貨車はどこへ行った

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貨車はどこへ行った

 某県某所。年季の入ったビルの一室に湊川探偵事務所がある。所員は二人。一人は私、夏目麻衣。一介のバイトだ。もう一人は所長の湊川灯子。探偵である。私は先生と呼んでいる。

 「ああ、つまらない!」

これは先生の口癖だ。暇なときは一時間に一回は叫んでいる。でも、今はレンタルしてきた映画を観ていたはずだ。

「映画を観ていたんじゃないんですか?先生」

そう言いながらテレビの方を見ると、画面は消されていた。いつの間に観終えたのやら。

「あまりにもつまらなかったんだ。観ない方がまだマシだ」

「題名は?」

娯楽作品を享受しているしている間なら大概黙っている先生がそこまで言うほどの作品とは何か。気になる。

「『シベリア超特急』」

……先生、何でそれ借りたんですか……。

「はぁ……つまらなかった。ネットサーフィンでもしよう」

先生はそういうと黙ってパソコンに向かった。こういうとき、普段なら十分もしないでまた「つまらない!」と叫び出す。しかし、今日は違った。

「夏目君、これを見たまえ」

私を呼ぶ。珍しい、何があったのだろうと画面を覗くと、そこには

「開業N0年企画!貨車はどこへ行った?◯×鉄道推理祭り」

と大きく書かれている。掲載時間は……、つい五分前か。

「これは……?」

疑問を呈すると、

「◯×鉄道のサイトだ。所有する博物館にある貨車を何者かが盗み出したので、どこに運ばれたのかを推理してほしい、という体のゲームだ。運び出したのは○×鉄道かその関連企業、または共催企業だろう。本当に盗まれたのならもっと大事になっているからな」

「なるほど」

共催企業の欄を見ると、○×鉄道に■▲コーポレーション、☆※石灰鉱業にαΩ興産と並んでいる。それはそうとして、だからなんだ。

「時に、夏目君がここでバイトを初めてからどのくらい経ったんだっけね?」

「そろそろ半年です」

だからなんだ。

「そろそろ推理力も付いてきたんじゃないか?」

「ちょっと何言っているか分らないですね」

私は一介のバイト事務員であって探偵助手ではない。何件か先生の事件解決現場に立ち会ったことはあったが、それで推理力が付くなら今頃は世の中に名探偵が溢れているんじゃないかと思う。

「まぁ良いじゃないか。暇つぶしに推理対決でもしよう。証拠が無いから推理未満の推論にしかなり得ないが、仕事じゃないしまぁいいだろう」

「私に勝ち目が無いんですが」

どう考えても私が不利である。推理力は確実に劣っているし、鉄道知識も全然無い。そう言うと、

「大丈夫だよ。私も電車については全然知らないから」

あくまでもやるつもりのようだ。こうなった先生を止める術を、私は知らない。

「はぁ。仕方がないですね。やりますよ」

すると、先生は向日葵が咲いたような笑顔を見せる。これはずるい。

「明日の勤務は何時からだったっけ?」

明日は土曜日だから、

「朝の九時からですね」

「じゃあ、九時からお互いに披露といこう。つまらないからネットは最低限の情報収集だけにしよう。紳士協定ならぬ、淑女協定だ」


 明日の朝九時、となると時間はあまり無い。帰りの道すがら、携帯電話で○×鉄道について調査する。なになに、路線は○×線の一つで長さは大体40キロ、駅は11個、博物館は終点の駅にあり、線路が繋がっている……。車両基地、というのは車庫のことだろうか。列車は普通の電車の他に石灰石を運ぶ貨物列車もあるらしい。それらを図にすると以下の感じになる。


      |

◯――●==◯

      ∥ 


凡例)◯・●……駅 ―・=……○×鉄道の線路 |・∥……他の会社の線路


 白い丸が端の駅で、途中の黒い丸で表した駅と右端の駅の間には貨物列車が走っている。右端の駅では▼⊿鉄道という他の会社の線路と繋がっており、貨物列車は直通している。博物館があるのは左端の白い丸で表された駅だ。博物館と鉄道の線路は繋がっているらしい。貨物列車の出る黒い丸で示された駅には☆※石灰鉱業の工場と、電車の車庫があるようだ。

