第4話 キラキラネームと鋼の巨人

 さて、晴れて俺は無職となった。

 無職も何も、今はオギャアなので仕方が無いのだが、一番困ったのは俺が出勤できない事実ではない。

 どうやらこの状況が夢ではなく現実らしいということが困るのだ。


 つまり、俺は崖から落ちてサンダルフォンと出会い、そしてオギャアになった。



 オーケー?



 じゃねえよ!?

 脈絡が!

 無いだろう!!

 寝不足でうつらうつらして、トラックに愛車ごとねられて崖下に落ちるまではまあいいとしよう。良くないけど。

 なんでそこから、サンダルフォンが出てくる!?

 それで、なんか落ち込んでるサンダルフォンを励ましたら、どうして俺がオギャアってなる?


 むむむ。

 分からん、分からんぞ。


 お陰で俺は無職だ。

 天下御免の無職でござる。

 おい、こんな状況に誰がした。責任者出て来い。そして俺を復職させろ。まだ仕事が残ってるんだ。



 ……なんて思いながら、月日は過ぎた。

 俺は這い這いをマスターし、伝い歩きをマスターし、おっぱいと決別するため、離乳食と出会い……っていうかこの離乳食がまっずいんだ!! なんだよこれ、味がしない豆をぐずぐずに煮込んだだけのものじゃねえか! え、これしか食べるもの無いの!? もう……仕方ないなァ。

 ってことで、俺はすくすく育って幼児になった。


 ちなみに、俺の名前。

 あれはまだ俺がオギャアとしか言えなかったころの話である。

 俺が誕生したこの土地は、メクト族という部族の集落だった。

 ここでは、産まれた子供の名前は割りといい加減につけられる。産まれた順番とか、親が最近狩った獣の耳とか蹄とか尻尾の名前とか。

 だが、特別な子供は、族長がじきじきに名前をつけるらしい。

 ママンは羽のある人の子供を産んだ。未婚だ。

 ってことで、旦那はいない。だが、生まれてきた子供は特別な血筋である。

 そんなわけで、俺の命名は族長に託された。

 これがもう、ちょっとインテリっぽいおっさんなのだ。


「聡明そうな子だな、アジョア」


 ママンは月曜日に生まれたからアジョアだと。

 曜日って概念があるのか。


「では……」


 最初に提案された名前が「オニャンコポン」だったので、俺は暴れた。

 そりゃもう、激しく暴れ、泣き喚いた。

 何が悲しくて、そんな可愛らしくもユーモラスな名前を名づけられねばならないのか。

 俺は抗議の声をあげた。


「オギャア」


「おお、この子も喜んでおる。生命を創造した神の名前だからな」


「族長センスいいです」


 よくねえよ!

 俺は、いやだっていってるだろ!?

 だが、こんな俺の猛抗議も、全て言語はオギャアに変換されてしまうわけで、誰一人として聞いてはくれない。

 くっそ、こういうのは名づける側のエゴだと決まっているのだ。

「超カッコイイ名前つけたった! 金星って書いてマーズ! イカス!」

 みたいな感覚だ。

 ちょっと待て。

 いいか。例えば会社に入り、社用メールアドレスを名前で取得するとする。

 すると俺のメアドは、オニャンコポン。つまり、onyankopon(社員番号)@ドメイン.coとかになるのだ。

「君は何を変な名前で登録しているのかね!」

「いえ、オニャンコポンが私の本名です」


 言えるかーっ!!

 ダメだダメ! 却下だ! くっそう、俺がどんなに暴れても、しょせんはオギャアの腕力。

 微笑ましげに周りの連中は見ているばかりだ。

 だが、ただ泣き叫ぶというのも大人が取るべき態度ではあるまい。

 こ、こうなれば実力行使だ!

 何か、何か無いのか……!!


