第47話 概念の誤謬を穿て
戦場は荒れ狂う海だった。
空は曇天、風は吹きすさび、稲光が鳴り響く。
まるで小山のように盛り上がった波が、右から左へと流れていく。
気を抜けば、突如生まれた渦が俺を飲み込もうとする。
ファミリオンはサーフボード型ユニットを操りながら、戦場の中心で不動の姿勢をとる、トリコロールカラーの巨人目掛けて近づいていく。
「よりによって、随分荒れた戦場を選んだよね……!」
『水の動き、風の動き……。利用し易いものが多い状況なのでね。私の能力の仕込みも完了している。前回は小手調べだったと思って欲しいな』
「怖い怖い」
俺はそんな事を言いながらも、油断はしない。
ファミリオンのカーナビ液晶は、常に戦況を映し出している。
何か戦場に異常があれば、知らせてくれることだろう。
問題は、この液晶一つでファミリオンのオプション操作も兼ねているため、情報が増えすぎるととても見づらくなることなのだが。
「そうそう。あんたのこと、決闘装置で調べたよ。随分遠まわしな能力なんだね」
決闘装置は、この戦いに参加する七大天使候補者たちの能力を記録する役割も負っている。
参加者は、他の参加者たちの能力を知ることが出来、対策を立てることもできる。
だが、あえてそういう情報が駄々漏れにしてるってことは、何か理由があるんだろうなあ。
イェグディエル。適合者、という言い方をするらしいが、この天使の分体を操るのは、ルーサー・べイン。
先日聞いたとおり、新大陸で名が知れた、べイングループの御曹司だ。
生まれた時から特異な能力に目覚めており、翼のユニットによる洗礼は形式的なものだけに留まった。なぜなら、彼が元から所有する力のほうが、翼のユニットが授ける魔術よりも遥かに強力だったからだ。
力の名は、『
恐らく、ルーサーが言っていた仕込とはこのことだ。
ちなみに俺の力の名は、『
何やら雰囲気的に、より分かりやすい能力の方が強いようだ。
『少々、私の能力は取扱いが難しくてね。認識や常識と言った概念に働きかけ、それを少々揺らしてやる。これを適切なタイミングで行なう必要があるんだ。例えば、このようにね』
イェグディエルの言葉が終わるが早いか、俺に迫ってきていた波が突如として岩壁のように硬直した。
それが沈み込みながらも、後続の波に押されて迫ってくる。
「うおっと!?」
俺は近場の波に突撃して、ボードごと飛び上がった。
すぐ足元を岩壁になった波が通過していく。
それは俺を過ぎると、すぐにもとの波へと変化した。
何も言わずに発動しやがった。これが仕込みってやつか?
『”知覚せよ! 諸君は一つ。混沌たる砂の渦である”!』
やべえ!
次々に襲い掛かる石壁の波を乗り越える中、嵐を引き裂いてイェグディエルの宣言が響き渡る。
これは、やばい内容だ。
俺の周囲にある、波も風も、一瞬にしてその動きを鈍化させる。
ファミリオンの動きが目に見えて遅くなった。
まるで、とんでもない質量を持った泥沼にでもはまりこんだような。
徐々に、サーフボードも抗いきれず、ファミリオンが波間に引きずり込まれていく。
「このっ!!」
ファミリオンが稲妻を放つ。
それは周囲の
次から次へと押し寄せる、砂と化した水と風が、熱を飲み込んでしまうのか。
そう、実体が無いはずのこれらが、まるで固体のように振舞う。これがイェグディエルの攻撃なのだ。
『とどめと行こう。”
さっきから、俺に攻撃を仕掛け続けていた石化した波。
これがその技の名前らしい。
なるほど、こいつは石碑だったのか!
カーナビの画面が、四方八方から砂の渦を裂いて迫ってくる石碑を感知している。
おお、画面が赤い。
かなり危ないってことだろうか。
これはやるしかないだろう。一度しかやったことがない、ファミリオンの奥の手を。
俺の意思に答え、液晶がその文字を出現させた。
力強く、点滅する文字列にタッチする。
次の瞬間、ファミリオンを包み込むように、天から稲妻の束が落下した。
風が、水が、砂が、石碑が、跳ね飛ばされる。
それらの元々の存在も、変わってしまった存在も関係なく、稲妻は全てを圧倒的な熱量で溶かしつくし、一種だけ、その場にファミリオンを包み込む、ガラスの空間が出現した。
『なっ……!? な、なんだそれはっ!!』
砕け散るガラス。
出現するのは、例のトラックだ。
おおっ!
カーナビ画面で合体のバンク映像が流れるじゃないか!!
変形し、立ち上がっていくトラックと、光に包まれてトラックと合体するファミリオン。
カーナビ液晶が俺の目の前で伸張し、画面いっぱいに『Great Sandalphon』の文字が躍った。
『ばかな……! それも……それもサンダルフォンの力だというのか……!?』
グレートサンダルフォンが、迫り来る石碑に指を指し示した。
生まれたのは、真横に走る一条の雷光である。
一閃、石碑が爆散し、蒸発する。
巻き込まれた海が次々に水蒸気爆発を起こす。
サンダルフォンが踏み出した一歩が、広域に拡散する電撃を呼ぶ。風が焼かれ、水が消滅し、海であった戦場が一瞬にしてゴツゴツとした水底へと変ずる。
目の前にいるのは、呆然と佇むイェグディエルだ。
こいつは、うちのトラックみたいなのを呼ぶ手段が無いのか?
『くっ、”知覚せよ! 諸君は全てを撃ち貫く槍”……!!』
「雷を帯びたパンチ!!」
俺は一年位前に安直に決めた適当なネーミングを叫ぶ。
少ししてあんまりだと思い、
「
そういうニュアンスを込めて、勢いよくクラクションを鳴らした。
鳴り響く音は雷鳴。拳がまとうのは雷霆。
海底の岩に槍という認識を与えた攻撃を、無造作に叩き込まれたグレートサンダルフォンの拳が、砕く。砕く。砕く。
だが、さすがは七大天使候補である。無数に突き出される槍の大半を叩き折りながらも、パンチが止まってしまった。
やっぱりただのパンチじゃだめかあ。
『ふ、はははは! 僅かにとどかなったようだね!』
他に武器、武器……!
あ、さっきの翼にもなるサーフボード、使えるんじゃないか?
俺の意識に答えて、液晶の脇に武器選択アイコンが登場する。
あ、これか? これがあのサーフボードか?
選択したのは、『
グレートサンダルフォンの、コンテナだった腰の辺りが展開し、二つに分かれたサーフボードが射出された。
これが空中で合体し、巨大な手の中に納まる。
「よっし、いけえ!!」
グレートサンダルフォン、振りかぶって第一投!
手のひらを離れた瞬間、ブーメランは雷の音だけを残して消滅した。
いや、視認できない速度で射出されたのだ。
残された槍が一瞬で切り裂かれ、ただの岩に戻る。
その彼方。
『冗談だろう……!?』
トリコロールカラーの巨人が、呆然と立っていた。
その上半身が、ブーメランによって真っ二つに切り裂かれ、傾いでいる。
グレートサンダルフォンから一直線。
ブーメランが通過した跡が、ガラス化した道になっていた。
ゆっくりと、イェグディエルは倒れこんでいった。
これは、あれだな!
あれをするところだな!
俺はハンドルを回し、サンダルフォンの巨体をターンさせた。
イェグディエルに背中を向けた瞬間、奴は爆発を起こす。
爆発を背にするサンダルフォン。
お約束だよな。
そして、戦場は消滅した。
勝者、グレートサンダルフォン!
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