第一幕二章 オギャアから少年へ

第3話 始めにオギャアと泣く

 次の感覚は鮮烈だった。

 何やらぬるっとしていて実に居心地がいい暗いところにいたと思ったらだ。

 ぐいぐい周りの柔らかいものに押し出されて、あれよあれよという間に暗闇から、明るいところへ押し出されたのだ。

 周りを包んでいたものが消えて、なにやらカッと不愉快な温度が俺を包んだ。

 っていうかおい!

 なんだこれ!

 暑いよ!?

 周り超暑いよ! 明るさは先ほどまでのサンダルフォンの時と比べて全然マシだ。よくモノは見えないんだが、優しい自然の光みたいなものを感じることができる。

 だけど、暑さ、てめーはダメだ。

 蒸し暑いんじゃないが、もうなんというか、カラッとした熱さだ。

 常にPCが稼動し、そいつらの発する熱を抑えるべく、冷房ガンガンの空間で生活……いや、仕事をしている俺としては、こんな暑さはたまらん。


 くっそ、暑いぞ! 冷房かけろ!!

 と叫ぼうとしたら、


「オギャア」


 と声がでやがった。

 なぁにがオギャアだ。

 赤ん坊でもあるまいし。

 と思ったが、回りで声がして、誰かが俺を小さなものでも抱えるように抱っこしていて、あやすような言葉が聞こえてくるに至り……。


 あ、俺、今赤ちゃんじゃん……。

 てな現状を認識するに至った。

 なんだ、なんという夢だ。

 これは俺の願望か。

 俺には胎内回帰願望とか、赤ちゃんプレイ願望があったというのか。

 それにしたって、これはいかんだろう。

 まだ目も開かない赤ちゃんの状況を忠実に再現した上、周りは暑い。

 ひどく暑い。

 このカラッとした暑さ、日本の暑さとは別だ。

 真冬に暖房を効かせすぎた部屋にいるようなそんな暑さだ。


 喉が渇いたぞ!!

 と声を発しようとすると、再び、


「オギャア」


 とか俺の声帯が叫びやがった。



 アカン。



 無力感を覚えてしんなりと大人しくなった俺。

 すると、何者かが俺を何者かに渡そうとするではないか。

 なんだなんだ。

 すると、何か物凄く柔らかいものが顔に押し付けられた。

 !?

 こ、こ、これはもしや。

 ま、まさかーっ!


 ということで、俺は初めてのおっぱいを頂戴するに至ったわけである。

 うーむ、この腹にどっしりくる感覚。

 生命の水である。

 たらふく飲んで満腹したら、急に眠くなってきやがった。

 まあ寝不足だったしな。二十七時半帰宅とか、勘弁して欲しいよ、全く……。




 目覚めると。

 まだ赤ん坊なのである。

 あれっ。

 これは、夢では無かったのかい。

 俺がこれを夢だと認識しているのだから、これは明晰夢と言うやつでは無いのかい。

 だけど、目覚めない。

 俺の顔から、サーっと血の気が引いた。


 やばい、やばいぞこれ。

 俺は本当に赤ちゃんになってしまったのかもしれない。

 赤ちゃんになると何が困る?

 困る!

 会社にいけない!

 やべえ、会社にいけないと、俺の仕事の分が穴が空く。

 すると会社に損害が。

 お、俺の首が飛ぶ!

 クビはいやだああああ!!


 俺が人生の無情さに絶望してオギャアオギャア泣いていると、


「目が覚めたのねえ。よしよし。またお腹が空いたのかしら」


 優しい声がして、俺を柔らかな手が抱き上げた。

 ハッ、あ、あなたはもしや、俺のお母さんママン……!?


 聞いて下さいよママン!

 このままじゃ、俺は会社に損害を与えてクビになっちゃうよ!

 なんとか元に戻って出社しないと!!

 と思ったところで、外から差し込む日差しの高さに気づく。


 ……なんてことだ。

 生れ落ちた瞬間に気づくべきだった。

 生れ落ちたら朝だった。

 そしておっぱい飲んで寝たら、また日が高い……つまりだ。

 もう遅刻確定ってことじゃないのか……!?

 ああ、俺は、俺はなんてことを……!!

 絶望してオギャアオギャア泣いていると、ママンは俺を抱いたまま、優しくなで始めた。


「おお、よしよし。何も心配はいらないわ。ママがお前を守るからね。例え羽の人の血が入っていても、誰にも手なんか出させやしないんだから」


 だけどママン。

 俺は、俺はこのままじゃ会社にいけないのだ。

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