第3話 2.北方辺境の新領主 2
「そのくらいにしておけ。でないと俺も見逃してやれなくなる」
その声に男たちの動きがぎくりと止まり、一斉に声の方を見た。
いつのまにか、黒い大きな騎馬が五つ、暗い森を背景にして立っていた。
うちの一騎から男が降り立ち、ゆっくりと馬車に向かってやってくる。
「ファイザル指揮官様!」
明らかな動揺を見せて男たちは低くざわめいた。ナヴァルという若い男も動きを止め、怒りにふるわせていた頬を硬直させる。
「アダン、皆を引かせろ」
有無を言わさぬ鋭い指示は、命令することに慣れた人間のものだ。男はつかつかと馬車のそばに歩み寄った。武器は持っていない。
「……」
片手でナヴァルを脇に押しやり、ファイザルと呼ばれた男は、レーニエの前に立った。
この男の瞳もやはり青い、とレーニエは思った。この冬空よりは青く深く、まるで湖の色のようだ。もっとも自分は湖など見たことがないけれど。
見上げるほど背が高い。無造作に後ろにかきあげられた髪は鉄色をしていた。
「ワルシュタール殿とお見受けいたします。村の者が大変失礼をいたしました」
ファイザルは長身を屈めて帽子を拾い上げ、レーニエに手渡した。
「私はこの地を預かるエルファラン国軍、第七師団、第十連隊指揮官、ヨシュア・セス・ファイザルと申します。ただ今は、この地の北の国境の警備隊長を仰せつかっております。以後お見知り置きを」
「……ワルシュタールだ」
若い領主は低く名乗ると、ちらりと大きな軍人を見上げた。それから帽子を受け取り、深く被り直してその白銀の髪と仮面を隠す。
そしてその間、ファイザルも風変りな若い貴族を鋭く観察していた。ちらりと彼を見た仮面の奥の瞳が、燃えるような緋色なのが見て取れたのだ。
「お怪我はありますまいか」
「ない」
低い応えはそっけない。そばに仕える侍女が、大きな茶色の瞳に怒りの色を浮かべて、周囲の者を睨みつけていた。
「お怒りはわかりますが、この者たちにあなたを害するほどの悪意があったわけではないのです。事情は後ほど説明させていただきますが、この件の処分は私にお任せいただきたく、何卒お願い申し上げます」
錆びた、しかし張りのある声。
冬空の下に、それは澱みなく流れた。鉄色をした頭が深々とげられる。
「……処分は要らぬ」
短くレーニエは応じた。男たちの間に静かなどよめきが走る。ファイザルも若い貴族の意外な答えに、眉をぴくりと顰めた。
「なんと仰せられた?」
「要らぬと申した。馬車に戻ってよいか」
投げやりともとれる物憂い態度は、既にこの件に興味を失ったように見えた。
「は。それでは我らがお館までお送りいたします」
ファイザルは後ろの二騎を振り返り、短く命じた。
「御者はいなくなってしまったようですね。ジャヌー、お前が馬車を御せ」
軍人が恭しく腰をかがめるのに短く応じ、レーニエは再び馬車に乗り込む。サリアも黙って後に続いた。ファイザルはすっかり意気を失った村人たちを振り返る。
「お前たちはここで解散するように。今日はもう家から出るなよ。アダン、後で使者をやる。いいな。ソラン、イーリエ、お前たちは彼らを最後まで見届けるように」
断固とした口調に誰も異を唱える者はいなかった。
アダンは無言で村人達に頷くと彼らも黙って従う。あんなに威勢のよかった若いナヴァルは、皆の中で一番うち
それらを見届けたファイザルが引かれてきた馬に飛び乗り、軽く手を振ると、馬車はゆっくりと動き始めた。
ほぼ小一時間で森をぬける。黄昏が深くなる中、広々とした村が見渡せる丘の上の街道を馬車は進んだ。
ファイザルが馬車を振り返ると、領主は酷く熱心に窓の外を見ている。いったい何が珍しいのだろうか?
