第46話 雷霆vs洗脳

 俺が決闘装置を手に入れた話を、どこかで聞いたらしい。

 その日の夕方にはルーサーがやってきた。

 集落の食事は、家族ごとに家の中や外で輪を作って行なう。

 すっかり賑やかになった我が家の食事に、奴はちゃっかり入り込んでご相伴に預かっていた。


「いやあ、素朴な味だなあ。私は案外このパンは嫌いじゃないよ」


 塩と芋の味しかしないパンをもっちゃもっちゃ食べながら、ルーサーが感想を述べた。

 うむ。南アビスの多才な調味料を使った味付けに慣れると、このパンがシンプル極まりない味だと気づくよな。

 この味が、この上ないご馳走だったわけだから、俺の幼少期はやはり貧しかったのだなあ。


「たくさん焼いたから、どんどん食べてね」


 ママンが真っ白なマロ芋のパンを積み上げて言う。

 ここ数日、一気に食べる口が増えたので、夕食の準備で大忙しらしい。

 おかず、というほどの食べ物の種類もないから、木の実を挽いた粉を練ったものとか、干した肉を塩水で戻したものなんかを一緒に食べるわけだ。


「うん、まずくはないんだけどね……。正直言って三日目で飽きてくるわね」


 正直すぎるのは美徳じゃないぞ、ジブリール。

 ルーサーは自前の食料を持ち込んでいたらしいが、ジブリールとボブは着替え以外、ほとんど手ぶらで遊びに来ている。

 ということで、自然と集落の食事を取ることになるのだ。


「贅沢を言っちゃいけないよ。そもそも、余所者が食事にありつける時点で、メクトは豊かなんだから。他の集落じゃ今日の食事にも事欠くことが珍しくないそうだよ」


「ひえーっ、そんなにアビスの内地は厳しいのね……!」


「ううっ、脂がしたたる肉を食いたいっ」


 ボブ、それは難しかろう……。


「ルーサーさん、どうぞこちらも召し上がって」


「おや、メクトのお酒ですか。ほう……野趣あふれる味だねえ……」


「壺の中に果実と水を入れて、クコの葉を混ぜてしばらく置いておくとできるのよ」


「なるほどー、原初の醸造酒というわけか。このままでは売り物にはならないが……うん、やりようによってはもっと美味しくできそうだ」


 ルーサーの奴、商売人の顔をしている。

 ママンに求婚していたくせに、今や興味は酒の方に行っているようだな。

 だが、あの二人が近くにいるのはよろしくない。

 俺は目の前の天使に話を振ることにした。


「それでさ、僕が決闘装置を手に入れたわけだから、これでいつでも始められるんでしょ」


「ああ、その通りだオドマくん。私の仕込みも大体完了している。いつでも始めることはできるだろう」


 言いながら、ルーサーは酒を少しだけ飲んだ。


「じゃあ、明日。色々さ。僕もあんたに聞きたいこととかあるから、早いほうがいいよ」


「心得た」


「今度は逃げないでよね」


「本番で逃げるような真似はしないさ」


 俺とルーサーの間に火花が散る。

 ジブリールはニンマリ笑いながらその様子を見ている。

 お前だって決定戦の当事者だろうが。

 時分だけは大丈夫って顔をして余裕ぶっているなあ。


「オドマって思ったよりも好戦的よね?」


「そんなことは無いけどさ。なんか、僕が思っているよりもみんなのんびりしているっていうか、拍子抜けしちゃうよ」


「それはそうよ。七大天使決定戦は戦争じゃないわ。超常の能力を持った者同士による試合なの。正々堂々と行われる勝負は、この決闘装置を通じて天使たちの娯楽として消費されるわ」


「えっ、テレビ中継してるのか!!」


 俺はたまげた。

 そんな話聞いてないぞ。


「……テレ、ビ? 翼のユニットを通じて、勝負の様子を天使であれば誰でも見ることができるということよ? 決定戦にはスポンサーが絡んでいて、これによって生まれる収益は莫大な金額になるのよ」


「かく言う、我がベイン家も決定戦のスポンサーでね。先日は勢い余って勝負となったが、本来であればあのような配信の手段がない状況で勝負をすることはあまりよろしくない事なんだ」


「金にならないから?」


「その通り」


 こいつ、ずっと商売、商売なんだなあ。

 怪しげな商品を取り扱ってはいたが、一応まっとうな商売をしている……ということなんだろうか。


「ま、そういうわけで、こうして次回の勝負を取り決めたなら、きっと今頃ラファエルが手続きをしてるわよ。まだ他の誰も、決定戦をやっていないみたいだし……」


「僕たちの試合が一番最初の勝負になるっていうわけか」


 とりあえず、新しい情報を得てしまった。

 権威のある戦いだって言っても、ショービジネスみたいなものなんだな。

 それなら、集まったスポンサー料なんかを手に入れる手段があるかもしれない。

 金があれば、やりたかったことができるようになるぞ。集落に何か、新しいものをプレゼントするのだ。


「やる気になったみたいね?」


「まあね」


 金のためだよ!

 かくして、勝利に付随する要素への不純な情熱を燃やした俺は、勝利を誓うのであった。



 翌日の、集落郊外。


「私が監督役ということで。さあ、第一試合を開始しましょう」


 緑の服の柔和な表情をした美形、ラファエルが先にやって来ていた。


「決闘装置を」


 彼の言葉に応えて、俺とルーサーは決闘装置の龍頭を三段階まで引き出す。

 その瞬間、腕時計に似た決闘装置が展開した。


「舞台を決定してください」


「海を!」


「あ、僕もそれでいいです」


 あ、自分で戦いの舞台を決めていいのか!

 焦って同意してしまったぞ。この流されっぷり、我ながら日本人だなあ。

 まあ、俺が得意な戦場なんてものはよくわからないしな。水上でもこの間のサーフボードを使えばいい。


 俺たちの決闘装置が共鳴するように輝く。

 周囲を包み込むように、巨大な球状の輝きが生まれた。

 光の中に生まれたのは、海だ。

 これが、俺たちの戦場ということだろう。


「さあ、オドマくん、お互い全力で行こうじゃないか。テイク・ア・クルーズ、イェグディエル!」


「もちろん! イグニッションだ!」


 生み出された戦場に、二柱の巨人が降り立つ。

 稲光が、そこここの水面を打ち、爆発、蒸発させる。

 対するトリコロールの巨人は、まるで平坦な大地のように揺らぐこと無く、水面に立つ。

 さて、ここからが本番だ。

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