第43話 子供はお菓子で買収する

「ちょ、ちょっとオドマ、どうしたのっ」


 焦った顔のママンが俺に引っ張られている。

 オギャアだった頃とか、ガキの時分はママンがでかく見えたもんだが、こうして改めて向かい合うと、もう背丈は俺のほうがちょっと高いのだな。

 時の流れというものは早く、そして残酷である。

 うむうむ。


「うん、やんごとなき事情で、ママンを一人で置いていけないわけだよ。ということでルーサーの後を追ってみよう」


「もう……。お母さんは心配しなくても、他の男の人には興味ないのよ?」


 ジブリールとマンサが、大変微妙な顔をしてついてくる。

 ボブの姿は消えていた。

 きっと集落の女の子たちに粉をかけに行ったんだろう。


「ねえ、明らかにオドマって……」


「マザコンだとは思うんだけどね……? でも、アジョアさんって異常なくらい若作りでしょ?」


「シスコン……?」


 不穏なことを話していやがる。

 うるさいぞ外野。




「ああ、ルーサーさんかい? あの人なら広場で子どもたちの相手をしているよ」


「なんと、子供を毒牙にかけようとしているのか」


 俺は憤慨した。

 弱いところから狙うとは、戦術の基本だが、外道め!


「ねえジブリール、どうしてルーサー? は一人でここにきてるの? オカネモチなんでしょう?」


「ああ、それはね、彼はベイン家で唯一の異能者なの。翼のユニットなしで魔術を行使できて、しかもその力は魔術という次元を超越している。これを、私たちの世界では奇跡ジ・アーツと呼ぶわ。でね、奇跡を使える天使が、私を含めて十七名いるの。これは全世界での数。あとはオドマが例外中の例外だけど、彼が使っているのも奇跡ね」


「ふんふん」


 ジブリールは話が長いな。


「奇跡の使い手は、天使としても格別の能力を持っているとみなされるのだけど、時々今みたいに七大天使の空座をかけて戦いが行われるの。で、参加者はあまり俗世の権力などを使ってはいけないと決まってるわけ」


「へえ、なんで? オカネモチだったら、お金を使って戦っていいじゃない」


「それじゃあ、その天使の本当の強さがわからないでしょ?」


「ああ、そっか」


「だからま、ルーサーは彼なりにフェアに努めてると言えるのよね。洗脳って言っても、なんだか明らかにおかしいし」


 一理ある。

 俺たちは広場に通じるところから、家の影に隠れつつそっと覗いてみる。

 おお、袋を手にして何か配っていやがる。


「はっはっは、子どもたち、これは都会のお菓子だぞう! お菓子をもらう時はどう言うんだったかな? さあ教えたとおりに言ってご覧!」


「ありがとうルーサーさん!」


「ありがとうルーサーさん!」


「ありがとうルーサーさん!」


 うおー。

 集落のガキどもが教育されてしまっている……!

 お礼を言うようなレベルではない、かなりの未開さだったはずだが、どうやってあそこまで教えこんだというのだろう。

 あれか。

 洗脳か。


「まあ、みんな礼儀正しくなったのね。礼儀っていうのも、ルーサーさんが教えてくれたのよ」


 ママンはニコニコしながらその光景を見ている。

 これはあれだ。思ったよりも好感度高いんじゃないか?

 くっそ、ルーサーめ、もっと悪役っぽいことをしろ!


「ははははは! さあ子どもたち、受け取るがいい!」


 奴は傲慢に胸を張りながら、一人ひとりに袋から棒状の焼き菓子を手渡している。


「また明日もこれが欲しかったら、私の命じた労働に励むのだよ」


「はい、ルーサーさん!」


 何、労働だと!?

 聞き捨てならんな。


「待てえ!」


 俺はバーンと登場した。


「あっ、オドマだ!」


「オドマ帰ってきたんだね!」


 こいつらは、俺よりもずっと年下のガキどもだ。まだ狩りに出るような年齢でもないから、集落の中で遊んでいる。ただまあ、一人でいると怪鳥にさらわれたりするから、基本集団行動だ。


「うん、帰ってきたよ。バーコは留守みたいだね?」


「狩りだよー!」


 ということで、軽いコミュニケーションを終えた俺は、ルーサーに向かい合う。


「聞いていたぞ。こんな子供に労働をさせて、お菓子で釣っていたのか。なんてことをするんだ!」


「ふっ、労働の対価にお菓子をあげる。彼らは集落では得られぬお菓子のために、私の命じた労働をこなす。Give and Takeの関係じゃないか。何がおかしいというんだい?」


「こいつらがそんな難しいことを理解して仕事をするとは思えないからね。あんたの能力か何かを使ったんじゃないの?」


「ああ、使っていないといえば嘘にはなるね」


「それは許せないって言ってるのさ」


 俺はガキどもを守るようにルーサーの前に立った。

 今度は逃げる気配もなく、ルーサーは不敵に笑いながら、俺を見据える。


「だったらどうしようと言うのかな」


「ぶっ飛ばす、とか?」


 俺とルーサーの間の不穏な気配を感じ取ったようで、首を傾げるママンが、ジブリールとマンサに両腕をがっしり掴まれて連行されていく。

 それを確認しつつ、俺はガキどもに手振りで下がるように命じる。


「オドマ、ファミリオンを呼ぶんだな!」


「すげー! 目の前で見るの初めてだー!」


「下がれ! 下がって下がって! 危ないから!」


 うむ、言って聞かせないと分からん連中だ。

 わーい、と下がっていくが、目線は俺たちに釘付けだ。

 こらルーサー、何を手を振っているんだ。

 かくして、ようやく邪魔するものがいなくなった広場。

 俺の手にファミリオンのキーが出現した。

 同時に、ルーサーの手にもキーが出現する。

 やはり、こいつも俺やジブリールと同じ、偉大なる分体グレートアバターの使い手か。


「ファミリオン、イグニッション!!」


 俺の叫びに答えて、晴天の空が一面にかき曇る。

 天空から放たれた稲妻が俺の背後に突き刺さり、その輝きの中から出現するのは、青い愛車ファミリオン。


 そして、ルーサーもまた。


「イェグディエル、テイク・ア・クルーズ」


 クルーズ!?

 奴の言葉に応えるように、大地を突き進んでそいつは現れた。

 それは、モーターボートだ。

 地面をまるで海のようにかき分けながら、船が乾いた大地を走ってくる。

 赤と青と白、トリコロールカラーの船。

 そして青いファミリオン。

 地上と海を本来の戦場とする二つが、今、未開の大地でぶつかり合おうとしている。

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