第118話117.ノヴァゼムーリャの領主 1

 瞼に感じる明るく、あたたかい金色の光。

「……ん?」

 レーニエはそっと瞼を開けた。

 どういう訳か、体が上手く動かない。視線だけを巡らせば、見慣れぬ部屋、明るい陽射し。

「ん〜」

 うつ伏せに眠っていたらしい。ついと腕を滑らせてもそこには誰もいない。冷たい敷布の感触だけが。

 あの人はどこ?

「ヨ……」

 声すらうまく出ない。とたんに心細さが湧き、それが気だるい体に力を与えた。

 腕を突っぱねてそろそろと身を起こす。肩に掛けられた肌掛けがするりと滑り落ち、レーニエは自分が裸でいる事に気がついた。

 え……?

 急激に昨夜の出来事が一気に蘇り、薄い皮膚が朱に染まる。眠りに落ちる前の記憶は定かではないが、体のあらゆる所を見られ、触れられた。それだけは覚えている。

 そっと足の間に掌を滑らせてみると、そこには昨夜の残滓が残っているようだった。

 どうしよう……

 素肌でいても初夏のこととて寒くはないが、知らない場所ではなんだか心もとない。レーニエは薄い掛け布を掻き合わせて、自分が今いるところを見渡した。

 床も壁も板張りの簡素な部屋。今まで眠ったどの部屋よりも狭く、そして物が少なかった。寝台と脇の小卓と椅子だけで。

 その椅子の上にレーニエが来ていたものがきちんと畳んで置かれてある。その向こうには木の扉。

 ただ一つしかない窓は大きく、布が掛けられていないせいで、屋外の光が燦々と射し込んできている。その角度からすると午前も半ばを過ぎたと言うところらしい。

「ヨシュア?」

 小さく呼んで見たが答えはない。それになんだか喉の感じが変だった。部屋の明るさにも関わらず、不安がじりじりと忍び寄る。レーニエは寝台の縁ににじり寄って降りようとした。

「え⁉︎ わ!」

 床に足をついたものの、妙に力が入りきらずに床に崩れ落ちてしまう。

「あ、あれ? 何? どうし……」

 その時、静かに扉が開いた。

「レナ、起きられ……あ!」

 ファイザルは寝台の下にへたり込んだ娘を見て慌てて寄って来た。

「ヨシュア! いたの!」

「無論。起こさないようにと思って隣の部屋に」

 そう言うと、掛け布団に絡まってもがいているレーニエを難なく掬い上げ、元通り寝台にあげる。

「熱はないようです。どこか痛いですか?」

「なんでもない。ただ、なんだか足に力が入らなくて……おかしいんだ」

 額に手を当てて覗き込む瞳が、光を受けて一層明るく見えるのを一瞬眩しそうに見返してレーニエは俯いた。この手が、この目が……自分を。

 恥ずかしくて顔があげられない。

「ああ、それは多分俺のせいです。体が重いのでしょう? すみません、昨夜は少し無茶をさせてしまった……まだ時間はあります。もう少し横になっていてください」

「う、うん」

 見るとファイザルはすっかり身支度を整えている。上着は着ていないがきっちりとシャツを着こみ、靴もはいている。

 髪こそ無造作に掻きあげているだけだが、鉄色の前髪が幾筋か額に落ちかかっている様は一層精悍で、見栄えがした。レーニエは自分が裸でいるのが急にいたたまれなくなってきた。

「でも、服……着ないと」

「ああ、でもちょっと待っていて貰えますか?」

 そう言うとファイザルはさっさと部屋出ていってしまう。元通り、寝台の上に一人きりになってしまった。だが、さっきまで感じていた心細さは微塵もない。現金なものだと、レーニエは小さな苦笑を漏らした。

「はふ」

 ぱふんと枕を抱いてうつ伏せに横たわる。確かに彼の言ったとおり、体が重い。しかし、それは不快な感覚ではなかった。頬に感じる粗末な綿の寝具の感触は絹に慣れた肌にはあまり馴染みがない。

 しかし、カサコソと音がして心地よく冷えていて、思わず肌を|擦(す)りつけたくなる。レーニエは満足して布団の中でもぞもぞと体を動かしていた。

 このまま一日ここにいてもいいなぁ。できないかな?

