常ならぬ世の化け物は夜に出で

狩人は女王と騎士の顔を見ぬ1

 夜者やしゃには決まった形がない。獣や人であったり、それらが混ざった姿であったりする。

 この国の……クレムナムの住民と同じだ。


 ただ夜者たちは人を襲う。常軌を逸す、常時の姿を失う、変化するという点で住民たちと違った。

 違いはそれだけだ。


 何かが少し違えるだけでクレムナムの住民は夜者となる。そう、クレムナムに住む者なら誰しも夜者となる可能性を秘めているのだ。


 特に、夜狩人よかりびとという自らと変わりない夜者を狩る連中は、夜者になりやすい。


 そんな夜者予備軍を使い潰すか、もしくは騎士に調教して抱え込むのが我が妹である。

 我が妹はクレムナムの中心にそびえ立つ城の一番豪華な椅子に座り、俺を見下ろす。


「イナミ兄様あにさま、ちょっと仕事を頼みたいのだけど」


 いうことをきく騎士が大勢いても兄遣いが荒い。それも妹だ。

 夜中に国の端でふらふらと見回りをするか、夜者とどんぱちするかくらいしか仕事がない夜狩人の兄と違い、妹は忙しい。使えるものなら兄でも使いたい気持ちもわかる。


 わかっていても、できることなら何もせずだらだら怠惰に過ごしたい。心の底からそう思っている。


 だがそんなことをいえるほど、我が家で兄という立場は強くない。

 だから俺は『一生遊んでいたい』という希望を余所でつぶやき、愚痴る。

 なんとも悲しいことだ。


 そんな俺がおかしな夜者について城へ報告したついでに、たまには妹の顔でも見ておこうかと考えたのがそもそもの間違いだった。


 妹は俺が城に居ると感付くや否や、城で妹が暇になるのを寝て待っていた俺を、兵にたたき起こさせたのだ。


 そして、昼食のいい匂いがどこからともなく漂ってくる従者の休憩室から問答無用で城で一番豪華な椅子がある部屋……謁見の間に連れて来させたのである。


 兵士に引きずられこの世の無常をかみ締めている俺に対し、妹は非情だった。『ちょっと』といってこんなにものんびりした兄の時間を妹は毟り取る。

 俺は妹を見上げ眉間に皺を寄せた。


「頼むってお前……命令だろ?」


 金も権力も思うがまま、城仕えのものは自分の好みで選び、着たいドレスを着て煌びやかな装飾品で飾る。心酔するものは笑って惑わし、兄も顎で使う。


 見るからにワガママそうな妹はこの国の女王だ。

 しがない夜狩人である俺とは随分な違いである。


「そうよ。でも、妹からのお願いの方が可愛いじゃない」


 ははっ……と乾いた笑いがこぼれてしまうのは、上品に仕上げたがいたるところに贅を尽くした謁見の間の豪華な玉座につく妹に傅いているせいだろうか。


「そう笑うけど、兄様だって悪いのよ」


 妹は小さな唇を尖らせ拗ねる。

 それだけででなく、妹は少し首を傾げ困惑しているのだという主張も忘れない。そうしてちょっとワガママそうな女の子を演出したのだ。


 その木苺色のくるくるした髪を揺らす様子は、身内の欲目を抜いても愛らしく見えるので始末に負えない。

 だが俺はけして妹の外見には騙されなかった。


 乾いた笑みに生ぬるい温かみをのせ、俺は鼻を鳴らす。

 しかし、兄の立場は家庭の事情から大変脆く儚く……とにかく妹のお願いを拒否できる強さがない。

 いっぱしに悪態はつくものの、結局微妙な顔で尋ね返す。


「俺が悪いとは?」


 それだというのに、ほんのり悪あがきをして仕事内容を問わないのは、兄としての小さな誇りだ。なんとも小さな話である。


「だって兄様が便利な上に大体は力技で解決できるんだもの。それに今回は兄様が持ち込んだのよ」


 妹はそういうが、俺は真面目に仕事をしただけだ。たかが同じような症状の夜者を何回か連れてきたくらいで、俺が仕事を作ったようにいうのはやめてほしい。

 これほど怠けたいと思って態度にまで出している兄に対して失礼である。


「兄様、怖い顔が凶悪になっているわ」


 怠けたいだけで小さな誇りをそれらしく出してくる、本当に大した器ではない兄に妹が追い打ちをかけた。

