第17話 怪獣ゴモラー討伐2

 遠方からゴモラーなるものを見てみる。

 ほうほう、あれか。

 あれはでかい。

 確かにでかいぞ。


 こちらの世界には無いが、六階建てのビルと同じくらいの大きさがある、こんもりと盛り上がった土の塊が、ぬぞぞぞぞ、と動いていくのである。

 土の塊の表面には、目玉らしきものや、乱杭歯をむき出しにした口らしきものが浮かんでは消えている。

 一応、腕らしきものもあるようだ。

 あれはいやだのう。

 結構な距離を取っているはずなのに、こちらまでその臭さが漂ってくる。


「本当なら、大きさは大人の男ほどなのよ。あれは異常」


 口伝の女の末裔たるマンサが伝えてくれる。

 今回、ゴモラーに対する詳細な情報を持っているのは口伝の女だけだという事で、その中で一番の若手たるマンサが同行することになった。

 これは重大な仕事だぞ、と族長や女たちがマンサを激励するが、俺は知っている。

 マンサの内心は、初めて外出できる興奮でウッキウキのはずだ。

 女は、他の集落に嫁入りする時以外は、あまり外に出ることができないからな。


「それにしても、でっかいねえ」


 しみじみと言うマンサ。俺の腕を抱いていて、それをぎゅっと抱き寄せる。

 うーむ、胸板にコツンと当たるんだよなあ。


「くそっ、なんでオドマばっかり!」


 バーコが憤然としている。

 なんだお前、マンサに気があるのか。安心せよ。俺は大人だからまだ少女になりかけのお子様には興味は無いぞ。

 だがそんな事を言っても信用してはくれんだろうな。

 何せ今の俺も外見はお子様だ。


「しかし……どうやってあれをやっつけたものかなあ」


 俺の呟きが、部族みんなの懸念だった。

 あんなにでかいのでは、大きな窯を作って追い込むなんてとても無理だ。

 かと言って、例え乾季でもあれほどの大きさの怪物を自然乾燥させるには、どれだけの時間が必要か。


「マンサはどうしたらいいと思う? こんな時、口伝ではどうなってるんだ?」


「オドマがねえ、青い巨人を呼んでババーッとやっつけちゃえばいいのよ」


 マンサの答えは単純明快だった。

 他力本願。

 あー、そ、そうですか。

 この世界の人々、明日できることは明日やる主義である。

 大変暑い世界なので、基本的に暑さを避けてだらけることが多い。

 人がやってくれると言うなら、全部お任せてしてしまう。

 やってくれそうな人がいるなら、全部お任せしてしまう。

 こればっかりはメクト部族も一緒なんだよなあ。


「あのね、マンサ。全部他人に頼ってばかりだと、だめな大人になるぞう」


「ええー? だって、お母さんもおばあちゃんもそうだよ?」


 純粋な瞳で俺を見つめながら言うのだ。

 うーむ。この問題は根深い。

 多分DNA単位で染み付いているぞ。


「だって、オドマ以外にゴモラーをやっつけられる男の人なんていないし」


 これを聞いて発奮したのは、俺と同行してきていた男どもである。

 メクトの男たちは、だらけたり面倒ごとを他人にお任せするのが得意だが、プライドだけは高い。

 特に、女に関するプライドは大変に高い。

 標高5,895mのキリマンジャロくらい高いだろう。

 しかもマンサは、アビス人基準でいえばかなりの美少女に育ってきている。

 まだ胸も無い幼女と少女の間の年齢だが、彼女を嫁にと狙っている男の多いこと。


「なんの! 俺だってやれるところを見せてやる!!」


 あっ、バーコが走り出した。


「俺も!」


「俺が!」


「俺こそ!」


 どやどやと、槍や弓矢を持って走っていく。

 勝算があるのだろうか?

 あるわけがない。

 あるのは、マンサを侍らせる俺なんかに負けたくないという、男としての譲れないプライドだけだ。

 勝てないと分かっていても、挑まなければならない時が男にはあるのだ。


「うわーだめだー」


 あっ、全員やられた。

 そもそも近づいたところで、猛烈な臭さにやられてそれ以上一歩も動けなくなってしまったようだ。

 これはいかんなあ。


「オドマ、お願い!」


 なんかうるうるした目で俺を見つめるマンサ。

 お前自分の武器って奴を分かってきてるな? 