 レーニエが寝台の上でころころしている内に扉が開き、再びファイザルが入って来た。水差しか何かを持ってるのか、ちゃぷちゃぷと水の音がする。

 レーニエがわざと振り向かないで、眠ったふりをしていると濡れたものが肌を濡らす感触があった。

「あん」

 驚いて目を開ける。

「ふふ、眠ったふりなどしているからです」

「それ、何をするの?」

「体をぬぐいます」

「んん〜?」

 寝起きの鼻声は可愛らしいが、少し掠れている。その原因も自分にある事を知っているファイザルは眼を細めて肌掛けを剥いだ。

「やぁ!」

 流石に恥ずかしそうにレーニエは抗議の声を上げたが、そんな事はお構いなしにファイザルは布で肌を拭いていった。背面を終わるところんと裏返してやる。

「嫌だ……恥ずかしい」

「何を今更。昨夜何をしたか覚えていないのですか?」

「うう〜……」

 レーニエが恥ずかしがるのも無理はない。白い肌には点々と薄紅色の痕がうっすらと残っている。胸の前で組む腕をあっさり外すと、薔薇色の頂きを持つ真っ白い丸みがある。柔らかいその隆起にも勿論、彼の愛撫の名残が散りばめられている。

 夜の底がうっすらと白むまで求め続けた。その時の事が蘇り、またしても体が熱を持つ。

「……」

 彼は黙って情交の痕を丁寧に清めていった。レーニエは観念したように大人しく身を任せている。

 恥ずかしい事は変わりはないが、暖まった肌にほどよく冷たい布が肌をこすってゆくのが非常に心地よくもある。

「やっ、そこは自分でする」

 ファイザルの手が下腹に滑ったのを知ってレーニエは慌てた。

「あ、ダメ」

 何とか起き上がろうとしながら、もぐもぐとレーニエが言いかけるのを制してファイザルは笑った。

「まだ無理でしょう? 体がだるいはずだ」

 傍に置いた水を張った手桶で布をすすぐと今度は足の間を拭いだす。さすがにレーニエは焦って身をよじる。

「あっ! やっ、も……もういい!」

「ああ、声も少し掠れているな」

 ファイザルは慌てふためくレーニエに思わず破顔したが、お構いなしにどんどん体を清めていく。娘は必死で抵抗しているのだが、うまく力が入らないらしく、結局は彼の為すがままだった。

「あん」

 布で触れられてびくんと体が跳ねる。

「ほ、本当にもういいから!」

 レーニエは漸く彼の手が離れたのを知って、急いで掛布を引っ張り上げながら睨んだ。余りに引っ張り上げ過ぎて今度は足が出てしまっている。

 彼はそんな娘をつくづくと眺め、やがて肩を落として溜息をついた。

「朝からそんな風になさって俺を煽らないでください。流石にそんな時間はない。残念ですが……まぁ、今夜もあることだし」

「は?」

「いいえ、なんでも。さ、こちらの布でお顔を拭いて。そろそろ起きなければ。一人で服を着られますか? それともお手伝いしましょうか?」

「一人でできる!」

「はいはい、ではこちらの部屋で待っていますから、済んだら出てきてくださいね」

 ファイザルはそう言うと、真っ赤な額に一つ口づけを落として再び部屋を出て行った。

 もう……

 床に足を下ろして衣服を取る。

 服くらい一人で着られると威張って宣言したが、やはり体が余り自由にならず、動作はのろのろとしていて思うよりも余程手間が取れた。しかも、普段着ることのない町娘の衣服である。

 昨日サリアが着つけてくれた事を思い出し、スカートとシャツは何とか身につけたが、組み紐の入った胴衣にはお手上げで、仕方なくレーニエはそれだけは手に持って寝間を出ることになった。

