第13話 いざ戦争……からの乱入者

「ときに族長、勝算はあるの?」


 俺が問うと、族長はうーむ、と唸った。


「あってもなくても、戦わねば部族の誇りがだな。それに、我が集落にやってきたンドマの男たちが帰ってこないとなれば、奴らも動かざるをえまい」


 うむ。

 これは負けるな。

 メクト集落の面々は、頭数こそいるが、なんというかほんわかした人々ばかりなのだ。

 俺がこの五年間過ごしてきて、日本と比較してもそれほど違和感を覚えなかったくらい、住民たちはおっとりしており、価値観も日本人に近い。

 人のものは盗まないし、オニャンコポン様が見ておられるからと人目が無くても悪い事は慎む。狭い集落だけの村社会だから、悪事を働いた事が露見するとあっという間に広まる。そんなわけで、世間の目というやつもある。


 だが、どうやら族長やバニおじさんの話を聞くと、メクトが特殊なのだと言う事に気づく。

 この乾いた大地である。

 雨季には地表の何もかもを押し流すような雨が降り、乾季には水の一滴すら残さず干上がらせるような日照が何ヶ月も続く。

 メクトは地下水脈の上に位置していたため、それを逃れる事ができた。

 今まで他の集落から侵略されないでいたのは、この集落周辺は、狩りをするにはやや不向きな土地柄であるためだった。

 近くに、ライオンどものハーレムが存在するのである。

 ちょっとした草食獣は連中が狩ってしまうから、遠出をしなければ狩りができないし、ライオンと遭遇する危険も高い。

 それに対して他の村は、草食動物の住処の近くだったり、森の近くだったり。

 水と狩り。


 このバランスの関係から、メクトは辛うじて侵略されずにやってこれていたのだ。

 そして、この集落の一番の特徴は、水を井戸から汲むこと。

 穴から水を汲み上げるというのが、他集落の連中にはイマイチ理解できないらしい。

 周りの部族は少々おバカなんだな。

 だが、俺が作った滑車を見て、地下から易々と水を汲み上げられることを知ってしまった。

 さらに、メクトの地下から見つかった塩水の水脈を見て、まあ多分あいつらは思ったんだろう。「うちの村の下にも塩水があるかもしれん」と。

 常識的に考えて、あるわけがないだろう。

 ところがそんなことを考えられない程度には、連中は論理的思考というやつと無縁なのだ。


 で、だ。

 そんな平和な暮らしをしてきたメクトが怒っている。

 肉が食べられない時は虫を捕まえて食べていた人々が怒っている。

 これは、侵略してきたンマドに対する怒りだが、何よりも、同族を傷つけようとした連中への怒りであり、そして。


「オドマが我々のために作ってくれた、滑車を奪おうとするとは、許せん!! これこそ、メクトの誇りを踏みにじる行為だ!」


 おおー! と賛同する一同。

 ウーン、これは止まりそうにありませんなあ。


「ママン、別に滑車ぐらいなら僕はいいんだけど」


「そうはいかないのよ。オドマは私の自慢の息子だし、部族にとっても自慢の息子なのよ。息子が部族のために、素晴らしいものを作ってくれた。これを暴力で盗み出そうとしたンマドは、絶対に許してはいけないわ」


 おお、ママンまで。

 なんというか、ンマドがやったことは部族の逆鱗に触れてしまったらしい。

 だが、この部族がいわゆる人食い人種であるンマドとやり合うのは分が悪いだろう。

 ここは、俺がやるしかないのではないか。

 なんとか流血を最小限にして、今回の騒ぎを収めたいところである。




 戦の準備は数日かけて整えられた。

 その後、ンマドからの反応はない。

 だが、時折狩りの獲物を交換に訪れていた、ンマドの人間がやってこなくなっている。

 あちらも何らかの準備を整えていると見ていいだろう。

 俺はと言うと、家に篭っていた。

 何をしていたのか。

 それはイメージトレーニングだ。

 ファミリオンは、デコピンで容易に人間を殺傷しうる。

 こいつはあまりにもオーバースペックなのだ。

 この時代の人間の争いに使うにはヤバすぎる。

 ということで、殺し過ぎない扱い方を身につける必要があった。


 そんな練習をしている暇もあればこそ、あっという間に運命の日がやってくる。

 メクトとンマドは、塩の取れる山で向かい合った。

 一触即発の空気である。

 ンマドはメクトが持つ滑車が欲しい。そして、殺された一族の仇を討ちたい。

 メクトは傷つけられた誇りを回復したい。仲間を襲った敵を許しておけない。

 一歩も譲れぬ部族同志の衝突である。

 本来なら子供はいられない場所だが、俺は特別だ。

 族長の横に立っている。

 ちなみに後方にママン同伴だ。族長は気遣いができる男だ。


 いざ、争いが起こるか、という瞬間。

 俺は今までイメージしていた通り、ファミリオンを呼び出して変形させる。

 出現した青い鋼の巨人に、ンマドは一気に総崩れになった。

 大きさ四メートルはあるような、ギラギラ輝く巨大な人型が現れたのである。これはンマドの連中の理解を超えていたらしい。

 これで一気に決着をつける……!

 そう思った時だ。


 ファミリオンが頭上を見上げ、辺り一帯に防犯ブザーを響き渡らせた。


 何かが……降ってくる。

 そいつは、いつの間にか上空を飛んでいた、音を立てない巨大な鳥から降り立った。

 いや、あれは鳥じゃない。飛行機だ。

 この世界にはないはずの文明のもの。

 で、飛び降りてくるのは、ファミリオンと変わらない大きさの、赤い巨人。


『その力、人が手にして良いものではない! プロト・ガブリエルが過ぎたる力を誅する!!』


 奴は降り立つなり、俺に向かってこう宣言したのだ。

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