第10話 アビスよ、これが滑車だ2

 さて、技術のレベルが低い世界で、どうやって滑車を作ればいいだろう。

 俺が作ろうとしているのは、井戸から水を汲み上げる際に使用する滑車だ。

 理想的にはこの塩味の井戸を大きく広げて、塩田を作ってこの井戸水から塩を作り出す事ができればいいのだ。

 今までは、部族が共有している山へ行き、岩塩を掘り出すほか無かった。

 だが、それじゃあ持って帰れる塩の量はたかが知れてるし、他の部族と共有しているのだから、取り過ぎるわけにはいかない。

 それでだ。

 岩塩ってのは塩の結晶がまんま取れるわけじゃない。

 もともと海だったところが隆起して、山や陸地になり、そこに塩が結晶化して残ってるわけなんだが、もちろんその中には砂やら石やらが混じっている。

 ある程度の技術があれば塩だけを取り出すのも容易だろうが、この未開ワールドでそんな技術があるわけがない。

 ってことで、塊を部族の倉庫に安置して、必要な分だけ削り落として、そこから毎度毎度土や石を取り除いて使う。

 もちろん完璧に不純物が取り除けるはずもないから、ここの料理……いや、料理ってほど大したものじゃないが、そいつはちょいとジャリジャリする。

 そんな世界に、割りと純粋な塩を取り出せる塩田が出てきたらどうする?

 これは一大事だ。

 生活が大変豊かになることだろう。

 我ながら、最初のボランティアとしては最高である。


 話は戻って、滑車を作るために、ファミリオンの予備タイヤを参考として貸し出した。

 集めたのは、怪我をして狩りにいけなくなった男たち。その数およそ六人ばかり。


「集まってくれてありがとう! この丸いやつを作る必要があるんだ。みんなの手を貸して欲しい」


「そりゃ、暇してるからやる分にはいいけどよ。こりゃあ一体なんなんだ?」


「これは滑車というんだ。これに蔓を巻きつけて、井戸水を汲み出す時の助けにするんだよ。でも見本がないから、まずは一つ作ってみて試してみよう」


 俺はここに、幾つか井戸を掘る予定だった。

 ちょいちょい汲み上げたくらいじゃ、地下水だって簡単には枯渇しないだろうし。

 そのためには滑車がいくつもいる。


「ねえねえ、何がはじまるの? わたしも手伝えることない?」


「そうだなー。マンサは男の人達にお弁当をつくってくれ」


「はーい!」


 物珍しさに見物に来ている連中もいる。

 大体は子供連れの女たちだが、そのうちの何人かはマンサと一緒にお弁当を作りにいったようだ。


 滑車の加工が始まる。

 それなりの大きさの木の幹が必要で、乾いたこの大地に、そんな木はなかなかない。

 本来なら木の桶に加工する切り株をもらってきて、こいつを使うことにする。

 加工に使う道具は石器だ。

 切れ味は目も当てられないレベルだが、この集落の刃物はこれしかない。

 ってことで、こつこつこつこつと削ることにする。


「うひい、細けえ……! もうだめだあ」


「目が、目がぁぁ」


 ちなみに集落の男どもは基本的に、狩りと大雑把な加工に特化している。

 目も、遠く離れた獲物を見つけるために適応してるわけだ。あれだ。アフリカのとある部族の視力が6,0あったとかいうのと一緒だな。

 ってことで、一時間もやると、男どもは眼精疲労と精神的な疲労でダウンした。

 だらしがない奴らめ。


「やっぱり細かい仕事は男じゃだめねえ」


「あたしらがやろうか、オドマちゃん」


「よーし、たのむよ!」


「オドマのためなら母さんがんばるわ」


 あっ!

 ママンまで協力してくれるのか。

 集落の若い女性陣が集まってきて、石器を手にしてコツコツ滑車を削り始める。

 おお、男たちとは打って変わって細かい仕事だ。

 彼女たちは、腰みのを作ったり、マロ芋をすって粉にしたり、根気のいる細かい作業に慣れている。

 案外こういう手工業風のは、彼女たちのほうが得意かもしれない。

 ちなみに俺。


「オドマ、お弁当作ったよ! これ、わたしが丸めたパン!」


「うおお、ご馳走じゃないか! ……ブッサイクなパンだなー」


「み、見た目は悪いけどおいしいんだよ!」


「ふむっ……ん、ちゃんとパンだ! うまい」


「えっへん」


 マンサお手製のお弁当を食べたりしているのだが、まあ五歳児が手伝える仕事は無いよな。

 あっ、ママンはなんで俺たちを見て嬉しそうにニコニコしているのだ。

 違うからな。

 俺は幼女と仲良くしてニヤニヤするようなタイプでは無いのだぞ!

 ええい、親子でなければママンが一番タイプだというのに。


 そんなこんなしていたら、日が傾く前頃に滑車が完成した。

 なるほど、タイヤを参考にしているだけあってなかなか丸い。


「こんなに丸く作るっていう考えが無かったわね」


「変わった形になったよね、どうするんだいこれ」


 女性たちがわいわい尋ねる中、俺はこれからの作業を指示する。


「これで、ちょうどタイヤの真ん中の印と同じ所に穴を開けて……こうゆうふうに枝に印つけて、どこか真ん中か分かるようにして」


 俺が作業したところに、穴を開けてもらった。

 なんとか石器をグリグリ回して、穴の凸凹を取ってもらう。

 そこになるべく真っ直ぐで上部な棒を通して……。やっぱり丈夫な枝で作った、一対の先端Y字っぽくなった棒に設置するのだ。


「案外、手間がかかるのね……」


「何が起こるのか見当もつかないわ」


 きゃっきゃうふふとおしゃべりしながら、女性たちが滑車を通した棒を設置する。

 既に蔓ロープが巻きつけられていて、先には桶がついている。

 

「それっ」


 勢い良くドボーンだ。

 桶が着水した音を確認する。


「ママン、こっちの逆側の蔓を引っ張ってみて」


「え、こっちを引っ張るのね。どれどれ。あら」


 女のママンの腕力でも、するすると蔓を引っ張れる。

 この世界の女性は割りとパワフルなんだけど、やっぱりそれでもいつも狩りをしている男よりは弱いのだ。

 だけど……。


「人って、下にあるのを引っ張り上げるより、こうやって上にあるのを下におろしたほうが楽に力が出るんだよ。だから滑車があれば、ママンみたいな女の人や子供だって井戸で水が汲めるわけ」


「なんと!! 本当だ、力が全然いらんぞ」


 感じ的にまだ凸凹が多くて、ガタガタする滑車である。

 だが、直接腰を曲げて、水の入った桶をロープで引っ張り上げるよりは随分楽だ。なにせ、滑車は背筋を伸ばしたまま桶を引き上げられるのだ。


「すごーい!」


「水汲みが楽ー!」


「ねえねえ、これ、集落の真ん中の井戸にも作りましょうよ」


 わーっと騒いでいると、狩りに行っていた男たちが戻ってきた。


「何を騒いでるんだ?」


「それがね。オドマが凄いものを作ったのよ。水を簡単に汲めるの……!」


 かくして、メクト集落での水汲みは重労働ではなくなったのである。

 この滑車は俺の名前をとって、「オドマの丸木」と名付けられた。

 滑車だってば。

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