「おや?」

「これ……着方が分からない」

 情けなさそうにレーニエは小さな衣服を差し出した。

「ああ、寄こしなさい。これはね、こう被って……こうやって編みあげて……鳩尾みぞおちで結ぶ。はい、これでよし」

 小さな胴衣は乳房を寄せ上げるように出来ていて、ファイザルはその下でしっかりと花結びを作った。

「ああ……ありがとう」

「まったく、怪しからん流行だな。次は髪か、ここには鏡とか櫛なんて洒落たものはないからなぁ。だが、まあ、なんとかなるでしょうよ。こちらに座って」

 ファイザルはしみじみと眺めた後、レーニエを椅子に座らせると、器用な指先で髪を後ろで二つに分け、手櫛で梳くとするすると編みはじめた。

「ヨシュア……わぁ上手。すごい」

 どんどん自分の髪が整えられていくのを横目で眺めながら、レーニエは心から感心している。

「まぁ、これくらいはね」

 言いながら編んだ髪をくるくると二重に巻き、夕べ外した花の髪飾りを止めつけて仕上がりである。昨日サリアが整えてくれた結い髪と寸分変わらない。

「わぁ、よくできた」

「犯罪だ」

「はい?」

「あなたような娘がこんな恰好をして街を闊歩された日には、都の治安はガタガタだ。俺の仕事がますます増える」

「なんで?」

「なんでって……あのね」

 ファイザルは文字通り頭を抱えた。

「まぁいい。さぁ、お腹が空いたでしょう? さっき下から朝食ができたと知らせてきましたので、取ってきます。少しお待ちを」


 程なくファイザルは湯気の立つ粥の鍋の乗った盆を下げて戻って来た。

「こんな下町の食事などお口に合わないでしょうが」

 彼は穀物の粥を皿に取り分け、冷ましている間にナイフで果物を剥いていく。

「この硬く焼いたパンで掬って食べます。匙で掬うよりも熱いのが緩和されるし、パンも柔らかくなって都合がいい。こちらの果物は喉にもいいので、今剥いて差し上げます」

「ん〜、熱くて美味しい」

 乳酪をかけた粥をパンで掬い上げゆっくり味わう。このような食べ方は初めてだった。

 いつもサリアやオリイが整えてくれる軽く焼いたパンや、焼き菓子、ふわふわに泡だてたクリーム等とは全く違う朝食だが、程良く空腹だったレーニエには大変美味であった。

「粗末なものですが、これも庶民の味です。珍しいでしょう」

「うん。あなたは世間知らずな私の為に、こういうものを食べさせてくれているのだな」

「お察しの良いことですが、まぁ今は難しい事は考えずにお上がりなさい」

 不意に真面目な顔になったレーニエに微笑みかけてファイザルは自分も匙を取った。そのまま黙って二人で食事を摂る。静かでくすぐったい時間が流れた。

「もっと食べる」

 皿を空にしたレーニエは粥を自分でよそおうとしたが、すかさずファイザルが大匙を取って入れてやる。

「随分食欲がおありだ。夕べは結構な運動をさせたからなぁ」

 ファイザルは困ったように肘を突いてあさっての方向を見たが、レーニエの思いは違う方面のようである。

「ん〜、そうではなくて母上が」

「陛下が?」

 驚いてファイザルは顔を上げた。

「陛下が何を?」

「うん。沢山食べて体をつくらないと、子どもができないっておっしゃるから……」

「え⁉︎」

 ファイザルは思わず大声を上げた。

「なぁに?」

「し、失礼を。いや、なんですって? 陛下が? 子ども?」

「うん。私は細いから沢山食べて大きくならないといけないって」

 成長期の子どもに言うような事を、国王が自分の娘に子を産ませる目的で言うか? 普通。

「……」

「出来るかな?」

 驚いて言葉もないファイザルにレーニエは首を傾げて尋ねた。

「え?」

「だから子どもが。今直ぐは無理でもいつかは……ヨシュア?」

「……」

「やっぱり無理かな?」

「いや、俺も頭ではわかっていたんだが、こうもはっきり言われてしまうとさすがに焦ってしまって……」

 どこまで開放的なんだか、あのおばさんは。ファイザルは頭を抱えた。確かにそう言う行為をしたのだから、いつ子ができても不思議はないのだが。

「嫌なの?」

 複雑な表情で考え込む男を前にレーニエの表情は曇る。

「嫌とは何が?」

「ヨシュアは私に子どもができたら嫌なのかなって」

「……」

「確かにそう言う事は私にはよくわからないのだけれど」

 心配そうに曇る赤い瞳。

「そんな事を心配していたのですか?」

「うん……」

「あなたは本当に俺の子を産んでくださるおつもりなのか?」

「うん」

「ふ……感謝します」

 真剣な面持ちで自分を見つめる娘を男は眩しそうに見返した。自分がどんなに大変な荷を背を追うとしているのかわかっているのだろうか。

「感謝」

「ええ。惚れた女が自分の子を産んでくれるなんて、男にとってこれ以上の幸せはありません。だが……許されるのだろうか? こんな血に|塗(まみ)れた手であなたを奪っただけでもおこがましいのに、子どもなどと。散々罪を犯した俺がそんな幸せに相応しいかどうか疑わし……ん?」

