第6話 羽のある人の来訪
さて、俺の家柄だが、メクトという部族のなかなか大きい家なのだとか。
この世界の人間たちは、国を作っておらず、それぞれ部族という集まりを作って交流を持っている。
時々、男や女をやりとりして、血が混じるようにしているようだった。
俺の母親はメクトの生まれだったが、嫁に出る前に、この部族に現れた羽のある人とやらに見初められ、俺を身ごもったのだそうだ。
で、羽のある人は俺が生まれる前にどこかに行ってしまったと。
なんたる無責任であろうか。
羽のある人は、この世界をアビスと呼んでいたらしい。
つまり、俺たちはアビス人ということになる。
羽のある人はこの世界に入植してきており、山を幾つか越えたところにあるという、大きな水に面した大地でアビス人の土地を奪い、町を作ったらしい。一つの部族が集まって暮らすのは、せいぜいが集落と言う程度の広さの集まり。
狩猟と採集で生活をしているので、あまり人間が密集していると食料で問題が起こるのだとか。
それでも、時たま別の部族の集落を略奪の為に襲撃するばかものたちがいるらしい。
何もかも、~らしい、という伝え聞きのみ。
本当なら俺が実際に見に行きたいのだが、いかんせん、まだまだ肉体的には幼い子供なので、外に出してくれない。
ということで、今日も今日とて、悪ガキどもとのバトルを繰り広げているところだ。
「どうだ、バーコ! ギブアップか! ギブアップか!」
「うおおお、ぐおおおー!!」
俺が仕掛けた足四の字固めに絡め取られ、激痛にのたうつバーコ。
だがさすがはガキ大将、これしきの痛みではギブアップしない。激痛に顔をこわばらせながら、張り巡らされた蔓のロープへ手を伸ばし……。
「ろ、ロープだっ」
「くっ、こらえられたか!」
俺がブレイクして立ち上がる。
これは、俺が考案した事になっているプロレスごっこである。
槍などで殴り合ってはすぐに怪我をするし、打ち所が悪ければ死んでしまう。
それに俺がカッとなると鋼の巨人が降臨し、今度はこの集落が更地になるかもしれない。
俺はそんなうっかりで、部族の連中やママンやマンサを手に掛けたくないのだよ。
その点、ルールに守られ、肉弾戦のみをよしとするプロレスならば、武器を使うよりは死なない。
槍は狩りの練習で使えば良いのだ。
始めはルール無用の残虐ファイトをしていたバーコたちだったが、俺がクリーンファイトで叩きのめしているうちに改心し、今では立派なベビーフェイスのレスラーとして育っていた。
つまり、俺は悪ガキどもと和解したのである。
やっぱり男の子は、殴りあうと結構分かり合えるな。
「バーコ、タッチ、タッチだ!」
「よっしゃー!」
タッチで、バーコに替わって新たな悪ガキがリングインする。
この遊びはメクトで流行り始めていて、最近では大人たちも俺たちの試合を見に来る。
「その技面白いな。今度ヌーに試してみるか」
俺がカーフブランディングで悪ガキを沈めていると、その技に大人が興味を持ったようだ。
ヌーというのはこの辺に住んでいる野牛の事。
普通は槍で狩る。
危ないので素手で挑むのはやめて欲しい。
ちなみにこの即席リングなら、集落の中に生えている枯れ草を集めてクッション効果を持たせているので安全だ。
「オドマー!」
可愛らしい声が俺を呼んだ。
「マンサじゃん」
「なんかオドマ呼んでるぜ」
「なんだなんだ」
俺が見慣れたパイナップル頭のところに向かうと、悪ガキどももみんなついてきた。
「たいへん、たいへんなのよ、オドマ」
「どうしたマンサ。落ち着くんだ」
ちなみにこのマンサって名前、三女という意味なんだそうだ。
彼女の家は十二人兄弟で、その三女。うち五人は赤ん坊の内に死んでるそうだ。シビアな世界である。
「あのねえ、オドマ、ふしぎな力が使えるでしょ。その力のこと、周りの部族でも噂になってて。噂を聞いたって、大きな水のところから、羽のある人がやってきたの」
なんだか回りくどい表現だが、この世界には慣用句とか単語が少ない。
だから、こういう表現になる。
つまりこれは、俺が不思議な力を使える噂を聞きつけて、海沿いの入植地から羽のある人が俺に会いに来たとそういうことだろう。
うーむ、普通ではないということは、隠していても知れ渡ってしまうものなんだなあ。
「だから、族長がよんでる!」
「ほいきた。じゃあ会いに行こう」
そういうことになった。
集落の家は、木と草を編んで作られている。隙間を泥で埋め、一定の量で石を混ぜると乾いた時に硬くなり、雨季の雨でも崩れなくなるそうだ。
雨漏りはする。
そして、族長の家はそんな中でも特別に大きい。
それでも、この集落の家は全てワンルームだが。
来客用のゴザの上に、見慣れない奴が座っていた。
背中の上辺りに光でできた翼を生やす、白い肌をした男だ。
半そでのシャツと裾の長いパンツをはいている。すげえ文明的だ。
「おお、君がオドマか。私はクリストフ。南アビスからやってきた学者だよ」
「はじめましてオドマです。南アビスにはメガネがあるんですね。それに洋服を着ているとはとても文明的」
「ほう! 言葉遣いも明らかに原住民とは違うし、顔立ちは我々の血が混じっているようだね。これは掘り出し物だ。こんな未開の土地に置いておくのはもったいないな」
おっ、バリバリに差別意識を感じるぞ。
これ、あかん奴じゃないか。
クリストフと名乗った学者、こいつは、俺が一見した印象は羽のある人というよりは、天使だ。
同じ人間じゃない。
で、こいつとしては、うちの集落の連中を見下しているつもりはないらしいが、なんというか……言葉が分かる動物と接している人間みたいな態度、というとわかりやすいだろうか。
そんな気配を感じる。
「族長、彼を私に預けてくれませんかな? 彼には、文明の
「よく言っていることが分からんのだが」
「彼を私に預けて南アビスに連れて行かせてくれれば、この村に食料を寄付しようじゃないか」
「ふーむ……」
族長は難しい顔をした。
族長の横では、ママンがハラハラして見守っている。
ママンは一般的なこの集落の人間なので、難しい話はよく分からない。
「いい話なんですか、族長」
「うーむ、前代未聞だ」
「それはつまり、僕を町に連れて行って学校に入れるとか?」
「まさにそうだ。やはり君は賢いな。アビス人の中では群を抜いている。我々に感覚が近いのではないか」
どうなんだろうな。
そう変わらないと思うが。
だが、町といえば都会だ。
この集落で就職するとなると、狩人くらいしかない。
俺は肉体労働よりは頭脳労働をしたいので、町に行けば就職のチャンスが広がっているとは言えよう。
挑戦してみる価値はあるのではないか。
「僕は行って見たいです」
「おお」
「オドマがそう望むのならば、我らとしては止める事はできない。オドマの意思はオニャンコポンの意思でもある」
族長が厳かにそう言ったので、俺が町に出る事は認められることになった。
ってか、まだ俺につきまとってくるのか、オニャンコポンという概念は!
「オドマ、行っちゃうの?」
マンサが寂しそうに言った。
「オドマ、羽ありの集落に行くのか。戻ってきたら再戦だぞ。俺は新しい技を磨いて待ってるからな」
バーコが拳を突き出した。
俺はそいつと拳を合わせる。
「チャンピオンは誰の挑戦でも受けるぜ」
かくして、俺の人生急展開である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます