第50話 少女たちの戦い

 俺は俺で、大変忙しく働いていた。

 何せ、他の集落に出向き、学校の必要性をプレゼンせねばならないのだ。

 前世の俺はしがない内勤のSEである。

 プレゼンなど、社内向けの形式的なものしかやったことがない。

 だが、資料をまとめ、原稿を作り出した俺を見て、ルーサーが目を丸くした。


「なるほど、粘土板に資料を人数分まとめるわけか! 版画形式で、どこまで伝わるかは疑問だが、無いよりはいいね。それにこういった文明の利器を使った利便性のアピールにもなる。問題はちょっと重いことだが……」


「これ、粘土板を焼けば薄くてもいけるようにならないかな」


「それだね」


 俺たちの作業が再開される。

 派遣されてきたベイングループのエージェントたちは、皆一様に、「また若旦那がおかしなことを始めたよ」という顔をしている。

 うん、いつもこんなことばかりしてるんだな、こいつ。気持ちは分かる。

 だが、今回は彼らの人手が大変助かる。


 みんなでぺたぺたと版画を作り、薄い粘土板を焼く。

 粗雑な陶器となった板は割れ易いから、大切に保管する。

 縄文式土器のノリで作っているから、それなりの厚みが無いと強度も怖い。

 重くなり過ぎない厚さで、強度も保って、そして絵を刻み込んで……。


 これを、木の皮から作ったシートでくるむ。

 なに? シートに書けばいいじゃないかって?

 灼熱で強烈な太陽光が降り注ぐ、アビスの大地を舐めてはいけない。

 生半可な塗料では、紫外線であっという間に脱色されてしまうのだ。

 それに、体に模様を描く時に使う染料は、木に対する馴染みが非常に悪い。


 あとは、各集落の族長にアポイントを取って、一箇所に集めて……。

 と仕事をしていた時。

 やっぱり、ジブリールとマンサは彼女たちなりの戦いをしていたわけである。



~視点変更~


「んもー! こんな時にオドマは何をやってるのよ。新しい天使がやってきたっていうのに!」


「いやいや、これって私の相手だし。オドマは関係なくない?」


「えーっ。でも、男の子っていざって言う時には、女の子を守るものでしょ?」


「あー、アビスではまだそういう感じよね。南アビスとか外の世界では、そろそろウーマンリブって言ってね……」


 談笑する少女たちだが、二人を包む雰囲気は、とても和気藹々わきあいあいといったものではない。

 やや大きめの木の麓。

 それも、集落の外側である。

 目に見える範囲に、野生動物の気配がする。

 ハイエナやら、ジャッカルと言った危険な動物たちが、一見無防備な少女たちを狙っている。

 だが、二人がこうして身をさらしているのは、野生動物よりももっと危険な文明人を誘い出す為なのだ。


「あ、でもこのお水飲みやすい。ルーサーさんの持って来たものも馬鹿にならないわね」


「ペットボトルでしょ? 新大陸で取れる石油から作る容器なのよ。使い終わったらまた洗って再利用するの」


「へえー。南アビスのガラス瓶よりも、ずっと軽いものね。厚みは同じくらいかな?」


「もっと薄く作れたらいいんだけどね。発色もガラスほどきれいじゃないし。でも、ガラスより軽くて割れにくいから、こういうでこぼこ道を運んでくるのにはすごくいいのよ……と、来たわね」


 ジブリールの声色に緊張がにじんだ。

 周囲にあった動物の気配が消え去っているのである。

 そいつはわざわざ、風上からやってきていた。

 案外、風上、風下を気にしていないのかもしれない。


「おいおい……どうして待ち構えてんだよガキども。俺は不意打ちする気満々でやってきたっつーのに」


 不満気な声が漏れた。


「ッ! ”奔流の召喚コール・アクアトレント”!!」


 咄嗟にジブリールが叫んでいた。

 彼女の眼前から、猛烈な勢いの水流が発生する。

 それが、不可視の何かとぶつかって弾け飛んだ。


「あっぶな……!! こいつ、斬撃を飛ばして来た……! 何も言わないって、そんな奇跡ジ・アーツあり!?」


「奇跡?」


 どこからか、笑いを含んだ声が聞こえてくる。


「俺はそんな大層なものは使えないんでね。今のは俺の素振りだよ。いいかいお嬢ちゃん。勝負ってのは技や魔術、奇跡が使えればいいわけじゃねえ。例え、冴えない剣技一つしか使えなくてもな」


 また次の瞬間、ジブリールとマンサが隠れていた木が、縦に裂けた。


「それがどれも一撃必殺ならいいんだよ」


「マンサ!?」


 褐色の少女との間を裂かれたジブリールが叫ぶ。

 マンサは呪文を詠唱して、裂かれた木の根元に向かって放っている。

 そこに、黒髪の巨漢がいた。

 放たれた光の魔術が、男の構えた剣の腹に触れ、そっと真横に受け流される。

 その間に、ジブリールは水流を生み出して、反発力でマンサに向けて跳んだ。

 彼女の体を抱え込み、茂みに向かって飛び込む。


「ちっ、今回は二人がかりかよ。そういうのは卑怯じゃねえのかい?」


「あんたがどの口で言うのよ! マンサを近くにおいておかなくちゃ、あんたこの娘に何をするか分からないじゃない」


「ひえーっ、わ、私狙われてた!?」


 すると、バラキエルが唇を歪めた。

 笑ったのだろう。


「何だ、お見通しか」


「あんたねえ……!」


 怒気を孕んだジブリールの声。


「もう、こんな男らしくないことはやめて、正々堂々偉大なる分体グレートアバター同士で決着つけようじゃない!?」


「けっ、そんなもん、運営委員会とやらの目論見に乗るだけだろうが。俺は他人の金儲けに付き合う気は無いんだよ」


「ジブリール、あの人性格悪いねえ」


「ほんっと。さいあくだわ」


 憤りを隠すこともせず、茂みから立ち上がるジブリール。

 真っ二つになった木の前で、傲然と立つバラキエルに向かって歩き出した。


「あんたさ、世の中のルールに従わないことが自分のポリシーだとか、勘違いしてる系?」


「あァん?」


 バラキエルの表情が剣呑なものになる。


「ちげぇよ。他人が決めたルールに、俺が従う必要があるかって思ってんだよ。俺は俺流で行くわけ。分かる?」


「わかんないわ、よっと!!」


 ジブリールが素早く身を翻した。

 その真横から、マンサが放った魔術が飛んで来る。


「うおーっ!?」


 バラキエルが焦って剣を振り上げた。

 光の塊が、剣の腹で弾かれて飛び散る。


「き、汚え!! 今のは俺を油断させるための会話かっ!?」


「ええいまるごと消え去れー!! ”噴射津波スプラッシュウェイブ”!!」


 話を聞く気も無い。

 ジブリール、真っ向からの不意打ちである。


「おごわーっ!?」


 バラキエルは大地を割って出現した、超高速の津波に飲み込まれて運び去られていく。

 ごく狭い空間に津波を召喚する奇跡である。

 その地域はごっそりと地面を削り取られ、一直線の道のようになった。


「やったかしら……? いえ、あいつってすっごくしぶとそうだから、まだ生きてるわね」


 案の定、決戦装置はこの戦いの終わりを告げてなどいなかった。

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