 小さい熱い掌が自分の口を塞いでいる。

「私のヨシュアを侮辱するのは許さない」

 きりりとした眉をあげてレーニエは言った。それは昨夜彼が言った言葉そのままで、見事に切り返されてしまっている。

 ああ……このには叶わない。愛も涙も全て偽りはないのだ。

 ファイザルは黙って自分の手をレーニエのそれに重ねると、優しい拘束を解いた。

「わかってはいたが、やはりあなたが俺を生かせてくれるんだな。何をしても俺の罪は消えないけれども」

 そう言うとファイザルは柔らかい掌に唇を押し当てた。

「あなたがいるから俺は生きてゆけるっっtレナ、どうか俺の子を産んでください」

「はい」

 恥ずかしそうに、しかし、はっきりとレーニエは頷いた。

「さぁ、そうときまれば沢山食べて下さい。はい、乳酪。確かにあなたは少しばかり小さいようだ」

「うん、母親になるにはもっと豊かな体つきにならねばいけないのだろう?」

「程度にもよりますが」

 三年前ノヴァの地で初めて会った時は確かに少年のように直線的な体型であったが、今ではその頃の事が嘘のように女らしい体つきになっている。

 昨夜充分それを堪能したファイザルは、これ以上レーニエに人目をひくようになってほしくはない。

「いや、まだだ。私はあのフレデリカ殿や、前にあなたが躍っておられたご婦人のような豊かな体つきになりたい」

「止めておおきなさい」

 相変わらずこの子の嗜好はわからないなとファイザルは思った。

「だけど、ナディア殿……オーフェンガルド殿の奥方が、赤ちゃんを産まれる時には随分大きくなられたようだから。ちょっとびっくりしてしまったくらい」

「それはお腹に子どもがいるから自然にそうなるのであって、あなたは今のままのあなたでよろしい。ご無理せずとも自然に任せていればいい」

「そぅお?」

 自分にこの方面のもう少し知識が必要だと思う。王宮に帰ったら早速調べてみよう、レーニエはこっそり思った。

「そうです。さて、お茶を飲んだら出ますが大丈夫ですか?お身体は」

 手際よく熱く濃い茶を淹れながらファイザルは言った。

「うん、ご飯を頂いたら力が湧いた」

「はい、お茶。熱くて濃いので注意して」

「うん……美味しい。あなたは何でもできるんだな」

 茶を入れ終え、さっさと食器を盆に片付けはじめた無駄の無い彼の動きを観察しながらレーニエは感心して言った。

「褒められるのは面映ゆいですが、これくらいは普通でしょう」

「でも、私は自分で服も着られなくて」

「それはまぁ、お育ちを考えれば当然だから」

「でも、これからは私もお茶くらい淹れられるようにならないと。今度サリアに習ってみる」

 持ち慣れない分厚いカップを両手で持ち、感慨深げに瞳を巡らしながらレーニエはファイザルの淹れたお茶を啜る。

「賭けてもいいが絶対に教えてくれませんよ。その指に火傷をしたら大変だ」

「なら、教えてくれる人に習う」

「お止めなさい。あなたには似合わない。俺もさせたくはない。気持ちは分かるけれども」

「む……うん、わかった」

 優しく、だがきっぱりとしたファイザルの言い方に少しばかり気押され、レーニエは大人しく話題を変えた。

「フェルは大丈夫かな」

「多分ね。頭痛くらいは残っているかもしれませんが。大丈夫でしょう」

「そ? 皆は心配してるかな?」

「それも大丈夫。オリイさんがうまく計らってくれていますよ、だが」

 ぐい、とファイザルが小さな卓に体を乗り出した。

「今回の事はもういいません。しかし二度ともう、俺のいない所で街に出ないと約束してください。心配で身が保たない。いいですね」

 唇にくっついていたパンの粉を舐め取りながら、ファイザルは真面目な顔で言い聞かせた。

「んん。じゃぁ、今度はあなたが一緒に行ってくれる?」

「ああ、約束しよう。レナの頼みとあれば」


 街中を黒い軍馬が闊歩してゆく。騎馬が珍しい訳でもないし、目立つような速度は取っていないのに通りを歩く人々が視線を投げかけてゆく。

 背筋を伸ばして巧みに手綱を操るのは、英雄の誉れ高い新将軍。

 そして実はそれだけでなく。

 しっかり胸元を留め合わせた夏用のマントの中に国王の一粒種を忍ばせている。

