第49話 裏でこっそり物理天使→視点変更

 てなわけで、俺とルーサーによるアビス教化計画が始まった。

 何が教化かって、つまりアビスのガキどもを蛮人から人間に仕立てあげるべく、教育ってものを施すのだ。

 ひとまず計画を立てつつ、ベイングループの財力を借りながら、と……。


「まあ、数日でできるような計画ではないね。私としても、アビスの人々に教育を施す必要があると考えていたところだ。なにせ、そうでなければ商売どころの話ではないからね」


「貨幣という概念がないもんねえ」


「ああ。未開の大陸であるアビスは、まさに巨大な市場としての可能性を秘めている。だが、この民度ではねえ……」


「ルーサーあそぼー!」


「ルーサーさん、お芋を作ってみたのだけど、味見してくれない?」


「ルーサーさん、この間のお水のお返しはこの干し肉でいいかね」


 おお、ルーサー人気ではないか。

 集落に存在しなかった様々な商品を持ち込んで提供した人間だからな。

 元より、アビスは物々交換で物流が成り立っているところがある。

 なので、ルーサーの商品も彼らの物々交換に取り入れられたということだろう。

 貨幣ではなく、消耗品である食品を押し付けられて、困った笑いを浮かべているルーサー。


「一刻も早く、貨幣経済にせねばなりません……!」


「そ、そうね」


 遠い道のりになりそうだ。

 俺はもう少ししたら南アビスに帰らなければならないし、計画だけ立てたらある程度ルーサーに任せる方向になるだろう。

 しかし、アビスをより良くしていきたい俺として、方向性は多少違えど、こういう理解者に出会えたことは幸運だったかもしれない。

 でまあ、俺とルーサーがせっせとアビス教化計画で頑張っている裏でだ。

 どうやら、ジブリールとマンサは騒動に巻き込まれていたようなんである。



~視点変更~


 ジブリールもまた、七大天使決定戦の参加者には違いない。

 彼女は決闘装置から発される試合情報を確認し、憤慨していた。


「なぁんで私が! シードじゃないわけ!? これって逆差別だわ!!」


「ジブリール怒ってるねえ」


「そりゃあ怒るわよ! 私ってスペシャルで特別で天才でガブリエルの孫なのよ? なのにどうして一般ピーポーと同じところからスタートしなくちゃなんないの! いきなり決勝からでもいいはずだわ!」


