第16話 怪獣ゴモラー討伐1

 ゴモラーという単語が出てきたな。

 アレに関しては、アビスでたまに発生する怪物の類だと言う事しかわかっていない。

 たまに発生するのに、その詳細が曖昧なのには理由がある。

 それは、こいつはとんでもなく臭いのだ。

 馬鹿でかい土の山があり、そいつに目や口がついて動き回る。時折その中から、象やキリンやライオンの頭や足が出てきて攻撃してくるのだが、まあ、そんなインパクトを消し飛ばすくらい臭い。

 まともに出会うと臭さのあまりぶっ倒れてしまうので、記憶までぶっ飛んでしまうと。

 そう言う事だ。


「そういえば、あんた臭いね」


「命からがらゴモラーから逃げられたのが俺だけだったのだ。みんな臭さにやられてしまった」


 そう、人は臭すぎると死ぬ。

 俺は部族の年寄りからゴモラーの話しを聞くたび、「臭い死」という言霊を連想した。


「だけど、ゴモラーは放って置くとまた土に溶けていなくなるって聞いたけど?」


「それが、あれは別物だ。まるで小山ほどもある大きさなんだよ! あんなでかいゴモラー、見たことも聞いたことも無い!」


 なるほど、いつもなら土の怪物という印象のゴモラーが、今回はサイズ的に怪獣と言うわけだ。

 怪獣ゴモラー。

 むう、何か聞いたことがあるような。


「あまりに臭くて、周りの動物がみんな逃げ出しちまう。これじゃあ狩りはあがったりだ!」


 男の言葉に引き寄せられてか、うちの部族の連中も集まってきた。


「でかいゴモラーか! そりゃあきついな……!」


「ゴモラーが出るなんて、十巡り以上経っておるからなあ。久々じゃあ」


「ええと、昔はどうやって退治したんだ?」


「んー、どうだったかのう。放って置いたらいなくなった気がするのう」


「それじゃあダメじゃないか」


 やってきた者の中にいた老婆が首を捻っている。

 彼女は、部族のしきたりや記録を口伝で伝える役割を担っている。

 役目はその娘、そして孫と受け継がれて、次の世代はなんとマンサが担うんだとか。

 この世界……というか、一般的なアビス人には文字がない。

 絵は存在するが、記録を永く残す為には口伝が一般的なのだ。


「わしもとんと、記憶が不確かでのう。今の代は娘に任せておるが」


「はーい、はい! 私! 私が今、お母さんから習っているところだよ!」


「おー、誰かと思ったらマンサじゃないか」


 獲物を解体するご婦人に混ざっていたはずの彼女が、颯爽さっそうと登場する。

 口伝を伝える役割の家の娘は、ある程度からだが大人になってきたところで、役割を受け継ぐ事になる。

 マンサは最近その勉強を始めたところなのだが、早速、得た知識を披露したくてたまらないらしい。


「ねえ、オドマ聞きたい? 聞きたいー?」


「あらあら」


 ママンが微笑ましげに笑う。

 俺はマンサにぎゅうぎゅうくっつかれて大変である。

 暑い暑い。


「暑いよマンサ。でも、知ってるなら聞きたいなあ。正直なはなし、真面目にゴモラーのことを聞いたことがなかったんだよね」


「よーし、教えてあげるね。ゴモラーはね……」


 遠目で俺に近い年代の男の子たちが羨ましげに見つめる中、俺の腕を取ったマンサは語り始めた。


「ゴモラーとは、土の怪物。

 遠い父祖の時代に生まれた、命をもたない怪物。

 集まり、溜まりに溜まった汚れが、恐ろしい力を得て動き出した怪物。

 きれいな土や虫を食べて、体が乾いて崩れてしまうまで動き続ける。

 気をつけよ。

 強きゴモラーは長い時を動き回る。

 乾いて崩れるには、長い長い時間がかかる。

 大いなる火と、熱を使い、かの怪物を乾かしてしまうのだ。

 ……だって」


「ほー」


 昔にも、大きなゴモラーが出てきたらしい。

 その時は大変だったんだろうな。


「大いなる火か。確か、オドマが考えた窯みたいなのを使えばいけそうか」


「ああ、鏡石ね。あれは熱を跳ね返すけど、でも持っている手も熱くなるから使い方を考えないと」


「え、持ってくのか? ゴモラーを窯の中に入れてしまえばいいんだと思っていた」


「どうやって大きな窯を作るんだ! あの小さい窯だって大変だっただろう」


 集落の連中がわいわいと相談を始めた。

 彼らも、滑車や窯に触れて、だんだん文明的にものを考えるようになってきた。


「ま、俺たちにはオドマがいるからいいか」


「そうだな、オドマに任せればいい」


 おいおい!?

 俺は慌てて立ち上がった。


「いやいや、いくら僕だって、無理なことはあるよ!? 全部頼りにされても困る!」


「えー? だってオドマは神の子だろ? 巨人を呼べばいいだろ」


「巨人だって臭いのはいやにきまってるだろ!」


 俺が言うと、みんなハッとした顔をした。


「た、確かに大きくて強くても、臭いのは苦手かもしれないな」


「俺たちも臭いのはだめだ」


「だけどどれくらい臭いんだろうな」


 基本的に、メクトの部族の連中は善良である。

 俺がよければ他はどうでも……的な考え方はしないで、それなりに相手の身になって考えることができる。

 アビスは世界的にヒャッハーな考え方が横行している。

 実りの季節にはあるだけ食べ、なくなったらそのまま餓える。

 保存食は作るのだが、作った端から食べる。

 よその集落から保存食などを分けてもらうと、すぐに食べる。そしてお代わりを要求する。

 獲物はあるだけ取る。

 狩り尽くすこともままある。

 そして餓える。

 餓えたらどうするか。略奪である。

 他の集落を襲い、食べ物を奪おうとする。食べ物ばかりではなくて、女たちも奪おうとする。

 で、あまり食べてない連中が強いはずも無いので、襲ってきた連中は撃退されて死ぬ。

 そして集落は衰退して、近くの部族に吸収されて……。

 今度は部族が大きくなってくると、内部で権力闘争が起こって分裂する。

 そしてまた部族が増える。


 これがアビスの一般的な部族、集落の構造だ。

 だが、メクトとそれを取り巻く部族は、それぞれ穏健派が集まっている。

 他人のものを取る事はしないし、食べ物を保存したり、先のことを考えた運営をしている。

 というのも、メクトの源流である部族がもう少し東に住んでいるのだが、彼らが遊牧民なのだ。

 牛を連れて乾いた草原を渡る彼らは、家畜が財産だ。

 みなが財産を持ち、これを人から奪う事を禁じている。

 ということで、この部族から別れたメクトは同じように、モラルと呼べるものが存在している。


「よし」


 若者のリーダー格である男が決断した。


「みんなでゴモラーを見に行ってみよう。ちょうど狩りも終わったし、しばらくは暇になるしな」


 そう言う事になった。

 俺たちの部族は、ゴモラーを野次馬しに出かけていくのだ。

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