 だが残念だったな。俺にはお子様のお色気など通用しないぞ。

 いてっ、腕を抱き寄せても硬くて痛いだけだって。


「オドマ、頼む! 彼らがやられたら、狩りに差し支える!」


 一緒に来ていたバニおじさんが頼んできたので、俺は重い腰を上げる事にした。


「ではおじさんに免じて……」


「ええーっ!? 私ってバニおじさん以下!? もしかしてオドマって男の人が好きなの!?」


「そんなことはない!」


 俺はマンサの疑惑をきっぱりと否定。

 立ち上がると、五年ぶりに例の鍵を召喚する。


「久々に行くぞファミリオン。イグニッション!!」


 イグニッションキーなのでイグニッションなのだが、まあなんか響きがかっこいいから声に出しているだけだ。

 俺の手の中に出現したキーが、空間に生まれた鍵穴に差し込まれ、エンジンがかかる。

 雷鳴と共に、我が愛車ファミリオンが登場した。

 今回はファミリオン、到着と同時に変形した。


「話が早いなあ」


 俺の想定では、ファミリオンは使うものの、部族のみんなとの連係プレーでこの怪獣を仕留めるつもりだったのだ。

 だが、部族の男たちはマンサに引っ付かれている俺に嫉妬して怪獣に特攻し、戦う前に敗れ去った。


「全部俺がやるのはいかんと思うんだがなあ……」


「オドマ、がんばれー」


 マンサの無責任な声援を受けつつ、俺は愛車と二度目の合体。ファミリオンに乗り込むと、座席は十歳になった俺にちょうどいいくらいのサイズになっていた。


「さて、まずは……拳を」


 じっとゴモラーを見る。

 大きくて臭い土の塊。

 茶色くて、物凄い臭いだ。

 こう……何かを連想しないだろうか。

 そう、あれだ。排泄物的な。

 触るのはやめておこう……。


 俺は以前にガブリエルと戦った時のイメージをする。

 手のひらに集中し、武器を作り出すように……。よしよし。雷が集まって、銃になる。

 引き金を引く。

 空気を焼きながら、雷撃の弾丸が飛んだ。

 ぼっ、ぼっ、と土塊の表面が波打った。

 それだけだった。


「……うーん」


 ゴモラーは攻撃を受けたことで、俺を認識したようだ、こちらを振り向いて、のそのそ近づいてくる。


「うーん」


 俺はシフトをRに入れ、後退を開始する。

 順調にバックしている。まったりとした速度だが、ゴモラーはのろいので追いついてこない。


「あれは無理なんじゃないかなあ」


 俺はあきらめた。

 あきらめようとした。

 第一、俺がここまでやってやる義理があるのか。

 いや、集落で世話になっているわけだから、部族の為には義理があるんだが。

 このまま放って置いて、万一ゴモラーが集落を襲ったらちょっと目も当てられないかもしれない。

 ママンに被害が行くのはいやだな。

 おっ、なんか俺のこの思考はマザコンみたいだな。


「……しゃあない。ママンのために頑張るか」


 ウィンカーをピカピカさせながら俺は横に曲がった。


「ええと、もっと、もっと強い武器……」


 考えていると、ハンドル脇が突然展開した。

 そこから出現したのは、


「あれ? カーナビ? そういえば……今までついてなかったよな」


 俺がホームセンターで購入した、東南アジア製のカーナビである。

 だが、その画面は見慣れた地図を映し出してはいない。

 Directダイレクト・ignitionイグニッションという文字だけが、液晶の中に点滅している。


「イグニッションでファミリオンが来たんだから……これは……」


 考え込みながら、液晶をつついた。

 すると、文字がピコーンとばかりに輝いた。

 えっ!? タッチパネルだったのか!? そんな高機能のカーナビ持ってないぞ!!


 だが、俺の思考をよそに、ファミリオンの背後で空間が開く気配がした。

 一面に空が掻き曇る。

 これは、俺が最初にこいつを召喚したときと同じ。

 そこから、一条の稲妻が大地を撃ち……。

 稲妻の中から出現したそいつがこちらに向けて疾走してくる。


 げえっ、お、お前は俺をはねたトラック!!

 そいつは疾走しながら、全身のカラーリングを変える。ファミリオンに近いブルーだ。

 そして、奴はいきなりつんのめった。

 フロントグリルを地面に押し付けるようにして、後部のコンテナを浮き上がらせたのだ。

 同時に、ファミリオンが跳躍する。

 待って。

 俺、何も運転してない。

 ファミリオンと接近したコンテナが展開した。そこには、ちょうど車が一台納まるようなスペースが。

 いつの間にか、トラックのフロントは足のような形に変形しており、展開したコンテナから翼のようなパーツと、巨大な腕が突き出している。

 ファミリオンが衝撃と共に、トラックの中央部に納まった。

 上から覆いかぶさるカバー。


『Great Sandalphon』


 そんな文字が、カーナビ液晶に躍った。

 なんだなんだ、これは。

 サンダルフォン?

 つまり、これは……あの時俺が、サンダルフォンから受け継いだ力だっていうのか?

 フロント部分に、映像が映し出される。視界の高度はちょうど、ゴモラーを見下ろせるくらい。トラックが人型になったとして、その頭の部分からものを見れば、これくらいの高さだろうか。


「ロボだこれ……」


 俺は呟いた。

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