 焦る俺の脳みそは、恐らくオギャアとしてこの世界に誕生して初めて、猛烈な勢いで回転を始めた。

 それこそ、愛車ファミリオンが調子のいい時に吹かすエンジンのシリンダーくらいの勢いだ。うん、多分ファミリオンの性能だとそんな大したことないな。

 だが、どうやらこれは俺にとって現状を打破する重要なブレイクスルーだったらしい。

 突如、俺の小さな手の中にキーが出現した。

 すぐ目の前には、見慣れたファミリオンの鍵穴が見える。

 これは、エンジンをかけろってことだな!

 俺はままならぬ、ぷよっぷよの腕を必死に持ち上げ、キーを鍵穴に差し込んだ。

 だが悲しいかなオギャアの腕力。鍵を回す筋力が無いのだ!


 くっそ、回れ、回れよぉー!! イグニッションしろよう!!


 俺がオギャアオギャアと悲痛な叫びをあげた時、主の危機に呼応したのか、ファミリオンが目覚めた。

 自らイグニッションキーはオンの状態に変化し、スターターモーターが起動する。


「うわあああ」


「なんだ、なんだ」


「青い四角い怪物が!!」


 バリバリと稲光が走り、まるで過去に見た映画のワンシーンのよう。

 時空の壁を突き破り、閃光と轟音を纏いながら愛車ファミリオンが降臨した。

 おお、ファミリオン!

 ただの軽自動車でしかないお前にこんな願いをするのは、筋違いだと分かっている。だが、頼れるものはお前しかいないのだ。

 俺は、俺はこのままではキラキラした愉快で可愛い名前で一生を送る事になる!

 それだけはいやだ! 助けてくれファミリオン!!


「オギャアー!」


 ぶるるるんっ


 付き合いの長い我がファミリオンは、ハイブリッドではないエンジン音を響かせる。

 おお、ファミリオンが怒っている!

 俺の為に怒っているのだ!

 そしてファミリオンが俺たちの目の前で変形する!


 えっ。


 変形して青い人型になったファミリオン、天に腕をかざすと、今まで晴れ渡っていたこのクソ暑い世界の空が一面に掻き曇る。

 そして、ファミリオンは拳を握り締めた。すると、ナックルガードとして、変形したハイビームライトのパーツが覆いかぶさる。

 煌々と拳を光り輝かせ、ファミリオンは天に向けて腕を振るった。


 お、おい、ビームとか撃つのか!?

 よせ、ファミリオン、そこまでしなくていい。

 やりすぎだ。

 殺生はいかん。


 ……と思ったらだ。

 空に、この部族の言葉らしきものが描かれた。

 おお、この部族、文字を持ってるんだな。

 それをじっと見ていた族長。


「そうか……オニャンコポンはいやか……」


 と寂しそうに呟いたのである。

 そして我に返ったらしく、「ヒェッ」と叫んで腰を抜かして俺を指差した。


「こ、この子は羽のある人の血を受け継いでいるだけではないぞ! 神の力をもっておる!!」


「おおーっ!!」


 集落の中央で突っ立っていたファミリオンの巨体を見て、部族の連中が集まってくる。

 で、族長の言葉にどよめいて見せた。

 太鼓とか叩いてやがる。やめろ、角笛を吹くな。


「一声で、空に雲を呼んだ! 雨が降るぞ!」


「おおーっ!!」


 またも民がどよめく。


 えっ、これってあれか。降らせないとだめか? ダメなやつか?


 ファミリオンが困ったように俺を見た。

 うん、降らせられる?

 ファミリオン頷く。

 すげえな。じゃあ任せるんでやっちゃってください。

 その直後、この部族の村に季節はずれの雨が降り注いだのである。

 あー、今乾季だったのね。

 ちなみに、雨を降らせすぎて向こうの山が崩れ、泥濘でいねい状態の更地になったのはご愛嬌だろう。

 結局、名前はオドマということになった。何やら天地を創造した神々の後で、世界をいい感じに安定させた神様の頭の文字を頂いたらしい。


「オニャンコポンだって、生命を生み出した偉大な神の名前なのに」


 いや、だってママン。俺、将来みんなからオニャンコポンって呼ばれるのいやだよ。

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