第3話

◇ ◇ ◇


 さんざん飲み食いして図書館に戻って来た。


 この時ばかりは私も床にごろりと寝転がる。だってお腹が苦しいのだ。


「あれだけの量を食べられる、というのはすごいな」


 同じくパンパンに膨らんだお腹を擦りながら、彼は笑った。


「かなりの大食いの魔女さんでしたね」

「彼女、北北西出身だったね。具体的な地名は出てた?」

「いいえ」

「ふむ。では、フィクションなのかノンフィクションなのかわからないわけか」


 夜を焦がれる人は高い高い天井をじっと見つめている。ドーム状になっているガラス天井のちょうど真ん中に、真ん丸のお月様がいた。


「出て来る地名はすべて実在してますけどね」

「そうなんだよ。だけど、お供のあの――」

「サルメロ君」

「そう、サルメロ君。彼の森についても具体的な地名は書かれていない。樹人みきじんの森、とただそれだけだ」

「気になります?」

「大いにね」


 そう言いながら、彼は眼鏡を外してごしごしと目をこすった。眠たいのだろう。


「【枕の本】と【毛布の本】、持って来ましょうか?」

「自分で取れるさ」

「いえ、実はお昼にちょっと使ったので、いま最上段にあるんです。取ってきます」


 そう、だって最上段は私の縄張りですもの。



◆ ◆ ◆


 天井を見上げれば。


 ドーム状の天井のちょうど真ん中に、丸い月が見える。


 夜だ。

 俺の焦がれた夜。


 日の光は本を傷ませるし、俺の角もキシキシと痛む。だから夜が好きだ。


 隣に寝そべっているのは、真ん丸のその月と、同じ色の髪を持つ梯子の君。

 彼女が、かぐや姫のように月に帰ってしまうのでは、なんて愚かな夢を見たこともある。俺達は読人ヨムジン。ここと本の中以外にはどこへも行けないのに。


 ぽつぽつと他愛もないことを話す。

 本当は別にあの本がフィクションだろうがノンフィクションだろうが、そこまで気になるわけじゃない。

 ただただ、会話がしていたいのだ。

 繋ぎ止めておかないと、彼女はまた梯子に上って、俺の手の届かないところに行ってしまうから。


「【枕の本】と【毛布の本】、持って来ましょうか?」


 あぁこれで今日の雑談は終いだな。そう思うとちょっと寂しい。


「自分で取れるさ」


 そうは言ってみたものの、身体は鉛のように重い。


「いえ、実はお昼にちょっと使ったので、いま最上段にあるんです。取ってきます」


 そういえば彼女は昼食後、最上段の梯子と梯子の間にハンモックを取り付けてうたた寝をしていたっけ。まさか枕と毛布まで用意していたとは。


 腹はだいぶ落ち着いたのか、ひょいひょいと梯子を上り、またひょいひょいと下りてくる。手には3冊の本。


 ――


「夜を焦がれる人は、もう眠いですか?」


 【枕の本】と【毛布の本】を床に置き、梯子の君は、その場にぺたんと座り込んだ。

 何だろう。

 寝る前にもう1冊読みたいのだろうか。


「少々古い本なのですが、最近読んでくださった方がいるようで、ほら」


 そう言って差し出されたのは、濃紺の表紙の本である。角が少し折れていたり、ちょっと日に当たってしまって色褪せてはいたものの、久しぶりに読んでもらえたのがよほど嬉しかったのだろう、自信に満ちてずしりと重い。


「良いですよね、本が嬉しそうにしているのは」


 その言葉に頷いて、表紙をめくる。

 ここではない異世界のファンタジー作品である。

 舞台は『地球』という星の『日本』という小さな島国。

 しかし、どうやらこちらの世界の魔法使いが登場するらしい。最近はこの手のストーリーが増えたように思う。こちらの世界の住人が、異世界に干渉する、といったような。

 ――あぁ、逆もあるか、異世界の住人がこちらの世界に転移・転生してくる、というのもあったっけ。


 何にせよ、ブームというものはあるのだ。


「それで、この本が?」

「はい、せっかくですから――」


 そう言って、梯子の君はふわりと笑った。

 頭上から月の光を浴びながら。



 

 

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