第12話 故にヒャッハー

「げげえっ!? な、な、なんだあの怪物は!!」


 襲撃してきていたのは、ンマド集落の連中だろう。

 そいつらは滑車を解体……っつうかぶち壊し、勝手に持ち去ろうとしていた。

 それどころか、目撃者であるバニおじさんを手にかけようとし、あまつさえ駆けつけた俺……つまりいたいけな五歳児を殺そうとしたのである。

 これはもう、間違いないだろう。

 ギルティ!!


「ファミリオン! デコピンだ!」


 青き鋼の巨人へと変じた愛車が、エンジン音で答える。

 ハイブリッドではないファミリオンの駆動音は、腹に響く。


「ひいいっ!?」


「ええい、でかくても一匹だぞ! やっつけちまえ!!」


 おお、襲撃者どもが群がってくる。

 無知ということは恐ろしいな。

 連中やこのアビスの人々は、人間と動物しか相手にしたことが無い。

 だから、それらを超えた存在が現れると、それが何なのか理解できなくなるのだ。

 結果として、自分たちの中の常識で判断しようとする。

 人間で無いなら、相手は動物だ。

 動物なら、武器で殺せる。

 ばかめッ!


 俺の命令に応え、ファミリオンが機敏な動きで一人の男に迫る。


「は、はやっぶげらっ!?」


 鋼の指先が、目にも留まらぬ速度でデコピンを繰り出した。

 その一撃で、男の顔の顎から上が消し飛んだ。

 うひょお!?

 こ、これはちょっとオーバーキルじゃないのか!?

 俺にも予想外すぎる我が愛車の性能である。


「ゴンボがやられた!!」


「ま、まるでゾウに殴られたみたいに頭が吹っ飛んだ!!」


「ひい、きかねえ!! 槍が通らねえよう!!」


 俺はと言うと、目の前で人がグモって言う感じで死んだので、気持ち悪くなってそっぽを向いていた。

 いやあ。

 今思うとこれがいけなかった。

 俺はファミリオンに、「何人をデコピンで倒せばいいのか」という明確な命令を与えていなかったのだ。

 ってことで、俺の背中で虐殺が始まった。


「ぎゃぴっ」


「ぐぶえっ」


「おげっ」


「あべっ」


 …………。

 静かになった。

 恐る恐る振り返ると、ファミリオンがやり遂げた男の背中を俺に向けている。

 あー……。

 やっちまいましたかー。


 俺は惨憺さんたんたる井戸周りの光景にため息をついた。

 すると、槍やら石の矢尻が突き刺さった扉がガタガタ動いて、ひょこっと見知ったおじさんの顔が出てくる。


「おおっ……静かになったと思ったら」


 彼は襲撃者が全滅していることを確認すると、ふらふらと家から出てきた。


「オドマが全部やったのか!? す、すごいな……!!」


「いやー、うちのファミリオンがじゃじゃ馬で」


 俺は謙遜した。

 我ながら、ファミリオンがここまでやる子だとは思ってもいなかったのだ。


「それにしても、なんでこんなことになってたんだい? この人達、昨日の昼ころに井戸の滑車を見に来たはずなのに。うわー、ひでえ、壊されてる」


「ああ……」


 バニおじさんは難しい顔をした。


「こいつら、滑車を盗みに来たんだな。ついでに俺の家にあるものを取っていこうとして、邪魔だから俺を殺そうとしたんだ」


「えっ、なんだそれ!?」


 俺は飛び上がってびっくりした。

 俺は滑車の技術くらいいくらでも教えてやるつもりだったのに、こいつらなんで盗みになんて来たんだ。

 しかも盗むだけじゃなく、略奪したり殺したりしようとするとか。

 まるっきりヒャッハーな蛮人ではないか。

 あっ、そういえば蛮人だった。


「いや、しかしオドマ。俺たちメクトは特殊なんだぞ。今では人は食わんし、こうしてまじめに狩猟と採集で生きている。人から物を奪う習慣も無いしな」


「いやいやいやいや、ちょっと待とう」


 俺はバニおじさんの言葉に目を剥いた。

 何を言ってるんだあんたは。

 人を喰うとか奪うとか。


「ンマドの風習に、敵を食う風習があるんだ。そうすることで、優れた敵の能力をみんなが身につけることができるというわけだな。こいつら、恐らくこの滑車を俺が作ったんだと思ったんだろう」


「いや、だって僕が作ったって集落のみんなは知ってるでしょ」


「それでも、子供が何かできるとは思わないのが普通の人間だぞ。だからきっと、こいつらは俺を殺したあと、俺を食う気だったんだろう。もしかすると、見張りをしていた奴は殺されて食われているかもしれないな」


「げげえっ」


 なんだそれは。

 これはファミリオンに大虐殺させて正解だったじゃないか。

 隣り合う種族がそんな蛮族だったなんて、俺はママンから一言も聞いてないぞ!

 ……まあ教育上悪いから、母子家庭である我が家では俺に教えなかったのかもしれないが。


 そんなわけで、完全に日が登り切ると、バニおじさんのところに集落のみんなが集まってきていた。


「なんという事をしたのだ。ンマドの者たちめ、許さんぞ!!」


 族長がこめかみに青筋を浮かべて怒りをあらわにする。


「戦いだ!! 部族の誇りを守るために戦うぞ!」


「し、しかし族長、ンマドは戦いに慣れた部族だぞ。我らでは分が悪い」


「我らはここ幾つもの巡りもの間、戦をしていない。常に他の部族を襲って食らっていたンマドと戦うなど無謀だ!」


 何やら会議が始まってしまった。

 俺はというと……。


「オドマ!」


「オドマ―!」


 走ってきたママンにひしっと抱きしめられ、なんかドサクサに紛れてバックからマンサにむぎゅっとハグされた。

 うはは、俺ってもてもてで困っちゃうな。

 だが、そんな俺を他所に、なにやら集落はきな臭い方向に向かっていくのである。

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