これで基礎知識は得られたんじゃないか。まぁ普通に考えると線路を通して◯×鉄道の線路を使って貨車を移動させたんだろうなぁと思う。次に、私なら貨車をどこに隠すかを考える。やっぱり、木の葉を隠すなら森の中、だろう。隠すなら車庫だ。……うーん、推理祭りと題するならもっと難しいんじゃないのかな?車庫は安直すぎる気がする。他の可能性も考えてみよう。

そもそも、貨車って線路の上しか走れないのだろうか。そう思って調べてみると、電車がトラックに乗せて運ばれている写真が出てきた。多分貨車も出来るんじゃないかと思う。これかなぁ、と思ったが、ここでまた一つの疑問。推理祭りではどこまで運ばれたか、を問うている。線路の上ならまだしも、トラックで運ばれたのでは手がかりがなさ過ぎる。問題に対してこれはあり得ないだろう。

それでは、残された場所はどこか。先のデータを今一度見つめて考えて直すと、▼⊿鉄道が見えてきた。この鉄道の車庫ならそこまで安直ではないし、見つからないのではないか。私はこれを答えにすることとした。


翌日、朝九時。

「じゃあ、夏目君の推論を聞かせてもらおう」

先生はそう言うとコーヒーを片手にソファーへ座った。

「はい。私の考えは、線路の繋がっている▼⊿鉄道の車庫にある、です」

「ふむ、何故そう考えた?」

「○×鉄道の車庫だと安直すぎて推理祭りの問いとして成立しないし、トラックでどこかへ運んだなら場所の特定が出来ないからこれはこれで推理祭りの問いとして成立しないので。じゃあ可能性がありなおかつそこまで安直ではない答えとして、繋がっている▼⊿鉄道の車庫かなと」

「なるほど。隠す側の視点に立つのは良いことだ。車庫の中は安直過ぎる、というにも同意だ。しかし、一つ重大な見落としがある」

「……それは?」

「共催企業をもう一度見直そうか」

サイトを開き、見る。○×鉄道、■▲コーポレーション、☆※石灰鉱業、αΩ興産……。▼⊿鉄道は書かれていない。後援や協賛企業にも無かった。

「自社の車庫を使わせるなら、少なくとも名義は乗せるだろう。まぁ、確証は無いから、故意に載せていない可能性は排除出来ないがね」

「なるほど。じゃあ、次は先生の推論を聞かせて下さい」

「いいだろう。自分の考えはこうだ。☆※石灰鉱業の工場の中にある」

「何故☆※石灰鉱業が出てくるんです?」

トラックで運んだとしたら、何故そこと断言出来るのだろうか。同じ共催の■▲コーポレーションやαΩ興産の事業所かもしれない。それとも、線路が繋がっているのだろうか。

「夏目君は、石灰石を貨車にどう積むか調べたかい?」

「いいえ」

調べようとすら思わなかった。

「答えは、ホッパーと呼ばれる装置を通して貨車の上から入れるんだ。そのホッパーは調べたところ、工場の中にあってそこまで線路が敷かれている様だ。○×鉄道の車庫は安直すぎる、となると、一番可能性のあるのは☆※石灰工業の工場なんだよ。まぁ、証拠は無いがね」

うーん。先生の推論に変なところが無いか考えてみたが、思いつかない。わかる人にはわかるのかもしれないが、そもそも知識が足りなすぎる。

「答え合わせは公式発表待ちかな。SNSで他人の推論を見てこよう」

先生はそう言うと、パソコンを開いた。「この人、自分と同じ結論にもっと早くたどり着いている。知識の差か、悔しい」だとか、「石灰の粉で汚れるから博物館資料の保存には向いていないのか」だとかぶつぶつ言っていたが、「つまらない」と叫ばれるよりはマシだ。放っておいて事務作業を片付けよう。


 ちなみに先生の推論が合っていた。○×鉄道のN0周年イベントと同時に☆※石灰工業の工場の線路も特別公開するとかで、その話題づくりだったようだ。

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