介だからだ。


 先ほどの話から考えてこの王子に限っていえば、人間の皮を被っているのではなく、それが自らの外皮なのだろうと思えた。


 つまり、この芸術作品は今のところ形を変えないということでもある。

 そうなるとやはり俺は妹に人員交代を要求しなければならない。


 繊細な芸術作品や眩しい美男子は頑固にお断りだ。


「なるほどなぁ……しかし、そんな高貴な方とお仕事するにはちょっと俺では務まんねぇから」


 この話はなかったことに……と言外に匂わせ、俺はうつむき派手すぎる城門から離れようとした。

 しかし、俺の腕は再び強く掴まれる。


「ここでの身分は女王の騎士でしかないし、それをいうなら女王の兄君と働く俺の方が務まらないと思うのだが……あと女王から『外見は兄様が得意としない素晴らしい作品だけれど、中身は本当に兄様むきの丈夫で大雑把な男だから交代はなしよ』といわれているから逃げても無駄だ」


 妹が優秀すぎて、兄はがっくりと項垂れることしかできない。

俺はやはり素直に諦めて、美しく眩しい芸術作品の王子様と仕事をしないといけないようだ。

 腕を掴まれたまま、俺は力なく呟いた。


「そうかー……なら、仕方ねぇな……」


 しぶしぶ承諾した俺に芸術作品は腕を離しながら不思議そうな声を上げた。


「そんなに顔がいいのは嫌なのか?」

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