広いことは確かに広い。しかし、背後に大きな山脈を控えた小さな村々は大変にに貧弱だ。荒野と森の他は何もない土地。しかも見えている部分はほんの一部に過ぎず、冬ということもあってか、どこまでも荒涼としており、平和だが貧しさの漂う風景だ。
馬車は丘を下り、里に入ってゆく。
村の道をゆく間にも人々の姿は見えず、家々の煙突から立ち上る細い煙と、窓から漏れる暖かそうな光だけが、そこに人々が暮らしをたてていることを示していた。
「見えてきました。あれがノヴァゼムーリャの領主館です」
名残の夕日を背景に黒々とした大きな館が見えてくる。周囲は堀と城壁に囲まれ、こんな辺境の領主館としては頑丈そうな立派な城だった。しかし、ほとんどの窓は暗く閉ざされており、小さくとも暖かそうな灯が漏れる村落とは対照的だった。
堀には、はね橋が下りている。それをガタゴトと渡ると厳めしい門を抜け、手入れの悪い広い前庭を過ぎて、屋敷の正面で馬車は停止した。もとは立派であったろう、敷き詰められた石畳はところどころ割れて大きな枯草が伸びている。
ファイザルは馬車を開けてやろうと馬から飛び降りたが、既にレーニエは一人で外に出ており、殆ど背の変わらない侍女のサリアが扉から降りるのを手助けしている最中だった。
――変ったお方だ
「馬と馬車を頼む。それと荷物を中に運んでくれ。ご領主、こちらです」
ついてきた二人の部下に指示を与えると、ファイザルはレーニエを先導して大きな扉に誘(いざな)った。
数歩も歩きださないうちに扉が開け放たれ、中から十歳くらいの黒髪の少年が駆け出して来た。そして、その後ろから夫婦と思しき、中年の男女もまろび出てくる。
「レーニエ様!」
「ご無事で!」
「サリア! 心配したんだよ」
「姉さん!」
「大丈夫よ、父さん、母さん。ありがとう、フェルディナンド」
少年はレーニエのマントにかじりつき、夫婦はサリアを抱きしめた。
一刻の後――
屋敷の奥の広い厨房では赤々と灯がたかれ、大きな樫材のテーブルで夕食を取る召使の家族の姿があった。
がっしりした体格の父親と、黒い髪の優しげな母親は、今はかなり腹を立てているようだ。そして、母親によく似た侍女のサリア。少年の姿だけが見えない。
「ここに来てから三日間、村の人たちは誰も彼も、親の仇を見るように私たちを見るんだよ」
母親であるオリイが憤慨してパンを切り分ける。
「ご主人さまをお迎えできるように館を整えようと、村の人々を雇おうとしたんだよ。そしたら片っぱしから断られるし。農閑期の貴重な現金収入だってのにさ。そんなら、いろいろ物を買おうとしたらさ、今度は店もないようなところで……。村長さんは一度挨拶に来られたけれど、皆の手前か、挨拶もそこそこににお帰りになって、話もロクにできないのよ。一体なんだってのよねぇ」
「へぇえ~。どうりで……」
サリアがお茶を飲みながらしたり顔で頷いた。勝気なその瞳はいささかの曇りもない。
「こりゃ話にならんわと、私らだけでこの一週間大奮闘さ。とにかくレーニエ様のお使いになられるところと、後は私たちの住む所だけでもって、ほったらかしのお部屋に手を入れて、掃除して……」
「お城は立派で、どこもかしこも上等な造りなんだけど、この十年間は管理人もいなかったらしくて、初めはとても住めるような状態じゃなかったんだよ。私も久しぶりに大工道具を持ち出したね」
父親のセバストも言った。
「いろいろ前もって都から持ってきたものがなかったら、今こうして食事さえできないような状態で……しかも、昨日は急に村の男たちがやってきて、恐ろしい顔でいろいろ聞き倒していってね。聞くだけだったけど、そりゃあ恐ろしかったわ」
「よく何もされなかったわね」
先ほどの村人の態度から見て、彼らが穏便に引きあげたとはとても思えない。
「ああ、敵意はひしひしと感じられたんだが、あんた等は召使いで、命じられたことをしているだけだからって言われてね。特に酷いことは何もされなかった。一時は私も、久しぶりに剣を取ろうかと思ったが」
