第7話 旅立ちまでのモラトリアム期間

 ……ということで、俺は羽が生えた連中が暮らす町に行く事になった。

 どうやら、少なからずアビス人も暮らしているらしいし、俺のような混血も多いようだ。

 つーか、アビス人だけが暮らしていたところにいきなり連中がやってきて、無理やり入植してきたわけである。

 現地の住民がいて当たり前だ。


 だが、俺は年齢的にいささか幼すぎるらしい。

 確かに、俺の肉体年齢はまだ御年五歳である。

 クリストフとか名乗った羽ありの白人に言わせると、南アビス地方の学校は、全寮制。

 俺があと五年ちょっとしてでかくなった頃に迎えに来るということなのだ。

 

「なーんだ。オドマまだこっちにいるんじゃない。よかったー」


 マンサが胸をなでおろしている。

 なんだなんだ。

 俺はこのちびっこに懐かれているのだろうか。

 いや、肉体年齢的には同い年なのだが。


 さて、猶予の時間が出来た所なのだが、さぼっていては元も子もない。

 ここは町に出た時、就職先などにアッピールできるポイントを作るチャンスである。

 やはり、就職前は何をしていたのか。

 常にアピールできるのは、ボランティア活動だろう。

 ということで、俺は齢五歳にして部族のために活動を始めたのである。


「ママン、僕はみんなのためになることをしたいんだ。何か困ってることはないかな」


「まあ、オドマ。あなたはそんなに小さいのに、もう立派なこと考えているのね。私はびっくりしたわ。ええとね、ちょっとまってね」


 ママンは十代で俺を産んでいるので、まだまだ実に若い。

 正直ストライクゾーンど真ん中なのだが、いかんせん、俺のママンである。

 口説くわけにはいくまい。


 ママンは家の力を借り、集落で困っている人がいないかどうかを探ったらしい。

 とは言っても、この世界の人々の感覚は実にゆったりしている。

 直ぐに結果は出なかった。

 その間俺は何をしていたのかというと。


「ねえねえオドマ、遊びに行こうよ。集落のはじっこに猿の子供がきたんだって」


 マンサが俺を遊びに誘いに来る。


「あらオドマ。すっかりマンサと仲良しなのね。お弁当作ってあげるから、一緒に行っておいで」


 ママンが俺とマンサに、マロ芋のパンを焼いてくれる。

 芋を轢いた粉は常備してあるが、普段はこれをそのまま食ったり、葉っぱで巻いたり、肉に載せて食う。

 特別な時は、これを水で練って、土の鉢に入れて焼く。

 すると、なんかぼってりしたナンみたいなパンが出来上がる。

 すっかりこの世界の貧しい食事に適応した俺にとって、こいつはちょっとご馳走だった。


「わあい、パンだー!」


 マンサもご馳走にテンションが上がる。

 二人でパンを包みにして、中に木の実や豆を干したやつを入れて背負っていった。

 薄くてでかいので、食べる前は風呂敷みたいな役割も果たすのだ。


「マンサと仲よくね」


「もちろん」


 大人としていたいけな幼女は守ってみせますよママン。

 決して性的な対象ではありませんからね。

 だからそうやって、俺とマンサをくっつけようとするのはやめてくれ。


 集落から一歩外に出ると、そこは野生の世界。

 ハイエナやチーター、ライオンといった肉植物のみならず、ガゼルやヌーと言った子供から見れば大きな草食動物も大変危険だ。

 そんなわけで、集落は土と木で作られた柵に囲まれている。

 子どもたちが行っていいのは、この柵の近くまでだ。柵には棘が埋め込まれていて、簡単には登れないようになっている。

 裏側には返しがついているから、万一登って外に出たら、戻ってくることも出来ない。

 年に数人、悪戯っ子が外に脱出して、そのまま永遠に戻ってこないそうだ。

 大自然って怖い。


「こっちだよ、猿の子供がいるの!」


「ほうほう」


「オドマったら夜の鳥みたい。ほうほうって」


 この世界にもふくろうがいるのか。

 まあ、生きてたらそのうち会うだろう。

 俺はマンサに手を引かれて、そこにやってきた。

 おお、なんかいる。


 集落の外れには、木材や泥を固めた煉瓦なんかが詰まれている一画がある。

 この煉瓦の上に、マンサが言う猿の子供が確かにいる。

 集落に迷い込んできて、出られなくなったんだろうか。


「ね、いるでしょ?」


「ほんとだ。お猿かー。この世界の猿って紫色なんだなー。羽も生えてる」


 羽っていうかコウモリの翼だな。

 なんともうこうやってみると、


「かわいー」


 いや、禍々しくないあれ?

 だが、小猿はその恐ろしい外見に見合わぬ、とぼけた仕草で、


「ウキッ?」


 とか言いながらこっちを見た。


「ムキキ、ウキー」


「何だお前、パンが欲しいのか」


「ムキャホ、ウキャア」


「え、違う? 木の実?」


「ムイムイ」


「なんだお前パントマイム上手いなー。いいよやるよ」


「ウキャー」


 交渉成立である。

 俺は木の実を小猿にやる。すると、奴は俺に何かキラキラ輝く石をくれた。

 なんだこりゃ。


「きれいー」


「そう? じゃあマンサにあげる」


「ほんと!? ありがとう! ずっと大事にするね!」


 んっ、なんかフラグを立てた気がするぞ!

 俺とマンサと小猿がならんで飯を食う。

 ゆったりと時間が流れていく。

 あっ、そろそろ夕方じゃねえか!

 無為な時間を過ごしてしまった!!


「オドマー!」


 俺の名を呼ぶ奴が走ってくる。

 あいつはバーコだ。


「オドマ、困ってる人をさがしてるって聞いたぞ」


「おう、探してるぞ」


「困ってる人いたぞ」


「お、だれだ」


「太陽が沈む方に住んでるバニおじさんが、井戸の水がしょっぱくなっちまって困ってるって! 助けてほしがってたぞ!」


「おっ、それだ!」


 第一ボランティア対象発見である。

 だが、今日はもう遅いので、明日行くことにする。

 五歳児はもう家に帰る時間なのだ。

 ということで、俺たちは家に帰った。

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