12:夏休みの日記
7月28日
今日からおにいちゃんの病院での生活がはじまりました。どう見たってふつーなのに、なんで入院なんかしてるのかよく分かりません。でもお母さんが、おにいちゃんは病気なのよ、って言ってました。
お見まいにおにぎりをつくっていったら、おにいちゃんはよろこんでくれました。いっぱい食べてくれるから、わたしは、明日も何かを作ってってあげよう、と思いました。
7月29日
シチューを作ってってあげました。小さなタッパーしかおうちになかったから、ちょっとしかなかったけど、病院のレンジであたためさせてもらって、おにいちゃんに食べさせました。おいしいって、やっぱりよろこんでくれました。
7月30日
からあげを作ってってあげました。今日は食よくがないからって、おにいちゃんは、二こしか食べてくれませんでした。残りはぜんぶわたしが食べました。おいしかったです。
7月31日
ロールケーキを作ってってあげました。おにいちゃんは、ありがとう、って言ってくれました。今日はぜんぶ食べてくれました。でも、そんなにうれしそうじゃなかった気がします。たぶん、砂糖の量をまちがえたんだと思います。
帰ろうとしたら、ろうかで、変なもじゃもじゃ頭の男の子に話しかけられました。
お前の兄ちゃん、もう味わかんないぞ、って言ってどっかいきました。わたしは、あいつばかじゃないだろうか、と思いました。だっておにいちゃんは、いつもわたしの料理をよろこんでくれます。
8月1日
お母さんと里沙ちゃんと里沙ちゃんのお母さんと、よみうりランドに行きました。
ほんとは今日もおにいちゃんのお見まいに行きたかったけど、夏休みの前に里沙ちゃんと約束しちゃってたし、しょうがないので行きました。
まあまあ、たのしかったです。
8月2日
オムライスを作ってってあげました。
おにいちゃんは、大西先生って人と、絵本であそんでました。いろんな絵を見せて、「これは何に見えますか」って聞いて、「犬」とか「きゅうきゅう車」とか答えるだけの、あんまりおもしろくなさそうなあそびでした。
それからおにいちゃんにオムライスを食べさせてあげました。ぜんぶ食べてくれました。おにいちゃんは、食べたあと、へやを出てどっか行きました。
8月3日
今日は、もじゃもじゃ頭の男の子にへんなこと言われたので、わたしはとても怒ってます。お前の兄ちゃん、いっつもおまえのご飯、トイレで吐いてるぞって。
うるさい、ばか、ってわたしは言いました。
この子は、なんでか知らんけど、わたしのことがきらいなんだと思います。また変なこと言ったら、ひっぱたいてやろうと思います。
お兄ちゃんは今日も、おいしいって言って、わたしのカレーを食べてくれました。
8月4日
おにいちゃんに、きのうの残りのカレーで作ったドライカレーを食べさせました。食べたあとおにいちゃんは、へやを出ていきました。気になって追いかけてみたら、ほんとに、トイレでゲロゲロしてました。
そしたら大西先生に話しかけられました。「ごめんね、きみのせいじゃないんだよ」って言われました。
でもわたしは、わたしのせいだと思います。もっと料理うまくならなくちゃ、と思いました。
昨日ばかって言ってごめんねって、男の子にいちお、あやまっとこうと思って、さがしたけど、いませんでした。
8月5日
わたしは料理がへたくそみたいなので、今日は料理じゃないのもってってあげました。リンゴです。おにいちゃんと半分こして食べました。おいしかったです。
8月6日
今日もリンゴもってってあげました。ナイフで皮むいてたら、ちょっと指切っちゃいました。
そしたらおにいちゃんが、わたしの指の血をぺろぺろなめました。「おれ、こっちの方がおいしいと思う」って言ってました。
ほかにもなんかあった気がするけど、あんま覚えてません。
まだむねが、ドキドキしてます。
8月7日
今日も、指ちょっと切って、おにいちゃんに血をなめさせてあげました。
すごく、おいしそうにしてました。
ドキドキしたし、うれしかったです。
8月8日
今日もおにいちゃんに血をなめさせてあげました。
8月9日
