第44話 トリコロールカラーとは何事だ

 モーターボートにしてはカラフルである。

 ルーサーがイェグディエルと呼ぶその分体は、我がファミリオンの変形に合わせるようにして形を変えていく。

 軽自動車とモーターボートなら、あちらの方がずっとでかい。

 おそらくは7mほどあるから、ファミリオンの倍近い。肉厚さやそれぞれのパーツのでかさも考えたら、体感的にはそれ以上だろう。

 そして、基本的には白いのだが、胸が青かったり、ところどころに赤いパーツが散っていたりする。

 なんだなんだ。

 主人公カラーかこの野郎。

 俺は俄然対抗意識が燃えてきた。


「確かに君も偉大なる分体グレートアバターを行使するんだね。相手にとって不足は無い。少々準備不足だが……ここで君の実力を見ておいてもいいだろう」


 余裕の言葉……というのとは違うな。

 ルーサーがこちらに向ける目つきには、一切の遊びが無い。

 あいつ、登場した時のヘラヘラした雰囲気とは一転して、こちらを全く侮ってないな。

 そして、互いに分体が発した光に乗って、巨人の中に飲み込まれる。


『この七大天使を決する戦いは、通常の戦争とは少々違っていてね。相手の手の内はある程度、共通情報として晒されている。君が受け取った決闘装置に記録されているはずだ』


「いや、僕はそんなの受け取ってないけど」


『なんですって』


 あ、イェグディエルの腰が砕けた。

 だが、すぐに相手は気を取り直し、


『うむ、それはきっと手違いだな。私から七大天使決定戦実行委員会に連絡し、君に決闘装置が届くように手配しておこう』


「え、やってくれるの?」


 意外である。


『だが、この場の勝負はまた別だ。さあ行くぞ』


 イェグディエルが両腕を広げる。

 基本、偉大なる分体は無手だ。そこに武器なんかを召喚するのだが、イェグディエルは何も手にする事がないまま、まるで指揮者のように腕を振るった。


『”知覚せよ。諸君は海だ”』


 その言葉がきっかけだった。

 突如、足場がなくなった。

 いや、大地は間違いなく存在してる。

 広場の空間だけ、土が実体をなくしたのだ。


「うおおっ!?」


 まるで水に飲み込まれるように、俺は土に飲み込まれた・・・・・・・・

 ファミリオンの腕が空を掻く。

 石にも土にも引っ掛からない。

 こいつは一体……!?

 あいつの能力なのか?

 だが、これは洗脳と言うのとは明らかに違う。

 もしや、俺が洗脳の能力で幻覚を見せられているんだろうか。

 俺はファミリオンの踵から稲妻を放った。土を焼き焦がし、足場にするつもりだったのだが……。


「うおっ!?」


 発生したのは水蒸気爆発だ。

 稲妻が生み出した熱量で、一瞬で沸騰した水のように、地面が沸騰して爆発した。

 ファミリオンが一瞬で、広場の上空に吹っ飛ばされる。


『一瞬で脱したか……! やはり属性使いの能力は恐ろしいね』


 イェグディエルは、まるで水面に浮かぶ船のようだ。

 俺を見上げて、悠然と地面が波打つ上に立っている。


『”知覚せよ。諸君は吹きすさぶ嵐だ”』


 奴の言葉と同時に、俺をとりまく大気が突如として渦巻き始めた。

 高速で風が流れ、局所的な嵐を形作っていく。


「こんちくしょうっ!?」


 相手の能力がさっぱり分からん。

 一体何をしているというんだ!?

 ファミリオンの後方カメラが一瞬捉えた映像では、ジブリールとマンサが、ママンを捕まえたまま木にしがみついている。

 風は向こうにも吹いているんだな。

 ということは、俺が洗脳されているわけではない。

 今起こっている状況こそが、イェグディエルの能力と言う事だ。


「ちょっと分が悪いな……! ファミリオン、なんとかならないかっ」


 俺の言葉に呼応して、眼前にあるカーナビ画面が点滅した。

 お、あの翼か!

