第45話 戦う目的とは

「オドマ、決闘装置は届いた?」


「いや、まだだよ」


 先日のイェグディエルとの勝負から二日過ぎた。

 あれ以降ルーサーに動きは無く、俺たちもまったりとした時間を過ごしていた。

 マンサは久々の帰郷で、自宅に呼ばれている。口伝の勉強が途中だったから、今頃詰め込み式で色々教え込まれている事だろう。

 ママンは集落内の奥様方の集まりに出かけている。

 俺が栽培方法を確立した、マロ芋の品評会なのだそうだ。一番色と形と味が良いものを種芋にするらしい。みんなで食ったら無くなってしまうと思うんだが。


 ということで……ここには、俺とジブリールの二人きりである。

 乾季の昼間は暑いが、こうして夕方になると、涼しい風が吹き抜けていく。

 乾燥した気候だから、日差しが和らぐだけで随分と暑さが和らいで感じるのだ。


「おかしいわねえ。私のところにはすぐに届いたのに。七大天使決定戦の参加者には、必ず届くのよ?」


「そうは言われてもなあ」


 俺は首をかしげた。

 そもそも俺は、そんなおかしな決定戦に参加した覚えなどない。

 いつ、誰が勝手にエントリーしたと言うのか。あっ、それを考えるとルーサーとやりあう必要だって無いんじゃないか。


「そもそもオドマは何が目的なの? 私、イマイチその辺が見えてこないんだよね。なんか状況に流されてる?」


「流されてる感はあるね。だけど侮ってもらったら困る。僕だってきちんとした目的があるんだよ」


「へえ、聞かせてもらおうじゃない」


 ジブリールが体ごとこちらに向き直る。

 興味を抱いたようだ。


「僕はこの集落に、文明の灯火をもたらしたいんだ。マラリヤに怯えない生活、文字を用いた生活、飢えとは無縁の生活……そういうものを、南アビスで学んで集落のために活かしたいんだよ」


「おおーっ」


 ジブリールがぱちぱちと拍手した。

 なんだかわざとらしいな。

 俺が言ってることは、別に綺麗事でもなんでもない。

 オギャアの時分からこの集落で暮らしていれば、自然と思うことだ。

 なにせ、俺と同い年だったガキどもも、病気や外敵などの原因でガンガン減っていった。

 今残ってるガキどもは、五歳時分の記憶と比べると、半分にも満たないだろう。

 俺はひとまず、このガキの死亡率をなんとかしたいなあ、なんてことも考えているのだ。


「へえ……思ってたより立派なんだ? でもさ、それならなおさら七大天使決定戦には参加しておいたほうがいいよ?」


「それはまたどうして?」


「これはね、世界における最高の権威を決める戦いなの。参加資格はたった一つだけ。七大天使になりうる才能を持っていることよ。私、オドマ、ルーサーの他には、世界で十五人しかいない資格者なの。そして晴れて七大天使になることが出来れば、富も名誉も思うがままよ。それこそ、莫大な権力と財力で、集落に変革をもたらすことだってできるわ」


「な、なんだってえ!?」


 そんな大したものだったのか!!

 俺はすっかり、この七大天使決定戦とやらの重要性を見くびっていた。

 なるほど、金や権力がもらえるならば、参加してみる価値はありそうじゃないか。


「それにしてもおかしいわね。決闘装置はいい加減こないと、決定戦運営委員会の不備よ!」


「おっ、悪い悪い! 遅くなったわ!」


 憤慨してムフーっと鼻息を漏らしたジブリールだったが、彼女の言葉に合わせるように、新たな登場人物が出現した。

 そいつは、上空にぷかぷかと浮かんでいる。

 赤い髪をした、ワイルドなイケメンの兄ちゃんだ。肌は赤銅色に焼けていて、ガッチリと筋肉質な体をしている。


「ほいよ、オドマだったか? お前の分の決闘装置だ」


「あ、どうも」


 受け取ったのは、腕時計型の端末である。

 なるほど、手巻き式の時計としても使えるようになっているんだな。

 そして、竜頭りゅうずの部分に仕掛けがあるようだ。


「あ、あ、あんたが直々に来る!? 普通!?」


「まあ気分って奴だ。天使以外から出てきた候補者ってのを見てみたいじゃねえか。おっ、仕掛けが分かるか? アビス人なのにこういうもんに詳しいってのは珍しいな。そうだ。竜頭を摘んで引き出すんだ。一段回目で時針の調整、二段階目でゼンマイを巻く。三段階目で、決闘装置は時空干渉を行えるようになる。世間に迷惑をかけないような戦場を作り出せると。ま、そういうシロモノだ」


「ちょっとサイズが大きいような……」


「あー、悪い。フリーサイズでよ。ちょっと待ってろ。コマ詰めしてやる」


 男は俺の決闘装置を受け取ると、どっかりと我が家の入り口に腰掛けて、ちまちまと装置の機械いじりを開始した。

 ……ところで、こいつ誰なんだ。


「誰って、キミね。この人こう見えて凄いのよ。凄いっていうか、今話した世界の頂点にあたる権威の一人よ」


「それって言うと」


「七大天使、炎のウリエル。一見して脳筋っぽいマッチョだけど、世界最強の一角よ」


「誰が脳筋だ」


 そんなことを言いながらも、ちまちまと決闘装置のベルトをいじっている。

 シリンダーのような物を抜き出し、俺の手首の太さに合わせて調整をかけているのだ。


「よし、こんなもんだろう」


「あっ! ピッタリだ。ありがとう」


「おう。こいつを使って頑張れよ。本当ならば宅配便で届くはずだったんだが、お前、バスタードじゃなくてアビス出身だからな。南アビスに戸籍が無くて、荷物が戻ってきたんだよ」


「シャクティー先生の家に下宿してたんだけど……」


「バスタードやアビス人は、生まれた時点で南アビスで戸籍ができるんだ。外部から来た留学生には戸籍が与えられなくてな。宅配便は魔術の一種だが、この戸籍に準拠しているがために、留学生だけが対象の例外になっちまうというわけだ」


「なーるほど」


 だからといって、偉い人が手ずから届けに来るのか。

 よほど暇なんだろうか。

 俺はじっとウリエルの顔を見た。


「おう、暇だったぞ」


 なんと正直な御仁であろうか。


「だが、退屈はしなさそうだ。ラファエル様様だぜ。お前というイレギュラーがいるおかげで、今回の決定戦は白熱しそうだ。いよいよ勝ち進めば、俺も直々に相手をしてやるぜ」


「えっ、なんていうかそういうトーナメント的なサムシング?」


「何を言っているか分からねえが、なんとなくニュアンスは分かった。おおよそそれだ」


「……何を二人して、意味不明な言語で分かり合ってるのよ……!」


 ジブリールが頭痛をこらえるような仕草をしてみせた。

 この問題児をもツッコミに変えてしまう、七大天使の威力。

 しかし、ラファエルとは全くキャラが違うな……。

 幅広い選手層を取り揃えているのか。


「じゃあな、健闘を祈る」


「あいたっ」


 凄いパワーでべしっと俺の両肩を叩くと、ウリエルはガハハと笑って飛び上がった。

 翼のユニットらしきものが、炎の翼を作り出している。

 あの翼はとても暑そうだ……。

 去りゆく七大天使の一角を見送りつつ、俺は思った。

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