里沙ちゃんが家きて、なんで最近あそんでくれないの、って言ってきました。うざいからもう帰ってって言ったら、ケンカになりました。
むかつきました。
そのあと病院行きました。
ろうかでもじゃもじゃ頭の男の子に会いました。この前ばかって言ってごめんねって、あやまりました。男の子は、いいよって言ってました。
もじゃもじゃ頭の男の子は、いつも、裏庭で絵をかいてるみたいでした。そんで、裏庭つれてってもらいました。
ぐちゃぐちゃのソーセージみたいなのがかいてあって、「これ、お前」って言われました。
「これ、わたし?」とおどろいて言ったら、うんってうなずいてました。
男の子の絵は、よくわかりませんでした。
あと、すごいことあって、おにいちゃんが自分で自分の指ペロペロしてました。なんだろうと思ったら、わたしが来るのがガマンできなかったんで、自分で指切ってなめてたんだよって、言ってました。
大西先生がやってきて、おにいちゃんのこと止めました。
今日はいろいろあってつかれました。
8月10日
おにいちゃんは、大西先生にかくれて、今日も指ペロペロしてました。わたしの指もペロペロさせました。
8月11日
道ばたで里沙ちゃんと会いました。またケンカしました。
「あんたのお兄ちゃん、頭おかしいんでしょ」って、ちょうムカつくこと言ったんで、肩をつきとばしてやりました。
病室に入ったら、おにいちゃんが、「こっち来てこっち来て」って手まねきしてきたので、なんだろうと思って近よったら、なんかでっかい包丁みたいの持ってて、びっくりしました。
テーブルに手をおいて、指に包丁あてたので、びくびくしながら見てました。「こうするとたくさん血出て、おいしいのいっぱい出るよ」って言って、自分の指、二本くらい切りはなしました。たしかに血がいっぱい出て、わたしはびっくりしました。
おにいちゃんは、指がなくなったとこ、一生けん命、なめてました。
大西先生がやってきておにいちゃんはどっか連れられていきました。わたしは、ゆかに落ちてたおにいちゃんの指を、こそっと持って帰りました。
8月12日
やっと、おにいちゃんの好みが分かってきました。
わたしは、お家のコンロの火でじっくり焼いたおにいちゃんの指二本を、もっていきました。
おにいちゃんは、かんどうして、泣きながら指食べました。おにいちゃんは、手にホウタイをまいてました。
そんなにおいしいのかなあと思って、わたしもおにいちゃんの指を食べました。そしたら、ほんとにおいしくて、涙でました。なんか食べて、おいしくって泣くの、たぶん初めてです。しかも、食べると元気いっぱいになって、なんとなく力もちになった気がしました。
また食べたいなあ、とわたしは思いました。
8月19日
おにいちゃんはふつーの料理じゃだめだと思うので、いいこと考えました。パウンドケーキにいろいろ、まぜてみました。
おにいちゃんは「なんか口の中しゃりしゃりする」と言いました。わたしは、「わたしのかみ、ちょっとずつ切っていれてみたよ。あと、きのうツメ切ったから、それもいれたよ」と言いました。
おにいちゃんは、ふうん、って言って、なかなかうまいじゃん、とぜんぶ食べてくれました。
もじゃもじゃ頭の男の子にはなしたら、へーきもちわるいね、って言われました。わたしもそう思うけど、こればっかしは、しかたないと思います。
8月20日
今日もプリンに、かみ少し切って入れました。おにいちゃんには好ひょうなので、また作りたいと思います。
8月21日
さいきん、奥歯がぐらぐらします。
8月22日
奥歯のはじっこが浮いてます。下のほうさわったら、新しい歯が、ぺろっと出てます。生えかわるのよとお母さんが教えてくれました。楽しみです。
駅のとこで、里沙ちゃんがマミちゃんといっしょにいるのを見ました。マミちゃんが近よってきて、「動物園にいくけど、くる?」と言ってきました。わたしは、いかない、と言いました。
里沙ちゃんとマミちゃんがいっしょにあそぶのは、変だなあ、と思います。わたしも里沙ちゃんも、この前まで、マミちゃんのことキラいってカゲグチ言ってたからです。
わたしとケンカ中だからって、里沙ちゃん、なんでマミちゃんと?