「さぁ、そろそろレーニエ様のご様子を見に行ってこよう。フェルが付きっきりだけど。ちゃんとお食事は摂られているかしら? スープだけでも召し上がっていただいているといいけれどね」
「私が行くわ。母さん」
夕食を食べ終わったサリアが立ち上がったが、ふと思い出したように母親を見た
「それはそうと、あの人たちはどうしているの?」
「騎士様方はあてがった部屋でおとなしく召し上がっているはずですよ。あの指揮官はちゃんとした人のようだったけども」
「そうね。ちょっといい男だったわね。ついでに見てこようか」
サリアが身軽に行きかけようとするのを止めて、セバストが手を振った。
「ああ、おまえはレーニエ様の方を。そっちはわしが様子を見てこよう」
その時、食堂にノックの音が響いた。
セバストがドアを開けたそこには、出口を塞(ふさ)ぐようにファイザルが立っていた。後ろには部下たちが盆の上に重ねた食器を持っている。
「お……」
「|馳走(ちそう)になりました。」
軽く頭を下げてファイザルが丁寧に礼を述べる。
「これはこれは……騎士様方にそんなことをさせては……」
「いえ、いつもやっていることですのでお気になさらず。それより家令殿、お願いがあるのですが」
「はぁ、なんでしょうか」
「このような時間に大変恐縮ですが、ご領主さまとお話をさせていただきたいのです」
「なんと……!」
「レーニエ様は会うとおっしゃっているよ」
父親の指示を受けて、主の部屋から戻ってきた少年の瞳には、どことなく敵意が感じられた。
「そうか」
「ただし、あんた一人だけだって」
ほんの少し吊りあがった青灰色の瞳は、射るように大きな軍人に向けられている。
「私には異存はない」
無礼ともとれる、つっけんどんなものの言い方にファイザルは静かに応じた。
「じゃあ、こちらへ」
重い扉が開かれた。
ランプが一つだけ灯った薄暗い部屋の中に、ゆったりした部屋着に着替えた若い貴族が立っていた。
身につけているものはやはり黒い長衣で、腰のあたりを帯で緩く縛っている。
仮面は付けたままだが、頭には先ほどの帽子の代わりに、ターバンのような布が巻かれ、髪を隠していた。瞳は軽く伏せられている。
「このような時刻にご無礼いたします。お疲れのところ申し訳もございませぬ」
「よい。先ほどは世話になった。話とは?」
瞳を合わせずに発せられる問いは、いささか早口で、少し不自然に見えた。
「改めまして新しいご領主さまには、この地へのご就任、心よりお祝い申し上げます」
ファイザルはその長身に似合わぬ滑らかな仕草で臣下の礼をとる。
「儀礼は要らぬ。申せ」
「は。それでは、早速に。先ほどの村人の件は改めてご報告にあがりますが、その件をも踏まえまして、先ずはこの館の警備の事ですが……」
「そのようなものは要らぬ」
「そう言う訳には参りません。これも我々の仕事でございまして。今夜はとりあえず、二名の部下がこの館に残ります。以後二日交替で、五名の者が警護に参ります」
「……そうか、ご苦労なことだな。」
「それから、この土地のことを前もって少し話をしておきたく」
言いながら彼はじっくりと、新しい領主を観察した。
思ったとおり非常に若い。ゆったりした服の下の体格はわからないが、見えている部分はいかにもか細かった。十代後半ぐらいの少年なのだろうか? だとしてもかなり華奢である。
しかし、声は低いがよく通り、耳に心地よかった。
「……そうか。では頼む」
「その前に、一つお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「何か?」
「その仮面は何のために?」
ファイザルの物腰は丁寧だが、無用な修辞を一切使わない。極めて合理的で、率直な話し方をする人物のようだった。
「これはご無礼を。この土地の民には
「……わかっている」
「度重なるご無礼は承知いたしております。お気に触れば、無理にお答を頂けずとも」
「いい、直に分かることだ」
レーニエはどのように話を切り出したものかと躊躇っているようで、ターバンを巻いた頭部を傾けた。背後のランプが整った横顔の輪郭を影絵のように浮かび上がらせる。
