水も滴る部屋35p

「あの、電話、迎えの人からですよね。待たせたら申し訳ないですから。私のことはもう十分ですから。大家さんからこの部屋の件で何かお話しがあるなら明日にでもうかがいますから」

 茅野がそう言うと、藤宮は一瞬ためらいの表情を浮かべた。

 だが、そんな藤宮に反し、藤宮へ着信ありの合図を伝え続けているスマートフォンは藤宮に立ち話をしている時間はもう無い事をも、鳴りやまない着信音から藤宮と茅野に伝えている。

「じゃあ、今日は……。また明日ね、茅野さん」

 茅野に軽く手を振り、くるりと茅野に背を向け、迎えの車へと走る藤宮の背中を眺めながら、「また、また明日」と茅野は呟いた。


 藤宮が去ると茅野の視界にはぼんやりとした闇だけが残された。

 茅野はしばらくその闇を見つめていた。

 風が吹く。

「う、寒い」

 茅野は藤宮から借りた部屋に入ろうと、102号室のドアに付いた鍵穴に鍵を差し込んだが、しかし、途中で鍵を回すのを止める。

「はぁーっ、嫌! 一人きりの時のクールダウンタイム来たわ。私、なんであんな事を言ってしまったんだろう。過去に他人が部屋で死んでいても関係無いみたいな、なんであんな最低な事をあの大家さんに?」

 ため息交じりの茅野の、その疑問の声に夜の闇は答えてはくれない。

「最悪。私、どうかしいてたわ。紺谷さんの前では我慢出来たのに、なんでよりにもよって大家さんの前で爆発しちゃったかな」

 茅野は耳まで赤くして、藤宮が自分をどう思ったか改めて想像したが、何もかもが後の祭りという結論が出るだけだった。

「最低」

 風が吹く。

「うう、寒いな」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る