 俺はそこをポチッとな。

 すると、稲光と共に空中へトラックが出現する。

 コンテナが展開し、俺に向かって何かを射出する。

 これは……翼と同じパーツのはずだが、組み変わってとあるものを連想させる形になる。

 サーフボードか!

 ボードは嵐に乗り、狙い過たず俺に向かって直進する。


「よおっし! おりゃあ!」


 ファミリオンの手足から稲妻が放たれた。大気が爆発し、それが推力になる。

 吹っ飛んだファミリオンの足元に、サーフボードが滑り込んだ。

 見事ドッキングだ。


「反撃行くぞ!」


 俺の意思に従って、ボードは底部のフィンで風を読み、操る。


『なんとぉっ!?』


 高速で螺旋を描きつつ、イェグディエル目掛けて突撃だ。

 奴は慌てて大地を蹴り、飛び退った。

 おや? 地面が硬い……?

 あいつ、一度に一つしか地形やら空気を操れないのか?

 だが、どちらにせよ関係は無い。

 ファミリオンは風に乗りながら、大地をフィンで削る。風と土煙を上げてイェグディエルに迫り、


「だらぁっ!」


 稲妻を纏ったパンチをその巨体に叩き込んだ。


『おおおっ!!』


 トリコロールの巨人が宙を舞う。

 それはみるみる広場を越えて、族長の屋敷の上に……ってやべえ!?


『ぬうっ!! ”知覚せよ! 諸君は海原の流れだ!”』


 と、イェグディエルが空中でピタリと止まりやがった。

 あいつ、空を海に変えたのか?

 俺が思うに、あいつの奇跡ジ・アーツは対象に呼びかけることで起動する。

 呼びかけられたモノは、自身が異なるモノであると錯覚、あるいは誤認するということじゃないだろうか。確かにこれは洗脳とも言える。


『さすがだよサンダルフォン』


 イェグディエルが空中に浮かんだまま、その変形を解いていく。

 お、なんだなんだ。


「私の想像以上の実力だ。私の中には、君がバスタードであることへの侮りが少なからずあったことを謝罪しよう。君は間違いなく、一流の七大天使候補者だ」


「それはまた、どうも」


 なんだ、いきなり褒めてきて。

 す、少ししか嬉しくないんだからねっ。


「だが、この集落で争っていては、メクト部族に多大な損害を与えてしまうだろう。これは君の本意でもないはずだ」


「それはそうだね。じゃあ、どうするの?」


「後日、正式に勝負と行こう。無論、それまでに私は仕込みを済ませておく。だが、君には私が手配した決闘装置が到着しているはずだ。それを用いて私の能力への対策を立てておくといい」


 いやに正々堂々じゃないか。

 最初の敵ってのは、もっとヒャッハーで嫌らしい奴かと思っていたのに拍子抜けだ。

 これは、イェグディエルの能力が洗脳と聞いた俺の先入観もあったのかもしれないな。

 でも、仕込みってなんだ。不穏だな。




 元に戻った俺のもとに、ママンが走ってきた。


「見たわよオドマ。あれがファミリオンちゃんなのね。凄い!」


 興奮なさっておられる。


「なーんか、不思議な人ね? 少なくとも、ジョナサンよりはまともだった気がするなあ」


 マンサの感想は俺も同感だった。

 なんだろう。差別意識みたいなのが弱いのか? いわゆるリベラル系の天使なのか。


「オドマ、今度は私もファミリオンちゃんに乗せてね。マンサちゃんは乗ったっていうじゃない」


「分かった、分かったからママン落ち着いて。そんなにミーハーだとは思わなかった……!」


「だって、集落では毎日が代わり映えしないもの」


「そうか……。よし、じゃあママンを乗せてドライブしようじゃない!」


「やったあ!」


「なーんかねー。あの親子って、ねー」


「ねえ。べったりすぎよね。ここは私たちでオドマをマザコンから目覚めさせないと……」


 そのマザコンと言う濡れ衣も晴らさねばならんようだな。

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