「つまり……私は非常に……醜い容貌をしている。それ故、皆に不快な思いをさせたくないがために、このようなものを常時付けているのだ。知らぬ者には見苦しい限りで申し訳もないが」
そう言って、レーニエはゆっくりとターバンを外した。
「……」
先ほどちらりと見ただけの銀髪が、布が外れるのと同時に、滝のように黒い服の上を滑り落ちた。
すらりとしたレーニエの腰よりも長いそれが、ランプの光に照らされて密やかに輝く。
「……!」
このような髪の色は今まで見たことがない。ファイザルは驚いて無遠慮に領主を見つめた。
その様子を注意深く観察しながら「まるで老人のようだろう?」と、レーニエは自嘲めいて呟き、白い顔を背ける。
「いえ……決してそのようなことは。確かに大変お珍しい色の
率直な答えに、仮面の下から視線がよこされた。ファイザルは白銀の髪に縁取られた小さな顔を見下ろす。
黒い仮面の下の表情はうかがい知れないが、すっきりとした鼻梁の線と、アーモンド形の大きな瞳は、醜いという言葉と対極にあるように思えた。先刻、夕刻の光の中では燃えるような色に見えた瞳は、
仮面の下に大きな痣(あざ)でもあるのだろうか? 珍しく茫然としながらファイザルは考えた。
「嫌な色だ。王宮では、殆ど誰も私をまともに見ようとはしなかった」
ファイザルの婉曲な褒め言葉を完全に曲解し、苦々しい低い応えが漏れる。
「王宮とおっしゃいましたか」
聞き咎めてファイザルが尋ねる。レーニエはしまった、というような様子を見せて唇をゆがめた。
存外、顔に出る。まだ子供だ。
しかし、王宮に出入りできる貴族となると、かなりの家柄でなければならない。少なくとも、中の上以上の家門でなければだめだろう。
だが、ワルシュタールという貴族の名は数年間、都で任務に就いたこともある自分でも、聞いたことがない。
「失礼ながら、お家の名前を伺ったことがありませぬ」
「……だろうな。ワルシュタールとは数世代前に断絶した家の名だそうだ」
これは油断ができない。王宮の内情にも案外詳しいのかもしれない。有能だが、こんな辺境警備の軍人が、意外に情報に明るい男だと知って、レーニエは目の前の男に眉をひそめた。
しかし、男の静かな眼差しにはいささかの感情も見えない。
「ご事情があるならば、無理におっしゃらなくとも」
ファイザルは先ほどと同じことを言った。
「そう言ってくれるとありがたい。いささか込み入った事情があって……その内に話すこともあるかも知れぬが、とりあえず、あなたが見たいのはこれだろう?」
そう言ってレーニエはランプの置かれている机に歩み寄ると、引き出しを開いて、中から文箱を出した。ファイザルの見ている前でそれを開け、一通の書類を差し出す。
丈の長い袖から痛々しいほど細い指先がちらりと見えたが、ファイザルは何も言わずに受け取った。
「おお! これは陛下からの直々の任命状……」
「今のところ身分を証明する物はこれしかない。あとは私の言葉だけだ」
分厚い書状は、確かに正式なエルファラン王室ご用達の書紙で、凝った透かし模様が入っている。下に書かれている優雅な書体の署名は、現国王、ソリル二世の直筆のようだった。
この国の王室は権威はあるが、専制君主ではない。執政のほとんどは元老院が行う。
普通なら元老院議長の署名でもいいようなところを、国王自ら書いたとなると、これが天領故なのか、レーニエの身分が非常に特別なものなのか。ファイザルにはわからなかった。
しかし、それが何なのかは皆目見当がつかないが、天上人達のやんごとない事情が隠れているのだとは推察できる。
「ご無礼いたしました。間違いなくあなた様はこの地のご領主さまで在らせられます」
謹んで書紙を返し、ファイザルは騎士の正式な礼をした。
「認められたところで、私もあなたに頼みがある」
引出しに文箱を元通りにしまいながら(かなり不用心だとファイザルは思ったが)、レーニエは振り返り、意外なことを言い出す。
「明日からしばらく私の顧問を努めてほしい」
「顧問。それはどういう……?」
思ってもみない展開に、ファイザルは目の前の若い貴族を凝視した。