「ちょっと外を見たい。マントから顔を出してもいい?」

 レーニエは布の合わせ目から顔を覗かせて強請った。

「しばらくはご辛抱を。さぁ、西の門を抜けて一気に瑠璃宮まで駆けますよ! しっかりつかまって」

 人々が何事かと噂し合う中、秘め事を抱えた黒い人馬は門へと繋がる大通りを駆け抜けて行った。

「ここは昨日通ったな。いつもこんなに賑やかなの?」

 レーニエは頑張って目だけを出してきょろきょろしている。大勢の人で賑わってはいるが雑踏ではなく、道の両脇には歩道、中央には馬車や馬が混乱しないように溝が切ってあって左右で流れを分けている。

「大抵はね。人が多いので却って安全だからこの道を選んだのです。道も広いし、視界がきく」

 程なく美々しくもいかめしい西大門が見える。

 普通は厳しい門衛の誰何すいかも、ファイザルの前には何ほどの物もない。精悍な顔つきの四人の門衛も、通行役人も崇拝の目つきで彼を見上げると最敬礼をし、無条件で通過を認めた。


 きっかり一刻後。

「宣言通り、昼前にご帰還だってな。この野郎」

 正午を少し回った頃。

 王宮の南に位置する軍部棟。将軍の執務室。いつの間にか扉が頑丈なものに取り変わっている。

「ふん、俺の事はいい。今回に限って貴様を処分はしないが二度とするなよ」

「何の事だ? 街歩きに関して陛下のご許可は頂いたぞ」

「しらばっくれるな。フェルディナンドのことだ。何を飲ませた? サリアさんの言伝に、伏せっているとあったぞ」

「人聞きの悪い。俺ぁ別に、あの可愛げのない坊主には何にもしていないぞ」

「ぬかせ。お前の従者たちの話では、お前が見せた酒を飲んですぐぶっ倒れたそうじゃないか」

「そうだったかな? 奴があんまり睨みつけてくるから、ほんの少し焚きつけてやっただけだよ」

「なんて言ったんだ」

「さぁて、一人前に騎士気取りなら、このくらいの酒を飲んでも平気でいられるようになればいいなとか何とかいったかな。無理やり飲めとは言ってない」

「一体どんな酒を飲ませた?」

「ケイヒンチュ」

「そんな強い酒を! 鬼か、貴様は」

「だから、強制はしてないだろ? 後は奴の判断だ。小僧だが、大の男でもしり込みするようなことをやってのけたんだろ? ガキ扱いをしちゃ失礼だ」

「フェルディナンドはレーニエ様が弟のように可愛がっている小姓だ。最早小姓とは言えんがな。後で見舞いに行かねば。彼に何かあったら俺はあの方にも、父親のセバストさん達にも顔向けができない」

「そらぁ、難儀なこって。急にお身内が増えましたなぁ」

「お前な」

 口の減らない朋輩にげっそりしたようにファイザルは言った。もうこれ以上何を言っても無駄のような気がする。

「で、どうなんだ?」

「何がだ!」

「王女様のご機嫌は?」

 赤毛の男はそっけなく背けた肩を乱暴に抱く。

「……悪くない」

 セルバローが驚いた事に、嫌そうな顔をしながらも返事が返ってくる。してみると昨夜は相当いい思いをしたと見える。

「その顔は首尾は上々ってところだな」

「そうなるか」

「へえっ。だけどあの人はまだ子供だろ? あの子ではお前にはちと役不足じゃないか」

「役不足は俺の方だ。あの方にはかなわん。あらゆる意味で」

「確かに眼をみはるほどのビジンではある。将来どんないい女になるか楽しみだわ」

「お前には見せてやらん」

 ……こいつ!

 セルバローは唇をひん曲げて半目になった。

「お前、自分がどんな顔をしてるか見てみ?」

「何とでも言え」

 にやりと笑ってファイザルは半目になった戦友を見た。

「あ〜あ、掃討のセスも終わりだな」

「そんな奴は元々いない方がいんだ。第一、俺はそんな二つ名を自分から名乗った覚えはない」

「はいはい、さいですか。せいぜいあの姫様と討ち死にしてくれ」

「望むところだ」

 エルファラン随一の闘将は大真面目に居直った。

 一方、王宮の反対側では別の展開が繰り広げられている。


「フェル?」

 レーニエはそっと樫の扉を開けて小姓の部屋へ顔を出した。



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