 自分自身の容姿にさして興味がなく大した追い打ちでなくても、他人にいわれるとなんだかおもしろくない。


 けれどそれは今に始まったことでもなかった。

 俺はつまらない顔をして肩を落とす。


「それ、あんまりかわんねぇこといってるよな?」


 妹が可愛らしく人を惑わす容姿なら兄も然るべき魅力的な顔であるはずだ。そう思われがちなのだが、同じ父母から生まれても俺たち兄妹は似ていない。俺には弟もいるのだが、これもまた似ていなかった。


 ゆえに、兄は顔が怖いだの存在が凶悪だのといわれるのも、弟妹どころか父母に似ていないといわれるのも慣れっこである。


「そう? 兄様の今の顔は癖があるし怖いけれど、悪くはないわ。私の好みではないけれど」


 妹は兄に似ていないといわれても、やっかみや個人の好み以外で貶されたことはない。だからだろうか。妹は面食いで、しかもその中でもまぶしい面を好んだ。


 一人一人ならばたいそう面が整理されているなと思うだけだが、集まると光を放つ。光魔法でもかかっているに違いないと思うくらいだ。


「俺の面のことはいいんだよ。それで、五十歩くらい譲ったとして、いったい何をしてもらいたいんだ?」


 面のまぶしさから目をそらす様に分が悪い話題を変えると、妹が大きく頷いた。やりたくない仕事の内容を聞いたのが良かったのかもしれない。妹は話題変換にのってくれるようだ。


「もう既に大体は察していると思うけれど、兄様が捕らえてきた夜者たちの調査、それに関する事柄の解決。今のところおかしな夜者が増えているというだけでも、それが人為的なものか自然なものか調べて対処して欲しいの」


 早め早めに対処すれば大事も起こらないし、対処もしやすい。

 自然と起こることならば、経過を観察し夜狩人に通達する。人為的ならば目的を調べ、場合によっては城の地下へと連れて行く。

 それを俺にさせようというわけだ。


 いつも通り妹のワガママである。

 しかしながら、今回のワガママは夜狩人には荷が重い。


「調査までは請け負う。だが、対処は流石に夜狩人の職分じゃねぇなぁ」


 夜狩人は夜者を狩ることが仕事であり、犯罪者を捕らえることはできないのだ。そういった権限は女王の騎士に与えられている。


「ふふ。そういうと思って、私のお気に入りを用意したわ。今から呼ぶからその中から……」


「いや、呼ばなくていい。出来るだけまぶしくなくて俺が何しても諦めがつくやつにしてくれ」


 妹がいい終わる前に口を挟んだのは、いい切られたらこちらが何をいおうとまぶしい連中を並べて自慢しだすだろうと察したからだ。


「まぁ、兄様ったらせっかちね……せっかくだから自慢もしたかったのに」


 案の定、妹は俺に自慢をしたかったらしい。

 羨ましくなければ、顔面の眩しさや『これが女王の?』という不信な目にさらされるつもりもない。それはせっかちにもなるだろう。


 俺は妹の発光物鑑賞会から逃れるため立ち上がり、緩く首を振った。


「アレーアの自慢は長い。その間に目が潰れちまう」


 退去のあいさつ代わりにそうはいったが、輝かんばかりの整った顔くらいで目が潰れることはない。

 だが、しばらく目の裏がチカチカするくらいまぶしいのが、妹のお気に入りである。


「潤うのではなく?」


「お前のは数が多い。多いと逆に埋もれるし、埋もれないくらい個々が主張してんなら煩えよ」


 それだけ答えると、俺は妹に背を向けた。

 謁見の間に来れば格好ばかりは傅く。けれど出入りはあくまで自由であるのは俺の兄としての特権だ。

 本物の王族ならばこうはいくまい。


「もう……仕方ないわね。城門に一人向かわせるから、その子を連れて行って頂戴な。兄様に従うようにいいきかせるわ。好きにつかって。詳しい仕事内容は後ほど書面で届けてもらうから」


「あいよ。じゃあ、またな」


 おざなりに手を振り、俺は謁見の間を後にした。

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