「……私は今まで都を一度も出たことがない。この土地のことも一応調べはしたが、机上の知識に過ぎぬ。今日見た限りだが、あなたはここの人々の尊敬も集めているようだ。それで……つまり、軍務に支障のない範囲で構わぬから、私の力になってほしい……と思う」
慎重に言葉を選びながら領主は言葉を紡ぐ。この人物がこんなに長く喋ったのは、これが初めてだった。瞳はやや伏せられ、長い睫毛が自信のなさそうに揺れている。
「……」
「だめだろうか……」
上がっていた顔が再び伏せられる。仮に断っても、そうか、わかった、とすぐに自分を納得させてしまいそうな控え目なそぶりだった。一体どちらが偉いのだか分らない。
本人も自覚はあるようで、ただただ自分が若すぎて経験のないことをひたすら気にしているようだった。
「……いえ、喜んでお受けいたします。ご領主様」
ファイザルが引き受けたのは憐憫の情だったかもしれない。うら若い領主があまりに頼りなく見えたからだ。
「レーニエでいい。感謝する」
そっけない謝辞とはうらはらに、ほっとしたように肩が下がったのがわかった。
「それと……村の者に伝えてほしい。あの者たちは税のことを心配していたようだが、私は新たな租税をするつもりはない。我々が暮らしていけるくらいの物は陛下から賜っている。」
「ははあ……」
一体何を言い出すのだ、この人は、ファイザルは戸惑った。
「それと、この付近の住民をまとめる者はいないか? ……長老とか、村長とか言う役職の人物のことだが……」
「それは……先ほどのアダンを除けば、村長のキダムと言う者が、この付近一帯の村々の代表をしております。ノヴァに十人ほどいる、
「そうか。済まないが、明日にでも会う手筈を整えてほしい……あなたさえよければ」
最後の一言は思い出したように付け加えられた。
変り者なのか、それともただのお人好しで馬鹿なだけの貴族の御曹司か……
凍てついた星の瞬く戸外に出ると、ファイザルは黒々と闇に沈んだ領主館を振り返った。
ほとんどの窓は暗く、いましがた出てきた二階の露台の奥にかろうじて小さな明かりが見える。先ほど灯っていたランプの明かりに違いない。連れてきた部下のうち二人をこの館に残し、若い従卒だけを連れて堀を渡る。
あれからファイザルは、少しではあるが、この土地の風土や、住人達の気質などをかい摘んでレーニエに話して聞かせたが、若い領主は熱心に耳を傾けていた。
その様子は、大人びた風の重々しい物腰とはそぐわず、むしろあどけなく、可愛らしいとさえ、ファイザルには思えたのだ。
う~ん。何となく掴みどころがないというか……
短い会見であったが、新しいノヴァゼムーリャの領主が、相当変わった人物であるのは確かなようであった。
しかし、変わりものにしても、御曹司にしても、あんな若さでよくもこんな辺境に来る気になったものだ。都で安穏と暮らしていればいいものを……待てよ。
馬に手綱をくれて進み始めた彼は、ふとあることを思い出し、再び館を見上げた。ついさっき別れたばかりの人物が、美しい長い髪をしていたことを思い出したのだ。
そう言えば、エルファラン王家の人間は、首を守るため、髪を切らぬ風習があると聞いたような気が……
「いや、まさか」
王家に縁のあるものなら、このような荒涼とした土地に家令の家族だけを連れて都からやってくるはずはない。
そして、彼の知る限り、王家の人間はいずれも濃い色の髪をしており、あのような銀髪の者はいない。
「指揮官殿?」
振り返ったまま、立ち止まってしまったファイザルを見て、部下が訝しげに問いかけた。
「いや……すまん。俺はこれからアダンと村長の家に寄らないといけない。遅くなるかもしれんので、ジャヌー、お前は先に砦に戻って今日の報告を頼む」
「はっ」
まだ若い金髪の兵士は即座に命令に従い、暗闇に馬を走らせて行く。この上官を一人にしたところで、危険は爪の垢ほどもないのだ。
面倒だが、やるしかないな
マントを巻きなおしても尚、冷たく染みる冬の夜の風が針葉樹の梢を揺らした。
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