 マンサと二人で、集落の外壁よりを歩く。

 この周囲には、オドマが栽培方法を確立したマロ芋の畑がある。

 小高く盛り上がった丘の上、腰掛けながら傲然と胸を張るジブリール。空を仰いで咆哮した。


「んー、私はそういうのよく分かんないんだけど……そういうものじゃないの? ほら、特別でも、贔屓ひいきはいけないとか……」


 うーん、と考えこんだ顔のマンサを、ジブリールはじっと見つめた。


「マンサ、あなた、すっごく言葉がうまくなったよね? 前はそんなに難しい言葉を知らなかったはずなのに」


「それはもう。学校の勉強のおかげ様かなあ」


 そもそも読み書きというものが存在しない集落の出身なのだから、こうしてマンサが文明圏出身のジブリールと普通に会話できるというのは、驚くべきことである。

 彼女は他に、南アビスの学生にも劣らぬ語彙と、計算、そして知識を身に着けていた。

 まあ、ジブリールにとっての彼女とは、そういう驚きに満ちた対象以外にもっと特別な意味も持っているのだが。


「オドマって、私が一緒に勉強できたおかげで、こうやって色々知ることができたのを喜んでくれるのよ。だから、アビスにも私みたいな子を増やしていきたいんだって」


「なるほどね。だからルーサーと組んで、色々企んでるってわけだ。うーん……私的には……ちょっとマンサの立場は羨ましい……かも?」


「え、今なんて?」


 ぼそっと呟いたジブリールの言葉に、マンサが耳をそばだてようとした時だ。

 不自然なほどの強烈な緊張感がその場にみなぎる。

 ほんの一瞬だ。

 ジブリールは翼を展開し、空に飛び上がった。

 マンサもまた、唇から何かの詠唱を行う。すると、彼女の目の前に拡散するように発生した光が、その勢いの反発でマンサを後ろへとふっ飛ばした。

 その直後、集落と外部を隔てる囲いを突き破り、強烈な一陣の風が吹き抜ける。

 いや、それは風ではない。

 物理的な実体を持つ、全く別のもの。剣である。


「ちっ、弱らせてから試合に持ち込もうと思っていたが……」


 現れたのは、筋骨隆々の男。

 黒髪の下で、野性的な輝きを放つ目が周囲を睥睨している。

 背中には、光の翼を展開。

 天使だ。


「あなたね! 危ないでしょ! 他に人がいたらどうするつもりよ!」


 マンサは肩を怒らせて抗議する。

 吹っ飛んだ後も、光を発生させてクッション代わりにしたのだ。


「はっ、アビス人が何人死んだところで、別に問題はないだろうが」


「ええっ、何よそれ!?」


「アビス人なんてのは動物と一緒なんだよ。俺たち天使が邪魔だと断じれば、片付けても構わないってことだ」


「むっ、むかつくーっ!!」


 男は自分に対し、全く恐れた様子もないマンサを見て、不満気に唇を歪めた。


「おい、さっきからなんだお前? 俺は天使だぞ? しかも七大天使候補者のバラキエル様だ。もっと恐れ慄いたらどうなんだ」


「はぁ!? 天使だってアビス人だって、みんなおんなじ人間じゃん! なに特別な存在気取ってるのよ!」


「お前……口は災いのもとって言葉を知らんようだなあ……! お前の無礼、命を持ってあがなって……」


「おっと失礼!!」


 空から降ってきたのはジブリール。

 水を発して落下速度を加速させ、バラキエルの頭上に激突した。


「おごあっ!?」


 大男と小柄な少女。

 体格の差はあるが、空から落下してきた重さ40キログラムを超える物体である。

 いかに大柄なバラキエルと言えど、衝撃でふらつく。


「倒れないのねえ。ほんと、頑丈ねえ」


「てめえ……!! いきなりとは卑怯じゃねえか!」


「は……? そもそも不意打ちしてきたのはあんたじゃない」


「あれは勝つための工夫っていうんだよ!」


 自己中心的な物言いである。

 マンサも、ジブリールも、額に青筋が立った。


「なに、何こいつ。なんか超むかつくんだけど……!!」


「あらマンサ、気が合うわね。私もこいつはサイテーだと思うわ。本当にむかつくやつ……!!」


「おうおう、小娘二人で怒ったところで、怖くもなんともねえぜ。ああ? やるのか、あ?」


 そう言いながら、バラキエルはマンサの側に移動していく。

 そして跳躍。


「おらあアビスのメスガキ!! てめえが人質だあ!!」


「”裁き”!!」


「ぎょわーっ!? ばかな、翼も無いのに魔術をっ!?」


 捕まえようとしたマンサからの手痛い反撃である。

 マンサは一度耳にした、翼のユニットが魔術を行使する呪文を記憶し、繰り返すことができるのだ。

 これはジョナサンの魔術であった。

 ダメージこそ無いものの、衝撃で一瞬隙を作ってしまったバラキエル。

 マンサがジブリールと合流する隙を作ってしまった。


「あんた、デカイくせにセコいわねー……」


 呆れ顔のジブリール。

 バラキエルはハッと肩をすくめ、地面に向かって唾を吐き捨てた。


「勝利のためなら何でもすると言ってほしいねえ。さて、今回は勝負にケチがついた。また来るぜ!!」


 叫ぶと、バラキエルは剣を大地に叩きつけた。

 物理的な衝撃から、地面がえぐれて爆発する。


「召喚”水の防壁アクアカーテン”」


 ジブリールとマンサを守るように、虚空から水が降り注いだ。

 爆風と土砂は、水のカーテンにぶつかって弾き飛ばされる。

 少し経って巻き起こっていた砂煙が晴れると……そこにバラキエルの姿は無かった。


「逃げたわね……。なんて奴かしら」


「ねえジブリール、あれがもしかして、あなたの相手なの?」


「そうね。剣の天使バラキエル。剣術一本で、奇跡と渡り合う化物の一角よ」


 だが、ジブリールの顔には不敵な笑みが浮かんでいる。

 ここに、オドマが気づかぬ間のもう一つの戦いが幕を開けた。

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