8月23日
アイスに、指の血をかけました。おにいちゃんがぜんぶ食べてくれました。
8月24日
奥歯がとれました。
病院にいくときに、ピノをかってってあげました。ピノを一こだけ食べて、あいたとこに、とれた奥歯を入れときました。
おにいちゃんは、ピノぜんぜん食べないで、うれしそうに奥歯ころころなめてました。おいしいけど、あんま味ないらしいです。
マヨネーズかける? ってきいたら、いらない、って言われました。
おにいちゃんはやっぱ、こういうのが良いんだなあとわたしは思いました。
8月25日
夏やすみの宿題ぜんぜんやってない! と思ったんで今日はずっと宿題やってました。
病院いきたかったけどガマンしました。お母さんにも手つだってもらいました。
がんばったら今日だけで終わりました。くたくたです。
8月26日
おきたら夕方だったのであわてて病院いきました。
病室で、おにいちゃんが点てきを打ってました。もじゃもじゃ頭の男の子が、「おまえの兄ちゃん、栄ようシッチョウだよ」と教えてくれました。
おにいちゃんは、あんまふつーの料理食べなくなったみたいです。
わたしは、おにいちゃんのためにもっとがんばろう、と思いました。
8月27日
里沙ちゃんがうちにきました。ゼリーをもってきました。
もうすぐ学校はじまるし、仲なおりしよう、って話でした。
わたしはぷいっとしました。マミちゃんと遊ぶような人とは仲なおりしません、おにいちゃんのことワルく言う人とは仲なおりしません、と言いました。
里沙ちゃんは泣いてました。
ちょっとかわいそうになってきたんで、じゃあおにいちゃんのお見舞いについてきてくれたら、仲なおりしてあげる、とわたしは言いました。
里沙ちゃんは、じゃああしたね、とうれしそうに帰っていきました。
8月28日
里沙ちゃんを病院につれていきました。
おにいちゃんは口の中をころころしてました。里沙ちゃんが「アメなめてるの?」とききました。おにいちゃんは、「妹のとれた奥歯だよ」とこたえました。
里沙ちゃんはなにも言いませんでした。あと、おにいちゃんのひとさし指と中指がないのを、気にしてるみたいでした。
それからおにいちゃんが、「今日は、かみの毛のケーキないの?」と言うので、わたしはきゅうに、恥ずかしくなってきました。
裏庭にいって、もじゃもじゃ頭の男の子の絵を見せてもらいました。男の子は「今日も、お前をかいてみたよ」と言いました。お前って、わたしのことです。
なんか、つぶれたハムスターか、とうふをまぜた卵かけご飯みたいな絵でした。「だから、それほんとにわたし?」ときいたら、お前だよ、言われてしまいました。
里沙ちゃんはもうしゃべらなくなりました。
いちお、仲なおりできたことにしときます。
明日、里沙ちゃんちに遊びにいってあげます。
8月29日
里沙ちゃんをころしたいです。
8月30日
里沙ちゃんとケンカしました。背中をどんと押したら里沙ちゃんはトラックにぶつかりました。足の指が何こかちぎれたので、もってかえりました。
明日から学校だけど、ちょうスッキリしたので、今はとても楽しい気もちです。
8月31日
里沙ちゃんが転校したって、お母さんからききました。でもわたしは、里沙ちゃんはしんだんだ、と思います。
里沙ちゃんの足の指をお湯でゆでました。やわらかくなるまでゆでました。エビチリっぽいソースを作って、やわらかくなった足の指にかけました。
自信まんまんに病院にもってって、おにいちゃんに食べさせました。
おにちゃんは、おいしいおいしい、って泣きながら里沙ちゃんの足のゆで指を食べてくれました。わたしも食べました。この前の指よりちゃんと料理したからだと思うけど、ずっとおいしくて、われながらおいしくて、わたしも泣きながら食べました。
こんなにおいしいものがあるなんて、しんじらんないです。
また食べたいなあとわたしは思いました。
9月1日
夏休みが終わりました。
学校帰りに、道ばたで、もじゃもじゃ頭の男の子と出会いました。
「退院した」と男の子は言いました。
「よかったじゃん」とわたしは言いました。
男の子が絵をくれました。
「ばいばい」と言って、男の子はどっかいきました。
なんか、ひき肉をまぜた親子丼をトイレにぶちまけたみたいな、すごくきたない絵でした。
絵のはしに、絵の名前がかいてありました。
『おまえら』とかいてありました。おまえ、じゃなくて、おまえら、でした。
なにそれ、どーゆーこと? ってひとりで笑って、病院にいきました。でも、今日はなにも料理をつくってこなかったので、おにいちゃんはがっかりしてました。
しょうがないから、今度はわたしも指をちょん切ってみようかなあと、ちょっとだけ思いました。
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