水も滴る部屋31p

「あ、ああああっ! あの時の削除、そう言う事だったんですね! なるほど! なるほど! 大家さんが削除依頼を! いや、凄いタイミングでしたね」

「え、タイミングって、どう言う事ですか?」

「いえ、こっちの話しです。気にしないで下さい」

「……あの、茅野さん、俺、回りくどいのは嫌いです。何かクレームがおありですか?」

「へ?」

「ああ、やっぱり部屋を解約したいって話しですか? そう言うの、単刀直入にお願いしますよ。解約、大丈夫ですよ。違約金などをお支払い頂ければ。茅野さんの前の方も三日で解約されたので」

 微笑を浮かべて言う藤宮。

 茅野は、高速で、違います、違いますと、焦った顔で言った。

「何が違うんですか。事故物件、やっぱりお断りって話しじゃ?」

「いえいえ、いいえ! 解約したいとか、違います! そう言う話しじゃ無くてですね、あの、逆、逆なんです!」

「逆、と言いますと?」

「解約したいとか全く思っていません。自分の部屋が事故物件とか、私、私……」

 茅野は言葉を続ける事を迷う。

 急に不安が茅野を襲ったのだ。

 カフェでの紺谷とのやり取りでは言えなかった。

 紺谷と話をした時には別の言葉で殺してしまったものを、茅野は今、藤宮を相手に話そうとしている。

 果たして言ってしまっていい事なのか。


「大丈夫ですよ」


 そう言った藤宮の顔は笑ってもいないし、怒ってもいない、呆れてもいない、戸惑いも、不安も何もない、当たり前の、そう、普通の表情をしていた。

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